前回は、会社が倒産した際、未払いの賃金を回収する方法として以下の3つがあると説明した。
- ・弁護士に相談する方法
- ・独立行政法人労働者健康安全機構に申請をして未払賃金立替払制度を利用する方法
- ・労働組合に相談して労働協約を締結し、物品などを処分して現金化する方法
今回は、自分たちで労働組合をつくり、会社と交渉する方法を具体的に紹介する。
自分たちで労働組合を立ち上げて戦うシナリオ
会社が倒産して事業を廃止する場合、破産法に基づいて倒産処理を行う場合は、労働者の未払給与は裁判所により選任される破産管財人が、法に基づいて会社の財産を処分後、支払を行ってくれる。そのため、労働組合はなくても構わない。
ただ、破産法の規定上、労働組合があると、債権者集会などの破産処理について連絡を行う義務が生じる。そのため、処理の進捗が明確になるため、不安材料が減るメリットがある。
問題は、会社が裁判所の介入を伴う「法的整理」を行わず、債権者と話し合いをして倒産処理を行う「私的整理」が実施される場合や、「法的整理」も、「私的整理」も行わない場合である。
この場合は、未払給与の支払が行われず、早いもの勝ちになりかねない。そのため、弁護士にバックアップについてもらわず自分たちだけで未払給与の支払を求める場合は、労働組合が非常に重要な存在となる。自分たちだけで交渉することはハードに感じるかもしれない。だが、以下のシナリオに沿えば、不可能ではないはずだ。
労働組合結成の通知を内容証明郵便で出す
まずは、前回説明したように、内容証明郵便で労働組合結成の旨を会社に通知する。
可能であれば、労働基準監督署などに、会社が倒産した旨と、労働組合を結成したことをファクスか郵便で通知するようにしてほしい。あたかも労働組合結成がなかったものとして会社側から扱われやすく、第三者の証人を残しておくことで、会社側からの不当な妨害を避けることが可能になる。
あとは、可能な限り残っている他の労働者(派遣やアルバイトといった、非正規の方も対象になる)の労働組合への参加を呼びかけるようにする。人数が多いほど交渉はしやすく、後から弁護士にバックアップの依頼をするにしても、金銭面などで一人ひとりの負担が少なくなるからだ。
団体交渉期日の通告を出す
労働組合結成の通告を会社側に出したら、できるだけ早く内容証明郵便で団体交渉の申し入れを行う。団体交渉とは、労働組合に与えられている権利で、会社の経営者を強制的に話し合いの席に着かせる権利である。
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前編では、ブラック企業と戦う際に相談できる場所は、「弁護士」「労働基準監督署」「労働組合」の3つだと説明した。後編では、労働組合に相談する際のポイント…
もし、正当な理由なく会社側が拒否した場合、違法行為となり各都道府県に設置されている労働委員会に救済申立てを行えば、審査手続を経て会社による不当労働行為が認定され、救済命令が出される可能性もある。
団体交渉の申し入れ書の文例に決まりはないが、以下に文例を示す。参考にしていただきたい。
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令和2年○月○日
○○株式会社
代表取締役社長 山田太郎殿
○○株式会社労働組合
執行委員長 ○○○○(あなたの名前)
団体交渉申入書
○○株式会社労働組合は、○月○日(団体交渉を行う日)に、団体交渉の対応を行うことを要求します。なお、団体交渉は、社内会議室(必ずあなたが行ける場所を指定すること)で行うものとします。
以 上
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重要なのは、交渉を行う日付と、行う場所を必ず記すことである。交渉を行う場所を指定しないと、先延ばしにされたり、こちらが行けない遠方の場所を勝手に指定してきたりするケースがあるからだ。
もしこれで、会社側が対応しなければ、先に述べた労働委員会にあっせんの申請や救済申立を行うことが考えられる。
労働委員会から救済命令が出された場合、民事再生等により再建を目指す会社であれば、会社代表や会社側の弁護士が交渉の席に臨むケースが多い。他方で、事業の継続を諦めている会社は、労働組合と話し合うメリットがないため、団体交渉に応じないどころか、労働委員会の呼び出しにも応じないケースが少なくない。その点をふまえた上で、交渉をする必要がある。
要求書の手渡しと労働協約の締結
さて、団体交渉の場に、会社代表ないし会社側の弁護士が出席したら、要求書を手渡し、労働協約を締結することを求める。要求書とはその名の通り、会社側にこちら側が要求する内容を記したものである。
