テイラー・スウィフトのメディア戦略と理不尽との戦い方『ミス・アメリカーナ』

文=近藤真弥
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Netflixより

 世界的ポップ・スターのテイラー・スウィフトを題材にしたドキュメンタリー映画『ミス・アメリカーナ』。テイラーが自らの人生を積極的に語り、ツアーの様子や制作現場の裏側をテンポ良く見せていく。2020年1月23日にサンダンス映画祭で初公開され、8日後の1月31日にNetflixを介して世界中に配信された。

 監督はラナ・ウィルソンが務めている。中絶問題を扱った『After Tiller』(2013)、日本の自殺問題に迫った『The Departure(邦題 : いのちの深呼吸)』(2017)など、優れたドキュメンタリー作品を手がける手腕には定評がある。『ミス・アメリカーナ』は3つめの監督作だ。

ありのままのテイラーではないけれど

 テイラーに限らず、ほとんどのポップ・スターは厳密なメディアコントロールによって、イメージという名の要塞を築きあげる。こう思われると困るから、こういう発言はしちゃいけない。ファンを失わないように、物議を醸す行動は慎もう。このような制約が蔓延るエンタメ業界の頂点に、テイラーは立っている。

 そんなエンタメ業界の頂点にいるテイラーのドキュメンタリー映画と聞いて、矛盾を感じなかったと言えば嘘になる。ドキュメンタリーといっても、テイラーを美化するだけの作品に過ぎないのではないか? 捻くれた性格が過ぎる筆者は、そう思わずにはいられなかった。

 実際、ラナ・ウィルソンもテイラーのありのままを伝えてはいない。

 レコーディング中にブリトーを貪る姿や、すっぴんで作曲をするなど素の一端は垣間見れる。だが、プライベートの領域は半透明なベールで巧妙にぼかされている。

 例えば、交際中とされている俳優ジョー・アルウィンのことはほとんど触れられないし、テイラーの母・アンドレアが乳がんになったエピソードにも深入りはしない。

 大観衆を魅了するポップ・スターのガードが完全に下がることは、最後までない。

 とはいえ、それが『ミス・アメリカーナ』の致命的欠陥になっているかと訊かれたら、筆者はNoと答えるだろう。幼い頃から良い子になろうと努力してきたテイラーが成長するまでの記録としては、見ごたえのある作品だからだ。

「良い人と思われるために、正しいことをする」

 『ミス・アメリカーナ』は、テイラーがピアノを弾いている様子から始まる。ピンクのスウェットにオーバーオールを合わせたテイラーはリラックスしているのだろう。表情はとても穏やかに見える。

 このシーンが終わると、テイラーは13歳のときに書いた日記の話を語りだす。日記帳のタイトルは、『私の人生 私のキャリア 私の夢 私の現実(My Life, My Career, My Dream, My Reality.)』。10代前半から将来について考え、理想とする姿になるため努力してきたことがうかがえるシーンだ。

 次にテイラーは、子どもの頃から大切にしてきた倫理観を語る。それはとてもシンプルなものだ。良い人と思われるために、正しいことをする。テイラー自身の言葉を借りれば、「良い子(good girl)」をずっと目指してきた。この倫理観はテイラーの人柄を表すだけでなく、『ミス・アメリカーナ』が示す物語の軸にもなっている。

 倫理観の話が終わると、映画は幼少期のテイラーを登場させる。両親からアコースティック・ギターをプレゼントされ喜ぶ様子、12歳でステージに上がり歌うテイラー、レーベルに音源を聴かせにいくときの車内。

 これらの映像に合わせ、テイラーも言葉を紡いでいく。すごいと褒められ、良い曲だねと言われるのが生きがいだったと語るそれは、驚くほど素朴だ。その素朴さに触れれば、ほとんどの視聴者は理解できるだろう。テイラーは音楽が好きなだけの女性なのだと。そうした側面を強調するように、音楽以外の話題でバッシングを受けることに涙するシーンもある。

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