
生地にスパイスを練りこんだイドリー
最近、東京で南インドカレーを提供するレストランが増えて、ちょっとしたブームになっている。南インドカレーを提供するレストランは、単にインド料理ではなく南インド料理と名乗っているのが特徴だ。
南インドカレーと北インドカレーは、似て非なるものであるからだ。
これまで東京には南インド料理店が非常に少なく、インド料理=北インド料理であったのでわざわざ北インド料理と言及する必要がなかった。後から進出してきた南インド料理店が自ら南インド料理と名乗っているので、今さらインド料理店は北インド料理としなくても良いというわけである。
一般的に、インド料理レストランは北インドカレーを提供している。わざわざ北インド料理と言及しているところは少なく、インド料理レストラン=北インド料理だと思ってよいだろう。
では、南インド料理とはどういうものか?
南インドのバラエティに富んだ米食文化
南インドは1年中温暖で高温多雨な稲作に適する気候で、主食はお米だ。米をそのまま炊く以外にも、米粉を使った主食のバラエティーに富んでいる。
個人的に南インド料理の魅力のひとつは、さまざまな主食にあると思う。まずはその主食から紹介しよう。
・イドリー
米粉を使った主食の中で日本人の味覚に合うのは、まずはイドリーだ。イドリーは、米粉にヨーグルトを混ぜて練った円形の蒸しパンだ。大きさは直径5センチほどで、ヨーグルトの酸味がほんのりして蒸しパンのように甘くはない。
イドリーはプレーン味だけでなく、生地にスパイスを練りこんだものもある。また、ミニイドリーというのもあり、こちらはサンバルと呼ばれるカレーの中にミニサイズのイドリーがいくつか入ったものだ。

プレーン味のイドリー
インドでは、円形に成形できるイドリー専用の蒸し器が販売されている。イドリーは南インド料理ではあるが、北インドでも人気だ。北インドに住んでいた筆者は、「今日のランチはイドリーにするから食べにおいで」とインド人の友人によく声をかけてもらったものだ。
・ウッタパム
次におすすめしたいのは、ウッタパムだ。ウッタパムは、米粉や豆粉などにトマトやたまねぎなどを混ぜて焼いたお好み焼き風のものである。

ウッタパム
筆者はインド在住時、出張先で取引先の人とこってりした北インド料理のランチを食べる機会がよくあった。そんな日の夜は、ウッタパムを食べてホッとしたものである。
インドではウッタパムの粉がスーパーで販売されている。ウッタパムの粉を常備しておくと、たまねぎとトマトを切って混ぜて焼くだけの簡単な朝食が作れ、筆者も愛用していた。
・ドーサ
次は、米粉と豆粉などを混ぜて薄くクレープ状に焼いたドーサだ。クレープ状ではあるが甘くはない。
プレーンやたまねぎ入りのドーサもあるが、一番人気はマサラドーサだ。マサラドーサは、スパイスで味付けしたゆでたじゃがいもがクレープの中に入っている。
・ワダ(パダ)
また、米粉ではなく主に豆粉から作られるワダというものがある。ワダはバダとも呼ばれ、スパイスで味付けしたドーナツだ。ほんのり塩味が効いていて甘くはない。揚げたては格別に美味しいが、冷めてもしっとりした味わいだ。南インド料理の軽食セットでは、主食にイドリーと共にワダが入っているものが多い。

軽食セット(ドーサやイドリーやバダなどの軽食セット)
南インドカレーはタマリンドとココナッツを使うのが特徴
前述の主食のイドリー、ウッタパム、ドーサ、ワダは朝食などの軽食で主に食される。これらをレストランでオーダーすると、カレーであるラッサムとサンバル、ココナッツチャツネなどが通常セットでついてくる。日本の南インド料理店でも前述の主食はメニューにあることが多い。
南インドカレーの代表は、ラッサムとサンバルだ。これらには、タマリンドが使われている。タマリンドはカリウムやビタミンを豊富に含むマメ科のフルーツで、酸味が強いのが特徴だ。
ラッサムは、トマトとタマリンドがメインとなる胡椒が効いたスープカレーだ。現地で食べるとけっこう酸味があるが、日本の南インド料理店では少し酸味を控え食べやすくしているところもある。
サンバルは、野菜と豆のシチュー状のカレーだ。こちらにもタマリンドが使われているが、酸味はラッサムほどではない。南インドの家庭では日常的に食されている。
ココナッツチャツネは、ココナッツにスパイスを加えたペースト状のものだ。そのまま食べてもいいし、イドリーやワダをつけてソースのような使い方をしても美味しい。ココナッツは、チャツネの他にカレーにも使われる。
南インド料理を一度に味わえる定食ミールス
さまざまな南インドカレーを一度に味わいたいなら、ミールスと呼ばれる定食がおすすめだ。ミールスは、ラッサムやサンバルなど数種のカレーが少量ずつ盛られ、ご飯とセットで出てくる。
日本の南インド料理店や現地のレストランでは、円形のステンレスの大皿の中に小鉢に盛られたさまざまなカレーが並ぶ。南インドの地元民相手の食堂では、バナナの葉っぱに直接、カレーやご飯が盛りつけられるスタイルだ。

