フェミニズムは「優しさ」じゃない。みんなの自問自答

文=雪代すみれ
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左から、小林航平さん、ヒラギノ游ゴさん、太田尚樹さん。

「炎上している問題がなぜダメなのかよくわからない」
「よく知らないので、ジェンダーの話に触れるのが怖い」
「いやな気持ちになることはあるけど、なぜなのか説明はできない」

 といったように、ジェンダーやフェミニズムにまつわることにどう向き合っていいのかわからないという人に向けたトークイベント「ジェンダーわからん酒場」が、2019年12月、東京・渋谷の「LOFT9 Shibuya」で開かれました。

 イベントでは、主催者でライター・編集者のヒラギノ游ゴさん、太田尚樹さん(編集者・ライター)、小林航平さん(Webメディア「DRESS」編集者)の三名が、ジェンダーにまつわる“もやもや”について話し合い、参加者と共有しました。

 ヒラギノさんはイベント冒頭、「ジェンダーやフェミニズムのイベントはすでにある程度関心の高い人に向けられたものが多いけれど、そうでない人がいかに学びはじめやすい環境を作るかが大事だと思っているので、この会はハードルを1mmも上げたくなかった。かしこまらないでお酒を片手に聞いてほしいです」と挨拶。

 登壇者も参加者もお酒(もちろんノンアルコールもアリ)を片手に乾杯して、ゆるっとした雰囲気のなかでイベントはスタートしました。

 そんな「ジェンダーわからん酒場」の一部をレポートします。ぜひ気軽な気持ちで読んでみてください。

■登壇者

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■ヒラギノ游ゴ
ライター・編集者。ウェブメディア「DRESS」にて連載「そんなこと言うんだ」を執筆中。他、フェミニズム研究者のインタビュー、ジェンダー論の観点によるコンテンツのレビューなどを寄稿。
▼Twitter:@1001second

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■太田尚樹
LGBT・ジェンダー・エンタメを切り口とした「やる気あり美 -世の中とLGBTの グッとくる接点をもっと- 」 編集長。

▼Twitter:@ot_john

■小林航平
ウェブメディア「DRESS」編集者。社会問題、生きづらさ、ジェンダー、恋愛をテーマに、企画や取材、編集を行う。
▼「DRESS」Twitter:@ProjectDRESS

初めてジェンダーに関する“もやもや”を感じたのはいつ?

小林さん(以下、小林):僕のもやもやの始まりは、高校時代からスタートした体育会系の社会でした。例えば僕が高校1年生の時に所属していたバスケ部では、3年生の先輩たちが僕ら後輩を呼び出して「今度の小テスト、お前らの中で誰か一人でも赤点取ったら全員坊主な」と言うんです。これがバスケ部の“伝統”なのだと。
 そのとき「年上ってだけでずいぶん偉そうだな」「人の髪型を強制する伝統とは……」「坊主にすることでテストの点数が良くなるのか、バスケが上手くなるのか」と強烈な違和感を抱いて。結果的に赤点を取ったんですけどその“伝統”を破って坊主にはしませんでした(笑)。自分の身体のことなのに自分の意思が無視されることが嫌だった。その後、”赤点坊主”の伝統とやらは廃止にしたのですが、もともと理不尽なルールを振りかざしたり、強制してくる人への嫌悪感があったんです。

 これはあくまでも一例ですが、こういった生活のそこここに設けられているルールが男性優位社会によって作られているものだと明確に気づいたのは、たまたま今の仕事を通じてジェンダーやフェミニズムのことを勉強するようになってからです。「男性なのにそんなことを考えているんだね」と言われることがあるんですけど、社会を生きていく上で差別されたり、理不尽に傷つけられたり、抑圧されてしまうことがある。そういった状況をただ変えていきたいというだけの話なんです。

