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『バイバイ、ヴァンプ!』、杉田水脈「生産性発言」で続く「批判は買ってからにしろ」の理不尽

文=遠藤まめた
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トランス男子のフェミな日常/遠藤まめた

 噛まれたら同性愛者になってしまうという映画『バイバイ、ヴァンプ!』が同性愛嫌悪的だとして批判を呼んでいる。私はコメディもホラーもB級映画もそこそこ楽しめる方だけれど、予告編を観て、わざわざこれが本当に差別的かどうかを確かめるのはやめようと思った。貴重な休日に時間とお金を使うなら楽しい映画を観たいに決まっている。

 批判を受けて映画のプロデューサーのひとりは「予告編を観て判断する人はNGですよ」とSNSに書き込み、本編を観てから議論してほしいと主張していた。しかし、そもそも映画というのは予告編や宣伝だけを元に「観に行こうかな」と人に判断させるものであって、世の中にだした予告編や宣伝が不味ければ批判対象となるのも当然だ。

 このテの「買ってから批判しろ」言説は、ネット炎上が日常的光景となった昨今ではよく観られるもので、杉田水脈氏の「新潮45」における生産性発言の際にも広く見かけた。

 一部を切り取りした批評が的外れであるケースもときどきはあるだろう。でも、たいていは読んだらもっとひどい、金をはらって傷つきにいくようなケースが多い。真面目な人ほど「なるほどな。まずは自分の目で観なくては」と思い課金するのだろが、それは炎上商法の思うツボだし、そこで課金して読んだ文章や映画が「実は星5つの面白い作品だった」ということはまず無いのだろうから、足を踏んでいると批判されている人間の述べる「買え」というのはある種の呪いの言葉だな、と思う。

 この言葉が呪いであるのは、部分的には正しいからでもある。だれかの伝聞では間違うこともある。自分の本心を理解するためにきちんと全部を観てほしいと感じる作り手の気持ちもわからなくはない。

 だからこそ真面目な人は金を払う。そして案の定、時間と金と精神衛生を犠牲にする。

 今回『バイバイ、ヴァンプ!』に関しては、まっさきに詳細なレビューを書いてくれた10代の若者(この映画の公開停止署名を立ち上げたのもレビューを書いて警鐘を鳴らしたのも10代だったことに大人として若干申し訳なくなる)がいて、その方のおかげで判断材料をもらえた。残念な映画のことで頭が占められるのは損だな、と思い、その夜、私は前から観たかった『ゴーストバスターズ』2016年版を観た。

 もともと男子四人組で始まったのが、女子四人組でリブートされたこの作品、星5つで笑うポイントがたくさんあって面白かった。たぶん『バイバイ、ヴァンプ!』をこれからの人生で観ることはないだろう。ある表現が、自分たちを本当に傷つけるかどうかを確認するために金を払うのはなるべく最小限に留めたい。そして素晴らしい作品のことは世に知らせたい。

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