労働協約とは、会社と労働組合の合意文書だ。一般的には就業規則にない労働条件を確約するために、交渉の末、労働組合と会社が取り交わすものだ。
「民事再生」「会社更生」「私的整理もしくは何も行われない場合」それぞれのケースについて、会社と労働組合が労働協約を締結した場合、どのような扱いになるかを付記する。
1.民事再生
民事再生とは、民事再生法を根拠に、会社に対する債権者の同意を得た上で、会社の借金を返済しながら会社の運営を存続する方法である。要は、借金の一部をカットし、新たに返済計画を立てて、会社を再建しつつ借金を返済していく方法だ。
民事再生手続に入った後も会社は存続するので、いったん労働組合と会社が取り交わした労働協約は有効となる。また、民事再生法第 49 条 3 項により、労働協約は解除権の対象には含まれない。
ただし、有効期間の定めが決められていない労働協約については、90 日前に予告すれば、解約されることがありうる。(労働組合法第 15 条 3 項、 4 項)。したがって、労働協約の文書の中に、自動更新の条項を入れておくなどの対処が必要となる。
2.会社更生
会社更生とは、会社更生法に基づく負債の整理方法である。民事再生との大きな違いは、株式会社のみが利用できる複雑かつ厳格な手続であることだ。また、裁判所が選んだ管財人が会社の借金の返済計画を立て、債権者との調整を行うという点も違っている。
会社更生は、高額な費用がかかる上、手続が複雑かつ厳格であるため、基本的に倒産によって社会的に影響を及ぼすような大企業に利用されている。
会社更生手続に入った後も会社は存続しているため、労働協約を締結すれば有効になる。また、会社更生法第61条3項により、労働協約は管財人の契約解除権の対象から除外されているため、会社側は会社更生手続に入っても労働協約を解除することはできない。
ただし、有効期間の期限がない労働協約については、90 日前の予告で解約されることがある(労働組合法第 15 条 3 項、 4 項)。そのため、民事再生の際と同じく、労働協約の文書の中に、自動更新の条項を入れておく必要がある。
3. 私的整理もしくは何も行われない場合
前回でも解説したように、「破産」とは、破産法に基づいて会社が行っている事業を停止し、負債を清算した上で会社の存在自体を抹消する手続きである。この場合は、裁判所が介入して労働者の未払給与の受け取りまで配慮してくれる。
だが、会社側が取引先と負債について話し合って処理し、事業の停止と会社の抹消を行う「私的整理」は、この限りではない。つまり、未払給料やボーナス・退職金を回収できなくなる可能性が高いのは、このケースである。したがって、できるだけ迅速に動いたほうがよい。また、私的整理すら行われない場合も同様である。
そのため、弁護士にバックアップを求めずに、自分たちで労働組合を立ち上げて会社と未払給与の支払を交渉する場合は、労働協約が極めて重要になる。
要求書の手渡しと労働協約の締結
さて、団体交渉を迎えることができたら、こちら側の要求をまとめたものを文書で提出する。
基本的には、「ボーナスを含めた未払給料の支払」、「退職金の支払」の二点になるはずだ。単に支払えと通告しただけでは、のれんに腕押しになりかねない。あらかじめ労働組合に加盟した人たち全員に、未払給料と退職金の総額を申告してもらい、労働組合の代表者の口座に未払金額の全額を振り込んでもらうように通告するとよいだろう。以下に文例を示す。
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令和2年○月○日
○○株式会社
代表取締役社長 山田太郎殿
○○株式会社労働組合
執行委員長 ○○○○(印)
要 求 書
○○株式会社労働組合は、下記の要求を決定しましたので、会社側に誠意をもって応えるよう要求します。
記
1.労働組合加盟組合員の賞与を含む未払給与ならびに、退職金の総額●●●●●●円を、労組執行委員長の口座に令和●年●月●日までに振り込むこと。なお、振込手数料は会社の負担とする。
振込先銀行口座
○○銀行 ●●支店 普通口座 口座番号 0000000
口座名義人 ●●●●
2.社保有の預金が上記金額に満たない場合は、会社保有の資産目録を当労組に提出し、当組合の評価によって会社資産を算定した上で処分し、補填すること。
3.「2」に該当する場合、資産目録提出は、令和2年●月●日までに行うものとし、資産目録提出後は、資産の処分を当組合の裁量に委ねること。
以 上
