
前葉富雄氏(ウーバーイーツユニオン執行委員長)
飲食宅配代行サービスUber Eats(ウーバーイーツ)は、私たちの生活にすっかり定着した。
宅配サービスを行っていないお店の料理を家にいながらにして楽しむことができるようになり、利便性は増した一方、問題点も指摘されている。
ウーバー配達員の置かれている待遇の問題である。
ウーバー配達員は「労働者」ではなく「自営業者」という扱いになるため、労働法上の保護が受けられず、非常に弱い立場にある。
こうした状況を受け、昨年10月には、ウーバーイーツの配達員による労働組合・ウーバーイーツユニオンがつくられた。しかし、ウーバー側はウーバーイーツユニオンによる団体交渉を複数回にわたって拒否している。
ウーバー配達員が直面している「働き方」の問題について、ウーバーイーツユニオン執行委員長の前葉富雄氏に話を聞いた。
ウーバーも傷害補償制度を用意したけれど……
──まず最初に、前葉さんはどのようなかたちでウーバー配達員をされているのですか?
前葉富雄(以下、前葉) いまは副業ができる会社員をしているので、仕事終わりとか休みの日にウーバー配達員をやる感じですね。
実は、その前にはウーバー専業でやっていこうとしていた時期もありました。
でも、自転車をこぎ過ぎて身体を壊したりとか、風邪を引いて寝込んだりといったことが続き、その日暮らしで生きていくことの厳しさを痛感して専業にすることは諦めました。
──街を歩いていると、すごいスピードで自転車を飛ばすウーバー配達員にしばしば出会います。限られた時間で大量に配達をこなすようなハードな働き方をしたら身体を壊すのも分かりますし、事故にも遭いやすいだろうなと思います。
前葉 しかし、ウーバーはこれまで事故に遭った配達員に対する保証を用意していませんでした。
配達員が事故に遭った際の傷害補償制度を導入したのは昨年10月になってからです。これによってようやく配達中にケガをしたら医療費や入院費などの見舞金が補償されることになったのですが……。
問題は2つあります。
1つ目は金額です。ウーバーは補償の金額を上限25万円としていますけれど、これには「額が低すぎないか?」という意見が出ています。指摘の通り、大きな事故に遭って入院することになった場合、25万円では賄いきれない可能性が高いです。
ただ、最近それ以上に問題視されているのは、そもそも傷害補償制度を使うこと自体が難しいのではないか、という問題です。
というのも、事故でケガをしてしまったので傷害補償制度を利用しようと連絡したら、ウーバー側から「アカウントを止めることになりますけど、いいですか?」といったことを言われたという報告が複数あるのです。
他にも、申請したのに「この条件では難しいです」と言われて見舞金をもらうことができなかったという報告もあり、これはスムーズに使えない制度なのではないかという疑念があります。
このあたりについてはウーバーイーツユニオンで証言を集めている最中なんですけど、いまのところ、あまり実用性がないと思わざるを得ないですね。
ウーバー配達員の労働条件が社会的に問題になり始めているから、対外的なアピールとして制度だけつくった感じが拭えない。
──それはひどいですね。
前葉 補償の範囲も狭いです。
一般的な労災保険だったら通勤途中の事故も補償の範囲になっていますが、ウーバーの用意した制度では配達中以外の時間は補償されません。
そのあたりも制度として不備があるのではないかと思わざるを得ません。

ウーバーイーツユニオンHP
報酬改定が原因で料理の廃棄が起きている
──昨年11月末には、ウーバーが東京の配達員の報酬を一方的に引き下げたことが多くのメディアで報道されました。