ヒラギノさん(以下、ヒラギノ):思い出せる範囲で一番最初に感じたもやもやは、幼稚園生の頃から観ているアニメ『忍たま乱太郎』。エンディングテーマ曲だった『0点チャンピオン』(1995/作詞:秋元康)の歌詞のなかに<100点なんか取らなくていい 大事なのは女の子にもてることだよ>というフレーズがあって、当時からそこだけがどうしても好きになれなかったんだよね。そもそもこの曲が女の子に向けられていないことに疑問があったし、ジェンダーにまつわる語彙を得た今ならわかるけど、これは典型的なトロフィーワイフ(男性のステータスシンボルとして捧げられる女性)的な考え方。でも当時は言語化できないから、ただただもやもやしていて。
 次の大きな出来事は、中学1年で声変わりをしたこと。それまでは女子の友達と同じようにキャッキャ騒いでいたけど、自分の声にドスが効くようになってしまって、それまでみたいには振る舞えなくなった。テンションが上がって不用意に大声を出したりすると、女子を怖がらせてしまう。自分が化け物になっちゃったみたいでものすごくショックだった。
あとは大学でジェンダーをはじめとしたソーシャルイシューについて学んで、知識や語彙を得たことも大きな節目です。これまでの自分を振り返ると、この3つが大きな転機ですね。

太田さん(以下、太田):僕はゲイで、その中でも現代社会では「女性的」とされる部分が結構あるタイプなんですけど、それをはっきり自覚したのは高校1年生なんですよね。ただ、子供の頃を振り返っても、女の子と気が合うんでよく遊んでたんです。
 当時流行ってたゴム跳びには「女跳び」と「男跳び」があったんですけど、僕の感覚では「女跳び」の方がオシャレだったんですよ。でも僕が女跳びをするたびにクラスメイトがイジってきて、それがすごくイヤだった。でも、女の子の友達は「ナオくんがやりたいようにやったらええんちゃうん」って言ってくれて。このときから「女の子の方が自分の味方」と思うようになった気がします。まあ今は男とか女とか関係なく、気が合う人が自分の味方ですが(笑)。

小林:僕ら3人にそれぞれのきっかけやもやもやがあるように、今日参加していただいてる皆さんにも、それぞれ気になるトピックや日頃から感じている違和感があるかと思います。ここからは、参加者の方から前もってTwitterを介していただいていた、ジェンダーやフェミニズムにまつわるトークテーマについてお話ししていきます。

「あのときの自分、激ヤバじゃんって……」

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小林:まずひとつめに、<ジェンダーやフェミニズムについて知る前と後で変わったこと>というトークテーマをいただいています。
 これ、僕は”知れば知るほどわからないことが増えていく”と感じています。日々勉強中ではあるのですが、ジェンダーやフェミニズムについて知識を得たり、誰かの話を聞くたびにわからないことや新たな疑問が増えていくんですよ。ただそのプロセスの中で、知識や視点がなかった故に他者の痛みに無自覚だった自分を少しずつ変えていける気はしています。でもけっこうな頻度で「あぁ、あのときの自分、めっちゃ軽率だったな」って思うことがあって……やっぱり難しいですね。

ヒラギノ:今日のイベントも、ジェンダーについてのもやもやをTwitterのDMで話してくれた人が何人かいたのを受けて、需要があるのかもしれないと思って企画したものです。メッセージをくれた人の多くは今日会場に来てくれてます。ただ、「ジェンダーについてわかるようになるのが楽しみです」ってメッセージをもらったんですけど、今日ここに来ただけで何かわかるようになると思うなよ、って気持ちもあって(笑)。
 ジェンダーとかフェミニズムって、心がけや気の持ちよう、「優しさ」のようなものだと誤解されているところが大いにあると思うんだけど、あえて硬い言い方をすればジェンダーもフェミニズムも学問でしかないんですよね。学ぶ必要があるし、学べば学ぶほど自分がどれだけわかってないかがわかっていくだけというか。ジェンダーやフェミニズムのアカデミシャンは「私はこの分野を理解しています」という言い方をまずしないでしょうし、僕自身それが真摯な姿勢だと思います。

