『パラサイト』がアカデミー賞で乗り越えた1インチの壁と“スーパー通訳者”チェさんの言葉

文=菅原史稀
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今年のアカデミー賞で4冠を獲得した『パラサイト』のポン・ジュノ監督(左)と、通訳者のチェ・ソンジェ/シャロン・チェさん(右)(Kevin Winter /「GettyImages」より)

 第92回アカデミー賞において、非英語作品として史上初の作品賞に輝いたポン・ジュノ監督作品『パラサイト』。授賞式後、米ハリウッド・レポーター誌の記者は、オスカー像を手にしたポン監督だけでなくその傍らに立つ通訳担当のチェ・ソンジェ/シャロン・チェさんにもスポットライトを当てた

 チェさんは、ポン監督が昨年のカンヌ映画祭や米国のTV番組に出席したときにも、その韓国語を英語圏のオーディエンスへ届ける役割をつとめていた。弱冠24歳の彼女は、その文化背景への深い理解と映画的知識の豊富さによって、ポン監督の発言を的確な言葉選びで伝え、高い評価を得る“スーパー通訳者”として、世界から注目される存在となっている。

 本稿では、非英語作品への制約が大きいアカデミー賞に契機をもたらした『パラサイト』を世界中に届けるうえで影の功労者となったチェさんを紹介するとともに、いま、潮目を迎えつつある米映画シーンを読み解く。

『パラサイト』が乗り越えた1インチの壁

 チェさんの紹介に入る前に、今回のアカデミー賞において『パラサイト』が国際長編映画賞のほか、脚本賞・監督賞・作品賞の4部門を獲得したことが“歴史的瞬間”と称されている背景について触れたい。

 冒頭に述べたように、非英語作品の『パラサイト』が作品賞を獲得したことは史上初の快挙である。が、脚本賞の受賞もペドロ・アルモドバル監督作品『トーク・トゥー・ハー』(スペイン語による脚本)から実に17年ぶりとなる。なぜ過去92回の歴史の中で非英語作品は作品賞を獲得することが出来なかったのか。その背景には“白すぎるオスカー”とさえ呼ばれる、外国語映画に対する排他的なアカデミー賞の体質があるだろう。

 アカデミー賞において、作品選考の投票権を持つ米映画芸術科学アカデミー会員の構成比率は、2015年で白人の割合が92%を占めていた。しかし第88回(2015年開催)において演技部門にノミネートされた20人全てが白人俳優だったことに対して“白すぎるオスカー”を意味する「ホワイト・オスカー」との批判の声が上がったことで、アカデミー会員の構成比率に見直しの動きが起こり、現在では8000人を超える全会員のうち白人以外が16%となっている。

 これを受け、それまでは映画そのものの質だけでなく“白人男性ウケの良い”作品が有利であったアカデミー賞の選考の傾向は一変。2016年には、監督・キャスト全員が黒人の作品『ムーンライト』が作品賞を、2017年にはジョーダン・ピールが『ゲット・アウト』で黒人として初の脚本賞を獲得している。昨年にも、全編スペイン語で構成されたNetflixオリジナル作品『ROMA/ローマ』(アルフォンソ・キュアロン監督)が作品賞にノミネートされるなど、アカデミー賞のスタンスにも変化が起こり始めていた。

 新たな潮流が生まれるなか、今年ついに『パラサイト』が作品賞を獲得し、アカデミーの歴史を変えた背景には、作品そのものの評価はもちろんのこと、言語や文化の壁を乗り越え多様化を図ることで、オスカーを“ローカル”から“国際的な”体質へと変えようとする映画人たちの想いの発露も窺わせる。

 昨年、ゴールデングローブ受賞した際にポン監督が発した「字幕という1インチの壁を乗り越えれば、更に多くの素晴らしい映画との出会いがあります」というスピーチは、自国作品が中心にあったかつての米映画シーンにおける潮目が変わりつつあることを示唆していたのだろう。

本業は映画作家――“奇妙なハイブリッド”チェさんの通訳術

 今年2月に行われたアカデミー賞授賞式をもって『パラサイト』の英語通訳担当という務めを終えたチェさんは、その体験について綴ったエッセイを米誌「Variety」に寄稿している。

 エッセイでは、昨年4月にポン監督が受けた海外メディアの電話インタビューを通訳したことをきっかけに、カンヌ国際映画祭の授賞式への同行をオファーされたこと、またそれ以前の通訳業は、昨年アカデミー外国語映画賞で韓国映画代表作として出品した『バーニング』のプレスツアーでイ・チャンドン監督に一週間ついただけであり、彼女の本業は映画作家であることが明かされている。チェさんの通訳者としての堂々たる仕事ぶりからは少し意外に思える事実だが、彼女自身のバックグラウンドを知ることで大いに納得させられた。