前葉 ウーバーイーツユニオンではそれも問題視しています。
まず、ウーバー配達員の報酬は、大きく分けて2つあります。
お店から商品をピックアップすることで発生する受け取り報酬、商品を注文者に届けることで発生する受け渡し報酬、お店から注文者までの配達距離に応じて発生する距離報酬、この3つからなる「基本報酬」、まずこれが1つ目。
もう1つは、基本報酬とはまた別に支払われるインセンティブです。
このうち、基本報酬が引き下げになりました。
具体的には、これまで1キロ150円だった距離報酬が改定後は60円になり、受け取り報酬でも約12%のカットが起きました。
しかも、それは、報酬引き下げが始まるわずか9日前にメールで一方的に知らされたのです。
これを問題視し、ウーバーイーツユニオンはウーバーの日本法人であるUber Japanに団体交渉を申し入れましたが、「配達員はオランダに所在するウーバーポルティエBV社と契約をしている」「配達員は労働組合法上の「労働者」に該当しない」という理由で拒否されました。
──下げ幅がすごいですね。距離報酬にいたっては半額以下ですか。
前葉 ウーバー側はインセンティブを引き上げるのでトータルの報酬は変わらないとしていますが、周囲では以前より稼げなくなったと嘆いている人が多いです。
ウーバーは運営を透明化し、どういう意図で報酬の仕組みを変えたのかを説明してほしい。
──働いている方としては納得いかないですよね。
前葉 報酬改定の結果として、食糧廃棄の問題も起きています。
報酬改定により報酬全体におけるインセンティブの割合は上がったわけですが、インセンティブは配達の回数によって増える仕組みなので、配達員がみんな短い距離の配達をやりたがるようになったのです。
分かりやすく言えば、5kmの配達を1回やるのと、1kmの配達を5回やるのとでは、走る距離は同じですが、インセンティブの額が違うので、稼げる金額が違います。だから、後者の方をみんなやりたがるのです。
先に触れましたが、そもそも距離報酬が減っているので遠いところに配達するメリットが薄れています。そこにインセンティブの件が重なり、遠距離の注文はマッチングしにくくなってしまいました。
その結果、配達する人が見つからず、料理をつくったはいいけれどお客さんのもとまで届かず廃棄せざるを得ないケースが出ているのです。
──それは様々な面で問題です。
前葉 配達員をやっていると、遠くからの注文が入りやすい店というのが分かってくるんですね。
メディアで紹介されるような有名な店だと特に遠距離の注文が多いんですけど、そういうお店の配達はみんな敬遠するようになった。
それは仕方がないですよね。配達員だって報酬を上げるために考えながら動いているわけですから。
それを引き起こしたのはウーバーの一方的な報酬改定です。
一応、ウーバーは飲食店側に対して廃棄になった料理の補償はしているみたいですが、それで済ませていい問題ではないですよね。
つくった料理人は悲しいし、お客さんは頼んだものを食べられないし、トラブルのもとです。そもそも、ご飯がゴミになってしまってもったいない。
ウーバーの配達員はみんなこの状況がどうして引き起こされたかについて声をあげています。
しかし、彼らは配達員の意見に聞く耳を持とうとしない。
現場の声を掬い上げればウーバーのサービスをより良いものにできるかもしれないのに……。

ウーバー配達員として働くときのスタイル。
ウーバーとは「人間」としてのコミュニケーションがとれない
──ウーバーは現場の人間のことを見ていないとか、配達員を人間として扱っていないと感じた場面はありますか?
