自営業者は置き去りか 「生活者支援」という経済政策を取れない日本

文=加谷珪一
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Tomohiro Ohsumi / 特派員(「GettyImages」より)

 新型コロナウイルスの影響が拡大していることから、政府は各種支援策の実施に乗り出している。しかしながら、検討されている施策の多くは企業を通じたものであり、生活者、消費者を直接支援する施策はまだ不十分である。

 日本はすでに消費経済の国になっているという現実を考えると、可能な限り生活者、消費者を支える施策を実施するのが望ましい。では具体的に、どのような施策が考えられるか。

フリーランスは支援の対象外?

 安倍首相は2020年2月27日、全国の小中学校、高校に対して一斉休校を実施するよう呼びかけた。唐突な発表となった背景には、コロナウイルス対策で「後手に回っている」という批判をかわす目的があったともいわれている。

 当初、休校によって影響を受ける保護者へのケアについて、安倍氏の口から説明はなかった。このため各メディアが一斉に反発し、慌てた政府は3月2日、一斉休校で仕事を休まざるを得ない人を対象とした支援策の概要を発表している。

 それによると、臨時休校に伴って子どもの世話が必要となる労働者に休暇を取得させた場合、事業主は1日あたり8330円を上限とする助成金を受け取ることができるという。企業の資金負担は大幅に減るので、社員を休ませやすくなるはずだ。子どもを持つ親にとってはひとまず朗報といってよいだろう(対象は小学生のみで中高生は対象外)。

 この措置は雇用保険制度を使って実施されるが、雇用保険に加入していない非正規社員やパート労働者も対象となっており、こちらは国の一般会計から助成金が支払われる。

 だが、この支援策にはフリーランスや自営業者は含まれておらず、企業に勤めていない人は、今のところ何の支援も受けられない。これに対して菅官房長官は3月3日、フリーランスや自営業者に対する支援策として経営相談窓口の設置や緊急貸し付け・保証枠として5000億円を確保すると説明した。

 制度の詳細は明らかではないが、貸し付け枠の設定が中心となっているので、仮に実施されても、あくまで融資にとどまる可能性が高い。政府の要請で仕事に影響が出るという点では、雇用されている人もフリーランスも状況は同じである。今の状態では、フリーランスだけが放置されたという印象を持つ人が多いのではないだろうか。

日本の政治家に致命的に欠けている能力

 この点について、法制度上、雇用保険の制度を使って実施されることから、対象が労働者に限定されるのはやむを得ないという意見も出ているが、それは違う。今回は非常事態に伴う措置であり、経済的に苦しい立場にある人を支援することが制度の基本的な考え方であって、雇用者を支援することが本質ではない。

 既存の制度がないので対応できないというのは、杓子定規な言い訳に過ぎないし、今回の施策においても、本来であれば雇用保険の対象外である非正規社員に対して、一般会計からの支出というイレギュラーな形で対応できている。何らかの形でフリーランスにも同様の支援を実施する制度など、いくらでも設計できるはずだ。

 このような状況になっているのは、テクニカルな問題ではなく、何らかの事態が発生した時、誰にどのような影響が及ぶのかという想像力が政権幹部に欠如していることが根本的な原因と考えられる。

 各種報道によると、今回の一斉休校はほぼ首相の一存で決定され、発表された時点では、休業補償の具体策については検討されていなかったといわれる。フリーランスに対する支援策も、メディアに指摘され、とりあえず貸し付け枠の設定について発表したとの印象が拭えない。

 官庁の職員は行政の専門家なので、政治家から明確なリクエストさえあれば、できる限り知恵を絞り、そのリクエストに応える施策を編み出すものである。政治家というのは、自身が苦しい生活環境にはなかったとしても、ある施策が行われた場合、国民生活にどのような影響が及ぶのか想像力を働かせる能力(あるいは知恵)が必要となる。

 安倍政権の幹部には、政治家の二世、三世が多く、しばしば庶民の生活を知らないと批判されている。だが問題の本質は彼等が庶民の生活を知らないことではない。有能な政治家であるならば、自身にその経験がなくても、国民生活の現実について想像力を働かせることができるし、これこそが政治家に求められる資質に他ならない。

 詳細については今後の検証が必要だが、もし本当に、国民生活の現実に思いが至らず、五月雨式の施策となったということであれば、やはり政治家としての本質的な能力について疑わざるを得ないだろう。

独裁国家が手厚い弱者支援を行うという皮肉

 今後、ウイルスによる影響が拡大し、経営環境が厳しくなると、強引な解雇や雇い止め、取引の一方的な停止などを行う事業者が増えてくる。そうなると弱い立場の人がさらに厳しい状況に追い込まれ、結果的に消費経済に対して大きなダメージを与えてしまう。

 筆者はこうした事業者を擁護するつもりはまったくないが、非常時においては、違法行為が行われることも、ある程度は想定した上で、被害者に対して直接支援する仕組みが必要だろう。

 この点において、シンガポールの取り組みは非常に参考になる。

 シンガポール政府は2月18日の時点で、すでに総合的な経済対策を表明しているが、その中には、経済的弱者に対する支援額が豊富に盛り込まれている。

 まず国民の生活を維持するため、給料の8%分をすべての雇用主に3カ月間支給するとともに、21歳以上の全国民に上限300シンガポールドル(約2万3000円)を緊急配布する(子どもや高齢者のいる世帯は金額を増額)。これに加えて低所得者に対し、前年の支援額の20%分を直ちに現金支給するほか、5人以上の家族がいる世帯には電気、水道など公共料金が払い戻される。また、高齢者に対しては小売店で利用できる商品券の配布や電子マネーへのチャージが、公共住宅の住民には商品券の配布が実施されるという。

 各施策における1人あたりの支援額はそれほど多くないが、経済的に苦しい人ほどその額が大きくなる。いずれも面倒な手続きが不要で、どのような生活環境の人にも当座、必要となるお金が手に入る仕組みだ。経済的に苦しい人は、とりあえずこの支援策でしのいでもらい、その後、状況に応じて追加の支援を行うという算段である。

 シンガポールは欧米各国とは異なり、リー・シェンロン首相による事実上の独裁国家であり、基本的に政府批判は許されない社会である。だが、これだけの施策を迅速に実施できるのであれば、国民の満足度が高いのもうなずける話だ。

生活者支援は今の日本にとって経済政策そのものである

 日本は製造業を中心とした輸出立国から消費が経済を回す消費立国にシフトしている。だが社会の主役である消費者(労働者)の実質賃金は下がる一方であり、日本の相対的貧困率は米国と並び主要国としては突出して高い。政治家の価値観も、産業育成を中心とした富国強兵型から抜け出せておらず、実体経済とのミスマッチが生じている。

 新型コロナウイルス騒動はいつかは終息を迎えるが、消費増税などの影響もあり、日本経済は当分の間、厳しい状況に追い込まれるとの予想が大半である。生活者に対する支援が不十分なままでは、さらに消費が破壊されてしまい、景気回復もままならなくなる。

 消費立国における生活者支援というのは、福祉政策にとどまるものではなく、経済政策そのものであるという発想の転換が必要だろう。

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