太田:僕もジェンダーやフェミニズムについては、どれだけ学んでもわからないことの方が多いというのはその通りだと思う。あとこの分野を定期的に学んだり考えたりした方がいいなと僕が思うのは、その度に自分の持っている特権性について内省できるからなんですよね。自分以外の誰かが感じたジェンダーにまつわるストレスや課題について知ると、自分のこれまでを振り返って「あれって俺が男だからできたのかも」とか「女だから許されたのかも」とか考えるじゃないですか。それがそのまま「これって俺が社長だからかも」とか「この顔・体だからかも」とか、いろんな自分の特権性について考えることに繋がると思うんです。
 ジェンダーを学ぶことで、僕は「男だから持ってる特権」以外についても自然と考えるようになりましたし、自分の振る舞いを自問自答する機会が増えたので、それはすごく良かったなと。これは年齢も立場も関係なく、早く、誰でも学んだ方がいいことだと思うから、小学生だって学校で教えるべきだと思う。

ヒラギノ:学ぶことに“全クリ”はないけど、だからといって「難しいね」で済ませるのは違う。それに、ジェンダーやフェミニズムの知識が増えることで、尊重できる人が増える。それが何より大きなことだと思う。過去の自分の行いを振り返って「あのときの自分、激ヤバじゃん」って気づいて遅ればせながらダメージを受けることも増えるんですけど、それも込みでの進歩だと僕は思ってます。

太田:シャワー浴びてるときに過去の自分のヤバい言動を思い出して、消え去りたい気持ちになったりね(笑)。

ヒラギノ:あるある。でもまあ、必要経費っていうか、当然起こりうることだよね。だから、ここ(壇上)にいる誰ひとりとしてジェンダーについて後ろ暗い部分がないなんてことはないと思ってます。だから、今日は僕たち個人の体験と、いくつかの語彙や、今正しいと考えられていることを紹介するってところに留めてます。
 知識が増えると目の前で起こっていることに対する解像度が上がってすっきりするところもあるけど、日常的に気になることもめっちゃ増えていくんですよね。でも「じゃあ知らなければよかった」ってなるかっていうと、僕は少なくともそういう人には会ったことがない。多くの人が、反省できないままでいるよりは、気づける今のほうがいいって思えるんじゃないかと思います。

太田:あとは、まず自分自身を尊重するために、もっと誰もが自分の違和感を低く評価しないで、大事にしてほしいと思います。自分がイヤだったらそれはイヤでいいと思うんですよね。そこから、その「イヤ」という気持ちで誰かを殴るんではなくて、「俺はこういうのがイヤなんだけど」「私はこれがイヤです」っていうふうに冷静に対話を繰り返していければ、“全クリ”に近い社会も実現するのかもしれないって思う。
 自分一人じゃ違和感を言葉にできないっていうなら、たとえば、あのとき会社の上司にこう言われてなんかすごくムカついたなってことを友達に話してみたり、何か一冊ピンとくる本を読んでみたりっていう過程で知恵も自然についていくと思います。

「カワイイはつくれる!」の強要は正直しんどい

小林:登壇者の全員が男性ということもあって、<「男らしさ」についてどう思いますか>という質問も複数いただいてます。

太田:「男らしさ」に限らないけど、自分が同意してない共同性の強要はしんどいですよね。昔シャンプーのCMで「カワイイはつくれる!」ってキャッチコピーが流行ったけど、あれすごく怖かった(笑)。世の中には、「カワイイ」を目指したい女子ばっかりじゃないじゃん。
 男も同じで、たとえば学生時代に教室の前である男子がなにか大胆不敵なことをしたら、ヤンチャな男子の一群がドッと笑って、「お前よくやったな!」みたいな称賛を贈るって光景がお決まりだったりしたけど、あれはゾッとしますね(笑)。そういうノリに馴染めなくても、とりあえず合わせておかないと「アイツは空気が読めない」とか言われるから、男子も女子も笑わざるを得ない。でもそれって、ある男子たちの共同性がなぜかクラス全体に強制されてて、しかもそれが良しとされてる状態ってことですよね。やめて〜って感じです。

