
「GettyImages」より
2月17日、2019年10月~12月までのGDPが年率6.3%ものマイナスを記録した。東日本大震災が起きた2011年1月~3月のマイナスが年率6.9%だったことを鑑みれば、今回の下落がどれだけ大きなものかは容易に理解できる。
主要因は10月から施行された消費増税と言って良いだろう。国内でも様々な識者がその影響を指摘しているが、米紙ウォール・ストリート・ジャーナルも今月、「日本が安倍氏の経済失政の代償を回避するのは手遅れだ」と増税失敗を指摘する社説を掲載。国内外問わず消費増税は愚策と捉えられている。
このような状況でも政府は理解し難い見解を示している。10月~12月のGDP下落について西村経済再生担当大臣は「民需の弱さの主な原因の個人消費は消費税率引き上げに伴う駆け込み需要の反動減に加え、台風や暖冬の影響が出た」と消費増税を理由としつつも台風や暖冬の影響を挙げたのだ。
内閣府が2月20日に発表した「月例経済報告」でも、「景気は緩やかに回復している」「個人消費は持ち直している」と記されており、政府は「景気は上向いている」という主張を頑なに崩さない。
同報告では「雇用・所得環境の改善が続くなかで、各種政策の効果もあって、緩やかな回復が続くことが期待されるが、新型コロナウイルス感染症が内外経済に与える影響に十分注意する必要がある」とも記している。1~3月のGDPが再び下落することがあれば、政府はその原因を全て新型コロナウィルスに押し付けるだろう。
世界的な新型コロナウイルスの拡大に伴い、オリンピックの開催も危ぶまれる。東京五輪が中止となれば日本を大不況が襲うことが予想されるが、今、必要な経済政策とは何なのか。京都大学教授の藤井聡氏に話を伺った。

藤井聡
京都大学大学院工学研究科教授、同大学レジリエンス実践ユニット長。1968年生。京都大学卒業後、同大学助教授等を経て現職。2012年から2018年まで安倍内閣官房参与(防災減災ニューディール担当)。専門は公共政策論.著書は「MMTによる令和新経済論」「プライマリーバランス亡国論」「大衆社会の処方箋」等多数。
歯止めの効かないデフレスパイラルが始まった
藤井氏は消費増税後のGDP下落を「予想通り」と見ている。
藤井氏「長年続くデフレの影響で内需が冷え込んでいる中、米中貿易摩擦の影響で外需も下落しています。このタイミングでの消費増税ですから、経済的に大ダメージを負うことは確実だと予期していました」
一方、予想はしていたもののダメージの大きさについては「予想を上回るもの」だったという。
藤井氏「過去二度の消費増税時にはまったく見られなかった名目GDPの下落が、今回は見られました。それも4.9%も下落しています。その中でも小売りの冷え込みが顕著で、過去のどの増税をも上回り、約2倍もの水準となりました」
小売業界での深刻な冷え込みにつながったのは、「消費税10%」というわかりやすさが消費者に与えた影響だろう。
藤井氏「京都大学で消費者心理に関する実験を行ったところ、消費税を5%から8%に上げるより、8%から10%にするほうが消費者の購買意欲に影響を与えることがわかりました。消費税10%なら税額の計算が非常に簡単にできますよね。そのため商品購入時の消費税の心理的負担が著しく大きくなってしまったと考えられます」
さらに、小売業界以上に卸売市場への影響は計り知れない。
藤井氏「小売業界よりもマーケット規模が大きい卸売市場では今回、過去二度の消費増税時の5~6倍もの下落率であるマイナス8%を記録しています。これは消費の激しい冷え込みに加え、過去二度の消費増税時にはなかった外需の下落という要素が大きく影響し他ことが理由です。
これだけ卸売市場が冷え込めば早晩、必ずメーカーの出荷額の下落がもたらされます。そうなると、日本経済のほとんどの部門で売り上げが減少し、ますます一般庶民の賃金は冷え込むでしょう。すると当然、需要はさらに縮小し、ますますデフレスパイラルに歯止めが効かなくなります」
新型コロナウィルスは判断を変える契機
日本の消費増税には海外からも否定的な視線が注がれている。
藤井氏「米国のウォールストリートジャーナルやザ・エコノミスト、英国のフィナンシャルタイムスは、今回の消費増税を酷評しています。それは当方のようにデータに基づいて景気判断を行ってきた国内の限られた有識者達と同様です。つまり、消費増税を推進し続けてきた日本の大手新聞社や国内の一般的な政府系の経済学者、エコノミスト達とは正反対の主張です」
一方、IMFは2030年までに消費税を15%まで引き上げることを望んでいる。
藤井氏「IMFはそれぞれの国についてのコメントを発する時、その国からの出向者の意見を尊重します。そうでないと自信を持ってコメントできないからです。そしてIMFへの出向者は伝統的に財務省の方々ですから、このコメントは財務省の意向を反映したモノに過ぎません」
また、IMFアジア太平洋局でアシスタントディレクターを務めるポール・カシン氏は、「2018年に出したIMFのスタッフによる研究では、高齢化のコストを賄うために、消費税率は漸進的に2030年までに15%に引き下げ、2050年までに同じく20%まで必要と推計されている」と述べているが、カシン氏も財務省の意向をそのまま汲んでいるのだろうか。
