インターネットと「表現の自由」といえば、フェイクニュースやデマの拡散、あるいはヘイトスピーチが問題になることが多い。インターネットは、誰もが情報を取り入れ、発信することを可能にした一方で、問題のある表現も流通することにもなった。こうした表現に対しての議論はこれまでも多く見られてきた。
そもそも、インターネットでの問題ある表現はなんらかの形で「規制」をすべきなのだろうか? その場合、国家による法規制が望ましいのか。それともGoogleやFacebook、Twitterといったプラットフォーム事業者による自主規制に任せるべきなのだろうか? もとよりプラットフォーム事業者は、公平に情報を流通させているのだろうか? 情報法が専門で、表現の自由やプライバシーについての研究を行っている、成原慧さんにお話を伺った。

成原慧
九州大学法学研究院准教授。専門は情報法。インターネット上の表現の自由、プライバシー・個人情報保護、人工知能・ロボットに関する法的問題について研究している。主著に、『表現の自由とアーキテクチャ』(勁草書房、2016年)、『AIがつなげる社会-AIネットワーク時代の法・政策』(共編著、弘文堂、2017年)、『人工知能と人間・社会』(共編著、勁草書房、2020年)など 。
利用規約は「表現の自由」の侵害にあたるのか
――インターネットが広く流通してきたことで「表現の自由」はどのように変化したとお考えでしょうか?
成原 インターネットが私たちの表現の自由の可能性を広げた面があることは間違いありません。
インターネットが出てくる前は、新聞や放送などのマスメディアを通じなければ多くの人に表現を届けることは困難でした。しかし今では、誰もがインターネットを使って情報を発信し、多くの人に、また外国にいる人にも届けることが可能になりました。こうしたことはインターネットが出てくる前には考えられなかったことです。ですから、私たちが表現の自由を実際に行使する可能性をインターネットが広げてくれたことは評価すべきだと思います。
――誰もが発信できるようになったことで、ヘイトスピーチやフェイクニュースなども見えやすくなった側面もあると思います。TwitterやYouTubeなど様々なプラットフォームでヘイトスピーチは現在も数多く見られますし、デマ情報も広く拡散されるようになっています。
成原 新聞や放送であれば、あるいはwezzyのようなネットメディアであれば、情報発信をする場合には編集を通じたスクリーニングが行われ、違法な表現や社会的に相当でないと思われる表現については、発信されにくい仕組みになっていました。しかし個人が自由に発信できるようになったことで、名誉毀損など違法な表現やヘイトスピーチなど有害な表現も容易に発信できるという問題が顕在化してきたわけです。
――そうした表現に対して、規制をすることは必要だと考えますか?
成原 現在は、インターネットが世の中に出てきた頃のような「インターネットは国境を越えた新しい空間で国家から規制を受けずに自由に情報発信ができるユートピア」という考え方は崩壊しています。一部のエリートだけではなく、多くの人たちがインターネットを利用しているわけです。それによって、いまお話したように、ヘイトスピーチのような問題のある表現や、あるいは個人情報の保護などの問題も顕在化し始めています。規制が必要な場面も出てきていると思います。
――どのような対応が考えられるのでしょうか?
成原 どのような対処をするのかはいろいろな考え方があります。
一つは、法律による規制です。ただしこれは強力な反面副作用も強く、本来保護されるべき表現にも萎縮が広がってしまうおそれもあります。表現の自由が必要以上に侵害されないよう慎重に立法のあり方を検討する必要があります。
それに代わる方法として考えられるのが、プラットフォーム事業者の自主規制で、利用規約などにより特定の表現を禁止して削除するというものです。Google、Facebook、Twitterなど多くのプラットフォーム事業者は実際に、それぞれの利用規約によって、ヘイトスピーチなど一定の情報の発信・流通を規制しています。
――プラットフォーム事業者による規制は「表現の自由」の侵害にはならないのでしょうか?
成原 表現の自由は元来、国家からの自由と考えられてきました。歴史的に、政治的な発言や宗教を冒涜するような表現は政府によって規制されることが多かったんです。そうした経緯を踏まえて、政府による言論弾圧が行われないように表現の自由が保障されるようになったのです。日本ですと、憲法二十一条によって「表現の自由」が保障されています。
プラットフォーム事業者によって構築された表現の場において、プラットフォーム事業者によりユーザーの表現が制約されるのは、古典的な憲法上の表現の自由が侵害されているとは必ずしも言えません。このことは、インターネットが流通した現在の新たな課題になっていると言えます。
プラットフォーム事業者を介した「表現の自由」の規制
――インターネット上での表現の自由を規制するような法律にはどのようなものがあるのでしょうか?
成原 例えばフランスには「デジタル共和国法」という、プラットフォーム事業者に検索結果の表示方法に関する情報提供義務を課すなど、インターネット上のプラットフォームの公平性や透明性を促進する法律が制定されています。
ドイツにも、プラットフォーム事業者に対して、差別的な表現などドイツの刑法で犯罪にあたる違法な情報について苦情を受けてから一定の時間以内に削除しなければいけないことを定めた「SNS法」があります。インターネットの普及に伴って見えてきた様々な課題に対してなんらかの対策が必要だという動きは各国で見られるもので、日本でもそうした議論が進められています。
――今日は特に、プラットフォーム事業者による表現の規制についてお話を伺いたいと思っています。最近、Twitter Japanが日本青年会議所とパートナーシップを結んだことが話題になりました。日本青年会議所は保守的な傾向が強い団体と言われており、政府などと結託して、恣意的に特定の表現を規制するのではないかという懸念の声がありました。
成原 Twitter Japanと日本青年会議所のパートナーシップについて、そうした危惧が当たっているのかどうか、私からは何とも言い難いのですが、一般論としてはプラットフォーム事業者が政府、政党や政治的色彩のある団体との適切な距離をとることは重要で、ユーザーから疑念をもたれないよう配慮する必要があるとは思います。
とはいえ、日本の場合、放送局については、放送法が政治的な公平性を求めているものの、新聞社やプラットフォーム事業者には求められていません。そもそも市場において自由で公正な競争が行われているのであれば、保守的なプラットフォームがあってもいいですし、リベラルなプラットフォームがあってもいいともいえるのではないでしょうか。
――プラットフォーム事業者を介する形で政府が表現の自由を規制するのは、直接的な規制に比べて見えにくいように感じます。実際に、プラットフォーム事業者が政府と結託して表現規制を行った例はあるのでしょうか?
成原 インターネット上では、情報の発信者も多く、国境を超えて情報が流通し、匿名性も高いので、発信者に対する直接規制は難しいという背景もあり、各国の政府もプラットフォーム事業者を通じて間接的に表現活動を規制することが増えています。諸外国では、法律に基づき政府の判断によりフェイクニュースなどプラットフォーム上の情報が削除されている国も少なくありません。日本でも、プラットフォーム事業者が、行政機関による要請などを受けてヘイトスピーチにあたる情報を自主的に削除したり、裁判所の命令に基づいて他人の名誉を毀損したりプライバシーを侵害する情報を削除しているケースはあります。
――日本ではどのような議論が行われていますか?
成原 日本では、総務省の「プラットフォームサービスに関する研究会」で関連する議論が行われているほか、プラットフォームの公正性や透明性を促進するための法案も提出されています。
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