京浜東北線の上中里駅は、いつも寂しい。都心から僅か20分あまり。その先の沿線駅が賑わっているというのに、都心に近いここだけは違う。駅前の団地にスーパーが一軒と、滝野川へ登っていく蝉坂にへばりつくようにして数軒の飲食店があるだけである。なにか用事でもない限り、都内に住んでいても生涯下りることのなさそうな駅だ。
でも、地図をみると上中里というのは興味深い。一丁目から三丁目まである上中里は鉄道によって分断されている。上中里駅があるのが一丁目。駅の横にある跨線橋で京浜東北線と新幹線を越えて向こう岸に渡ったところが二丁目。その先の高崎線・宇都宮線の線路を渡ったところが三丁目。とりわけ気になるが二丁目である。そこはいくつもの線路によって閉じ込められたような土地だ。同じ神中里と繋がっているのは一丁目方向に跨線橋が2本。三丁目方向には踏切がひとつあるだけ。
もちろんそんなことはないのだが、なにか理由があって閉じ込められたような雰囲気。とりわけ気になるのは王子方面。地図を見ると京浜東北線と新幹線と高崎線・宇都宮線の線路が並走するあたりで、鋭角の土地になっている。何年か前に「その最先端は、いったいどうなっているのだろう」と思って出かけたことがある。特になにもなく、複雑に線路と高架とが入り乱れた寂しい風景があるだけだった。
なにもない上中里だが、かつては賑わいがあった。どういうわけか、このあたりの商店街はなにかと「銀座」を名乗るのを好む。王子銀座から梶原仲銀座・梶原銀座・上中銀座、さらに西ケ原銀座、染井銀座、霜降銀座と続く。なにもない寂しさばかりが目立つ上中里二丁目には現役の銭湯があり、今なおいくつかの個人商店がシャッターを開けている。そんな風に密やかに「なにもないわけじゃないぞ」と主張する通りの一角に、今回目指した店があった。
店主と常連客の間でゆったりとした時間が流れる
中華そば まちや
東京都北区上中里2-38-10
営業時間:11:00~14:00 16:30~19:00
定休日:金曜日
暖簾をくぐる時、少し勇気が必要な店だ。店の前には自己主張強めに停められた自転車。暖簾の向こうのガラス戸は上下二枚の上のガラスの下半分まで曇りガラスになっている。店の中の様子を伺うことはできない。
年季の入った店構えが、決して常連以外は寄りつかないことを主張している。当たり前だ、時計を見るとまだ午後6時半だというのに人通りはほとんどない。一見の客が「ちょっとラーメンでも」と暖簾をくぐるのは一ヶ月に何度もなさそうだ。
きっと中では常連客が料理をつまみに、一杯やっているのだろう。そんな風景を想像しながら入った店内は、想像の斜め上をいっていた。
「いらっしゃいませ〜」
テレビでニュース番組が流れている店内。客席の椅子に座っていた白衣の男性がすっと立ち上がる。客は別のテーブルにもうひとり。
4人掛けテーブルが4つあるだけの小さな店内。すぐに運ばれてきた水を飲みながら、ほかのテーブルを見回して、いささか驚く。
店主の座っていたテーブルには、ビール。そして、食べかけのスーパーの弁当。もう一人の常連風のジャージ姿の男性もビール。でも、食べているのは店の料理ではない。透明なパックに入ったかき揚げの天ぷらを割り箸で割りながらつまんでいる。
店で注文したのはビールだけ、つまみは持ち込み。もう何年もそんな晩酌をやっているのか、男性はニュースで報じられている内容に対する持論を店主に語り、CMになるとせっかちにチャンネルを変えている。
一応は営業をしつつも、そんな常連を相手に一杯やるのが店主の日課なのだろうか。晩酌の邪魔をしたことに罪悪感を感じながら注文したのは「半チャーハンラーメン」。これでも都内では今どき破格だが、壁に貼られたメニューには紙が貼られている。いったい前はいくらだったのか。
ラーメンとチャーハンがお互いの味を補完し合う
奥の厨房に入って調理を始める店主。しばし、テレビを眺めているがおかしなことに気づく。いつまでたっても、チャーハンを調理する音が聞こえないのだ。中華鍋とお玉がぶつかり合うあの音がないということは、夜の営業は作り置きのチャーハンなのか。すこしがっかりしていると、ラーメンが運ばれてきた。
すぐに手を付けず、チャーハンが来るのを待つ。……来ない。
するとどうだろう、厨房から中華鍋とお玉がぶつかり合う音がしてきたのだ。
一般的に飲食店であれば、複数の調理が同時進行で進むもの。この場合ならラーメンの麺を茹でている間に中華鍋が暖まり、チャーハンの調理が始まるはずである。そんなセオリーを破って生み出されるのはどんなチャーハンなのだろう。
ともあれ、待っていてはのびてしまうことを恐れてラーメンに口をつける。やさしい醬油味。これぞ街中華といえる定番のラーメン。
控えめな大きさの僅かに一枚だけのチャーシューが、わびさびを感じさせてくれる。
三分の一ほど麺を啜ったところで、ようやくチャーハンがやってくる。
醬油の色が濃厚な見た目が美味さをそそる出来映え。なるほど、これはラーメンと同時進行ではできないかもしれない。それくらいに「一球入魂でつくっています」感がある。ラーメンと兼用のレンゲを使って口に運ぶ。
濃厚な味付け、過剰なほどの旨みが控えめなラーメンの味とシンクロする。
惜しむらくはメニューの通り「“半”チャーハン」なこと。これが半分なら、一人前を頼んでもなお足りない量なのだ。
財布に優しい値段にした結果、次第に量が減ってしまったのか。あるいは高齢化した常連客の縮んだ胃袋に対応した結果なのか。
調理を終えた店主は、再び客席に座ってビールをゴクリとやりながら、食事を再開した。
けっして繁盛はしないけども、店と共に年を重ねていく人生も羨ましいなと思った。
ご馳走様でした。