 子供時代の2年間をアメリカで過ごしたというチェさんは、自身を“奇妙なハイブリッド”と形容している。

「私はアメリカ人になるには韓国人っぽくありすぎていて、韓国人になるにはアメリカ人っぽくありすぎていて、韓国系アメリカ人でさえもない」

 そんな彼女にとって、韓国語でも英語でもない視覚言語である映画という表現が、自身にとっての本当の母国語になったという。

 大学時代はポン・ジュノ作品について研究し、「映画制作者として、また思想家としてのポン監督の言語に精通するうえで論文を書いた経験は役立った」と回想している。

 また、チェさんが「東洋と西洋の文化を理解し、ポン監督の言葉の意図を明確に維持するためにこれまで観た映画の知識を頼った」と語っているように、映画監督など表現者の言葉を通訳することは、高い言語能力はもちろん、国の文化的背景への理解や映画知識、そして表現者自身の表現哲学や、作品への理解力をも要求される。ポン監督から「ほぼ自分のアバター」とまで称されるほど的確な言葉選びは、“奇妙なハイブリッド”としてのバックグラウンドを持つチェさんだからこそ成し得たものであったと言えるのではないだろうか。

壁を乗り越える原動力は“個人性”

 さて、アカデミー授賞式の受賞スピーチにおいて、ポン監督は「私は学生時代から“最も個人的なことは、最もクリエイティヴなことである”という言葉を大事にしてきました。偉大なるマーティン・スコセッシ監督の格言です」と語り、会場を大いに沸かせた。

 『パラサイト』は、オール韓国人キャストによって全編韓国語で進行するドメスティックな作品でありながら、“格差社会”“人々の分断”という現代の世界的な問題を扱っていた。その大きなイシューを、対照的な二つの家族に起る小さな物語へと見事に落としこんだ同作が、韓国のみでなく他文化圏の人々の心を捉えて国際な評価に繋がった現象は、まさに個人性が普遍性へ結び付いた結果と言える。

 そして、チェさんは「通訳者は私にとって仕事ではなく、生き方そのものです。私は、自分自身の通訳を約20年務めてきたのですから」とも語る。彼女による言葉の橋渡しは、単なる言語から言語への変換ではなく、言語や文化の壁を乗り越え、作品に込めたポン監督の想いと人々を結びつける、この上ない「クリエイティヴなこと」となった。

映画界が乗り越えるべき次なる壁

 米映画シーンにおける人種比率の偏重といった問題に改善の兆しがあることは先述したが、一方で、男女比率についてはいまだ大きな課題が残っている現状がある。

 今回のオスカーでは、作品賞や脚色賞など6部門にノミネートされていた女性監督グレタ・ガーウィグの作品『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』が有望視されていたものの落選。同じく女性監督の作品では、高い評価を得ていたローレン・スカファリア監督の『ハスラーズ』や、ルル・ワン監督の『フェアウェル』が候補として名前すら挙げられなかったことが問題視されている。プレゼンターとしてオスカー授賞式に参加した女優のナタリー・ポートマンは、女性監督たちの名前をゴールドで縫ったケープを身に纏い、抗議の意を表していた。

 過去92回の歴史においても、 監督部門でオスカーノミネーションを果たした女性監督は、 2018年『レディ・バード』のグレタ・ カーヴィグを含めてたったの5名。実際にオスカー像を手にしているのは、2008年に『ハート・ロッカー』で受賞したキャスリーン・ビグロー監督のみである。
現在、アカデミー会員の男女比率は、2015年時点の女性25%から32%へと少しずつ改善を見せている。とはいえ製作現場において女性スタッフの絶対数が少ないことや、女性監督作が男性監督作と比べて予算の獲得が困難であることなど、現場レベルで改革が要されるのが現状だ。

 冒頭に述べたハリウッド・レポーター誌のインタビューにおいて、ポン監督は、チェさんを「彼女は素晴らしいフィルムメイカーでもあります」と紹介していた。ポン監督の通訳業を全うしたチェさんは、これから韓国を舞台に彼女自身の個人的物語を基にした映画製作に着手する予定という。

 チェさんは、『パラサイト』の賞レースを介して「私の個人的ヒーロー」である多くの映画人らとの出会いに刺激を受けたとし、「彼らと再会し、(フィルムメイカーとして)一緒に働く機会を得るために最善を尽くしたい」と意気込んでいる。

「私がこれから行うのは、(他言語への翻訳ではなく)自分の物語を映画へ翻訳する作業です」

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