▼参照:東洋経済オンライン
藤井氏「カシン氏は、消費税が経済に悪影響を与えること、そして、積極財政が経済に悪影響を与えることを明確に認識した上で発言されています。したがって、カシン氏の発言は、しっかりと政府支出を拡大し、成長を実現した上で、その成長の果実の一部を消費税増税分に回していくべきだという意見と解釈できます。この方針は、ただいたずらに緊縮を続けることの一環として消費税を上げていこうとする現状の財務省や日本の大手新聞社、一般的なエコノミストや経済学者達の意見とは、完全に一線を画すモノと言えるでしょう」
しかし当の政府は、「GDP年率6.3%のマイナス」という数字が出ているにもかかわらず、「景気は上向いてる」との弁を崩そうとしない。なぜ消費増税の悪影響を認め、方針を改めようとはしないのか。
藤井「安倍内閣は誰の目から見ても『緩やかに回復している』と言えない状況でも、『緩やかに回復している』と嘘をつき、強弁し続けてきました。今さら景気がどれだけ冷え込もうとも、その嘘を撤回できないところまできています。
しかも今回の景気悪化の原因は、安倍政権が意図的に行った消費増税なわけですから、このタイミングで景気判断を変えると、自らの判断のせいで経済が悪化しているということを認めることになります。ますます頑なに『緩やかに回復している』という嘘をつかざるを得なくなっているのです。最初から嘘をつかずに正直に話しておけば良かったところを、一つ嘘をつくとそれと辻褄を合わせるために、嘘を付き続けなければいけなくなっています。ですから、政権が変わるまではこの判断は変わらないリスクが非常に高いです。
ただ、今問題になっている新型コロナウィルスは、『安倍政権がバラ撒いたものではない』とも言えますから、ここを契機として判断を変える可能性は幾分は残されていると思います。安倍内閣はこれまでの発言を撤回し、国内の状況を正確に過不足無く認識することが求められます」
消費税を大至急5%に下げるべき
消費増税だけでなく新型コロナウィルス問題が生じたことで、日本経済の先行きはより不透明になった。そもそもコロナショックの経済的打撃はどれくらいの規模になるのか。
藤井氏「新型コロナウイルスはとてつもなく大きな被害をもたらすでしょう。第一に『インバウンドの冷え込み』、第二に『自粛経済で消費と投資の激しい冷え込み』、第三に『中国を中心とした諸外国の経済が冷え込むことを通して輸出が減る』など、最悪のショックが日本にもたらされます。あげくにオリンピックが中止になれば、コロナショックは日本の経済を破壊する決定打になるでしょう」
日本経済の危機的状況を迎えてもなお、危機管理能力の欠けた姿勢を見せる安倍内閣への憤りを口にする。
藤井氏「消費増税だけでも、あるいはコロナショックだけでも大変な経済被害が生ずるのに、それが重なり合っています。これはまさに、天災と原発事故が重なった東日本大震災級の国難的な状況です。にも関わらず、我が国の中枢たる安倍内閣は『景気は緩やかに回復している』と嘘をつき、麻生財務大臣に至っては経済対策について『今すぐ何か考えているわけではない』と臆面も無く断定しています。東日本大震災の際には、『悪夢』とさえ言われた民主党政権ですら『国難だ』と認識し、対策を講じようとしました。今はこの時よりも、さらに惨い状況になっているわけです」
この状況を打開するために、今、政府がすべきことは景気の公正中立な判断に他ならないが、仮に不景気を認めたとしてどちらに舵を切っていけば望ましいのか。
藤井氏「私の提言としては、臨時・特別の措置として消費税を5%に大至急下げるべきです。法的手続きが困難であるなら、軽減税率の制度を活用して全品目を対象に減税幅を5%にするだけなら、今すぐにでも国会決議で決定可能なはずです。
同時にコロナショック対策について大規模な予算を組み、徹底的に対策を講じていかなければいけません。
現在、安倍内閣が正式に数値月で決定した対策予算は153億円ですが、これでは少なすぎます。予備費2700億円から捻出する旨も発言していますが、とにかく今は、予算制約を意識せず、『コロナウィルスの検査や治療のための医療関係費や設備投資、それらに対応する職員の雇用をはじめとした大規模な支出』、『コロナショックによる自粛やイベント中止、臨時休業などにより失われた所得や売上の徹底的補填』を大規模に進めるべきです。今のままでは『まともな対策をするつもりがない』と言っているのと一緒です」
現時点で報道されている各国の対策額は、中国は約1兆500億円、シンガポールは約5000億円、台湾は上限の約2200億円。香港は約4000億円規模の基金設立、米国は約2700億円を補正予算として議会に要請している。
藤井氏「日本より感染者数の少ない国でも早い段階から数千億円以上の対策費を決定しています。つまり、安倍内閣が予定した予算は一桁どころか二桁も少なく、危機意識が極めて低いのです。新型コロナウィルスの対策に加え、冷え込んでいる景気を下支える経済対策を10兆円規模で進める必要があり、そのための補正予算を組まなければいけません」