前葉 それはいろいろな場面で感じますね。
たとえば、ウーバーでは以前、アプリの不具合により、配達員が実際に運んだ距離よりも少なく見積もられるトラブルがありました。
その際、配達員が個人個人バラバラにウーバーのサポートに連絡しても「おかしくないです」の一点張りで、まともに相手をしてくれなかったんです。
結果的にどんどん話が広がってから、ウーバー側はようやくアプリの不具合を認めました。
しかし、それでも真摯に謝る感じではなかったですね。いくらアプリの不都合とはいえ、距離の計算がズレるというのは「報酬をごまかしていた」ということにもつながる重大な失敗なのにも関わらず。
その一件は、このままウーバーを信用し、彼らの言いなりで働いていたら、いいように搾取されてしまうのではないかという疑問をもったきっかけでもありました。
──それはひどい。
前葉 あと、ウーバーの配達をやっていると、いろいろな人間間のトラブルが起きるんですよ。
多いのは、お店と注文者の間の行き違いが問題となるケースですね。
お店が配達員に違う料理を渡してしまったとか、注文した人自身がアプリ内で「箸はいらない」設定にしていたのに気づかず「箸がない!」と怒り出したりとか。
そういうトラブルはお店と注文者の間の問題であって、配達員にはなんの関係もないですけど、そのクレームが配達員に来ることがあります。
注文者からクレームが来ると、最悪の場合アカウントが停止になりますし、そこまで行かなくても評価が落ちるとインセンティブが変わってくることがあるので、配達員にとっては重大な問題です。
なのでそういった場合はウーバー側に事情を説明したいと思うのですが、ウーバー側は「知りません」としか返してくれない。
ウーバーは、最小の労力で最大の収益をあげるため、仕事の工程を徹底的に簡略化しており、その結果として配達員とのコミュニケーションがおざなりになっているんでしょうけど、そういう「現場と向き合おうとしない姿勢」は、ありとあらゆるところにありますね。
ウーバーの問題は、これからの日本社会の「働き方」の問題でもある
──ウーバーの問題点はよく分かりましたが、それでも、配達員にはウーバーで働くメリットもあるんですよね。
前葉 問題点をたくさん指摘してきましたが、ウーバーで働くこと自体は自分も良いと思っています。
時間的な拘束がなくて空いている時間に働くことができるし、嫌な上司から怒鳴られたりしながら働かなくても済む。
僕が一時期ウーバーを専業にしていたのも、人間関係の悩みから解放されるからです。
──専業の方ってどれくらいいらっしゃるんですか?
前葉 ウーバーの専業率に関して正式なデータはありませんが、だいたい3割ぐらいだろうと言われています。
そのなかには、ブラック企業での就労経験から心身ともに擦り減らしてしまった結果、パワハラや過重労働に苦しまずに働くことのできる現場を求めてウーバーに辿り着いた人もいる。
だから、ウーバーに感謝している人はたくさんいます。
でも、逆に言うと、そういう人をウーバーが利用し、いいように扱う環境になり始めているのが現状だと思います。
「お前ら、どうせ他では働けないんだろ?」みたいな感じで弱みにつけこんでひどい扱いをしている。
「働かせてやってるんだから言うことを聞け」と、人間を駒のように扱う流れがあります。それは許されないことだと思う。
──ウーバーイーツユニオンとしては、ウーバーとこれからどう話し合っていく予定ですか?
前葉 前回、団体交渉をしようとしたときは、ウーバー配達員が労働組合法上の労働者に該当しないという理由で拒絶されたわけですが、確かにそうだとしてもウーバー配達員の労働者性は非常に高い。
だから、ウーバーイーツユニオンが団体交渉できないのはおかしいと思っています。たとえば、プロ野球選手は個人事業主ですが、団体交渉権を行う権利が認められていますよね。それと同じことです。
僕らはウーバーイーツの日本法人と団体交渉をやりたいと考えています。彼らは、配達員はオランダの会社と契約していて自分たちは実権をもっていないから交渉して話すことはないといった主張をしていますけれど、そんなわけないですからね。
──なんのための日本法人なんだという話ですもんね。
前葉 あともうひとつは、働く人たちの保証についてです。
いまの日本では、働き方が急速に多様化しているなかで、労働者の権利に関する仕組みが社会の変化に追いついていないと考えています。
インターネットを通じて単発の仕事を請け負うギグワーカーは広がりを見せています。
ウーバーのようなフードデリバリーもそうですし、最近では、隙間時間で働きたい人と、人手が欲しい店舗・企業を結びつけるTimee(タイミー)のようなバイトアプリも出て来ました。
こういった形式の働き方も今後増えてくるのかもしれませんが、それにあたって詰めておくべき課題はたくさんあります。
たとえば、タイミーのようなバイトアプリを用いて飲食店で働いた場合、火傷などのケガを負ったらどうなるのか、とかですね。
新しい働き方が続々と生まれるなか、どうやって労働者の権利を守るのか。
ウーバーイーツユニオンがウーバーに対して働きかけている議論は、ウーバー配達員だけの問題ではなく、これからの日本社会における「働き方」を問うものでもあります。
ユニオンの活動を通して国会議員の方とお話する機会もありますので、現場の声を集めながら問題提起をしていきたいと考えています。
(取材、構成、撮影:編集部)