ミールス(南インド現地のレストランで)
定食についてくるラッサムとサンバル以外のカレーは、店によって若干違いがある。ココナッツとヨーグルトをメインにスパイスで野菜を炒めたアヴィヤル、カレーリーフやマスタードシードなどで風味を出し、細かく切った野菜をココナッツと蒸し炒めしたトーレン、豆のスープカレーであるパリップなどがついてくることが多い。豆でできた薄いおせんべい状のパパドも大抵ついてくる。

バナナリーフ ミールス=定食(地元民が行くようなお店)

ミールスを出している店の風景
南インドカレーは、タマリンドやヨーグルトの酸味、辛さの中にもココナッツの甘い風味が融合しているのが特徴だ。北インドカレーと比べてあっさりしているので、日本人の味覚に合うといえるだろう。
薬膳料理にもなる南インド料理
筆者はインド在住時、南インドのケララ州にあるアーユルヴェーダの病院に3週間ほど入院したことがある。アーユルヴェーダとはインドの伝承医学で、食事療法も治療の一環であった。
野菜は近所で採れたてのもの、スパイスは生のものを毎回すりつぶして使う。この病院は夫妻共にドクターで、彼らも入院患者と同じものを毎日食べていると聞き、本物であろうと感じたものだ。
お米はケララ州特産の丸みがかった赤米、米粉を使う主食のプットゥ、イディヤパム、アッパム、イドリーが日替わりで朝食に出された。
プットゥはお米とココナッツを筒状の型に入れて蒸したもの、イディヤパムは米粉でできた蒸し麺、アッパムは米粉のしっとりとした薄いパンケーキだ。これらは、日本の南インド料理店ではなかなかお目にかかれない家庭料理である。

プットゥ

イディヤパム

アッパム
カレーは、豆や野菜を中心にスパイスはあっさり控えめの味付けだった。治療の期間中は、ずっとベジタリアン料理で退院後も投薬を続ける期間はベジタリアン料理にする必要があるという。
ケララ州には多くのアーユルヴェーダの病院やトリートメント施設があり、南インド料理は薬膳料理としての役割も持つ。
北インド料理の特徴と南インド料理との違い
他方、北インド料理の特徴も述べておこう。
インド料理の代表と言えるタンドリーチキンとナンは、北インド料理だ。これらは、一般家庭にはないタンドールという釜で調理される。
ナンはマイダと呼ばれる精製した小麦粉が原料で、発酵させ成形したものをタンドールの内側の側面に貼り付けて焼く。よくインドでは毎食ナンを食べていると思われがちだが、インド人にとってナンは外食で食べるものである。
それでは北インドの主食は何かというと、チャパティだ。チャパティは、アタと呼ばれる全粒粉を練って薄く丸く伸ばしたものを、タワという鉄板で焼くインド式パンだ。
北インド地方は小麦の栽培に適した気候だ。良質の全粒粉を使った出来立てのチャパティの美味しさは、筆舌に尽くしがたい。北インドはその気候から米が収穫できず、一般家庭でお米を食べる機会は少ない。
インド料理レストランで提供される北インドカレーは、インドでも日本でも宮廷料理風のレストラン仕様だ。北インドの一般家庭では、インド料理レストランで提供されているような生クリーム入りのこってりとしたカレーはあまり作らない。
北インドの一般家庭のカレーは、たまねぎとトマトを多めにペーストを作り、クミン、ターメリック、チリ、コリアンダーパウダーで味付けをして野菜を炒める。汁気のあるカレーよりも、チャパティをちぎってカレーをくるんで食べるスタイルのものが多い。
北インドカレーは、南インドカレーで使うタマリンドとココナッツは使わない。北インドで人気のおやつにカチョリという揚げパンがあるが、このソースにイムリーと呼ばれるタマリンドが使われているくらいである。
北インド料理と南インド料理の特徴は、自然と地産地消となっている。南インドで食べるチャパティは北インドで食べる美味しさはなく、北インドで食べる米は南インドで食べる美味しさはないという感じだ。
東京でおすすめの南インド料理店
最後に、東京でおすすめの南インド料理店を紹介しよう。
2004年創業の南インド料理店。南インドの家庭料理も味わえる
お昼時には行列もできるという人気店
オーガニックとアーユルヴェーダを標榜する高級南インド料理店
インド料理レストランと掲げているお店では、南インド料理をおいているところは少ない。メニューにあっても専門ではないので、南インド料理を味わうなら南インド料理と名乗っているお店に行くのがポイントだ。
ANAでは2019年10月から、南インドの都市チェンナイへの直行便が就航した。JALは2020年3月から、南インドの都市バンガロールへの直行便が就航する。
今までは成田からインドへの直行便は、首都のニューデリーと西部のムンバイにしかなかったが、南インドの都市に直行便が就航するほど人々の往来が増えてきたといえる。
今、南インドが熱い!