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一般的に、団体交渉を申し入れた場で、そのまま交渉が合意に至ることはまずない。だが、このような要求を会社側に提出し、会社側が合意した場合、その場で労働協約を結んでも良い。そのため、あらかじめ、労働協約の文書を2通用意しておいて持参してもよいだろう
○○株式会社・○○労働組合労働協約
○○株式会社(以下「会社」という)と○○株式会社労働組合(以下「組合」という)は、労働協約を締結し、互いに誠意をもってこれを遵守する。
第1条【協約の適用範囲】
1 この協約は会社、組合および組合員に適用する。
2 非組合員は、この協約に準じた取り扱いを行うものとする。
第2条【協約の優先】
1 この協約は、就業規則その他の諸規程および会社と従業員間で交わされた全ての労働契約に優先するものとする。
第3条【会社施設の利用】
1 組合は、会社施設の一部を組合事務所として利用することができる。
2 組合は、組合活動に必要な土地、建物、什器、備品、掲示場その他の会社施設を利用することができる。
第4条【印刷物などの掲示と配布】
会社は、組合が文書等を掲示することを認める。また、組合が組合活動に必要な印刷物配布を会社施設内で行うことを認める。
第5条【交渉の妨害禁止】
1 会社は、組合の交渉に危害を加える目的をもって、新たに労働者の雇い入れ、派遣労働者の受入れを行わない。
2 会社は、前項に述べた以外に、社会通念上、交渉の妨害とみなされる行為を行わないものとする。
第6条【賞与を含む未払賃金ならびに退職金の支払】
組合員の賞与を含む未払賃金ならびに未払退職金については、令和2年●月●日団体交渉にて提出した以下の要求額とする。また、支払期限ならびに支払方法については、以下の通りとする。
1.加盟組合員の賞与を含む未払給与ならびに、退職金の総額●●●●●●円を、組合執行委員長の口座に令和●年●月●日までに振り込むこと。なお、振込手数料は会社の負担とする。
振込先銀行口座
○○銀行 ●●視点 普通口座 口座番号 0000000
口座名義人 ●●●●
2.なお、会社保有の預金が上記金額に満たない場合は、会社保有の資産目録を組合に提出し、組合の評価によって会社資産を算定した上で処分し、補填する。
3.「2」に該当する場合、資産目録提出は、令和2年●月●日までに行うものとし、資産目録提出後は、組合側の裁量で資産を処分する。
第7条【有効期間】
この協約の有効期間は、特に定めるもののほかは、令和2年●月●日から令和2年●月●
日までとする。ただし、会社ならびに組合双方が、この協約の有効期間満了日の2ヶ月前までに廃止を申し出ない場合は、この協約はさらに同一の期間に限って更新されるものとし、以後も同様とする。
第8条【文書の保管】
この協約の締結を証するために、正本2通を作成し、それぞれ代表者が署名または記
名押印のうえ、双方1通ずつ保管する。
令和2年●月●日
○○株式会社 代表取締役社長 山田太郎 ㊞
○○株式会社労働組合 執行委員長 ●●●● ㊞
労働協約を締結した後の戦い方
実際のところ、団体交渉を一回行っただけで労働協約を締結できるケースはほとんどない。交渉に慣れた労働組合であっても、迅速かつ粘り強い交渉が必要になることが多い。
労働協約を締結した後でも、会社が未払給与を支払わなかったり、会社保有資産を処分して現金化しようとしないケースもあり、法にのっとった上で、会社側から現金や現金化できる資産を回収するなどの方策が必要になる。
この一連の流れを見て、困難だと感じるならば、弁護士に相談の上、労働組合だけを立ち上げて行使できるカードを増やして会社側と戦うという手もある。前回の記事で解説したが、ボーナスなどは労働者健康安全機構の賃金立替払では回収できない。また、未払給与だけに限っても満額を立替払してもらえるわけではない。(未払給与の立替払いは、未払給与額の8割。また、退職時の年齢に応じて88万円~296万円の範囲で上限がある)。
したがって、労働者健康安全機構の賃金立替払では回収できない金額が大きくなる場合は、組合を結成して労働協約を締結して支払いを促す方法は、効果的な未払賃金の回収方法の一つになる。
また、民事再生、会社更生の手続が行われる場合、会社は存続する形となる。この場合、手続終了前に締結した労働協約は手続集結後も有効だ。
一般的に、民事再生、会社更生が適用されるようになると、労働者の不当解雇が発生することが珍しくない。そのため、労働協約の中に、手続き終了後の労働者の地位についての確認を記した条文を盛り込んでおくと、職場を追われるリスクが軽減できるだろう。
安易に泣き寝入りするのではなく、状況に適した方法で、納得のいく結果を求めてほしい。