小林:自分には、太田さんが今話したような「男らしさ」に乗っかって恩恵を受けようとしていた時期があります。例えば中学時代に、クラスの人気者に気に入られるために、いわゆる”女子的なもの”を見下すことがかっこいい、というスタンスを取ったことがあるんです。最低な振る舞いや言動が、逆にある一定のコミュニティの中では称賛される空気を利用していた。そうした価値観が今はもう完全になくなりました! っていうのは嘘で、自分の中にはまだ有害さが残っていると感じています。だから、せめて加害性には自覚的でいたいし、「男」として生きてきた自分は確かに存在しているので、そこを無視して「性別にとらわれなくていい!」と振舞うことはできないな……と。

ヒラギノ:今やっと、少しずつ世の中が「男/女らしさ」みたいな考え方は息苦しいよねって方向に進んできてるけど、これまでは社会的に男/女はこういうものですよ、ってことにされてきて、みんながそれに自然と適応してきたんですよね。世の中のシステムがこれまでそうだったからそうなったってわけで、やっぱり個々人の心がけや気の持ちようで完全に解決できる部分ではないと思うんです。だから今、システムを変えるためにいろんな人ががんばってる。

太田:僕も同意見で、今までずっとそういうモデルでやってきたわけだから、たとえば女性に対して悪気なく「女らしくしろ」って言っちゃう男性に、「なんでそんなこと言うんだ」って怒ってもしょうがないところもあるのかもしれないし、そもそもみんな社会の構造の被害者であって、誰かが100%悪いってわけじゃないと僕は思います。でも、「らしさ」は自分で決める方が絶対楽じゃんっていう。だから、もうそういうふうに「こうすべき」って言うことはどんどんやめていこうよって感じです。
 変化することはたいがいダルいですけど、これからシステムも人も変わっていくし、いくべきなので、ジェンダー平等を訴える動きに対して「なんだよ!」とか言わず、まずは「いいね」と言っちゃうようにしてほしい。そして今、自分たちは過渡期の時代に生きてるってことを自覚して、自分自身が日々誰かに「男だから、女だから」と強要していないか、慎重に振り返った方がいいと僕は思います。

ヒラギノ:また学ぶことが大事って話になるんですけど、学問や本を読むことって、自分の体験していないことに想像力を働かせられるようになるための手段だと思うんですね。共感できなくても、納得できなくても、「どうやら社会はそういう方向に進んでいってるらしい」って自分の中にいったん取り込むことで、独り善がりでいることを避けられる。僕は、そのためにジェンダー関連の本を使ってるって感覚でいます。便利ですよ。

「ジェンダーのことがわからない=ヤバい奴」ではない

小林<「ミソジニー(女性蔑視)だけどいい奴」とどう付き合えばいいでしょうか>という相談が来ています。

ヒラギノ:この「ミソジニーだけど”いい奴”」というのは以前僕が書いた『全裸監督』に関する記事の中で出した言葉です。これは大切にしている視点なんだけど、ジェンダーのことがわかってない=ヤバい奴と切り捨てていくと、人類が滅亡するというか……。誰も無傷では済まないわけです。で、基本的にはいい奴なんだけど、ジェンダーにまつわる部分だけどうにも……という友達って、皆さんの周りにもいると思うんです。ああ、お前もか……って。ありますよね? めちゃくちゃしんどいですよね! こういうとき、しんどい思いをしている側がそれ以上がんばる必要はないんだけど、たとえばTwitterの捨てアカウントでフェミニストを誹謗中傷してるような対話が成り立たない相手と比べたら、こっちの考え方を理解してもらえる可能性は高い。勝算あるわけですよ。
 こんな世の中で長年男をやっていると、ミソジニーが刷り込まれてしまって、そうそう自覚できるものじゃない。僕の友達にも、女性についての話題になるとすぐ「ヤレそう」とか「ブス」とか言っちゃう奴はたくさんいます。ダサすぎて意識飛びそうになる。
 そういうミソジニーな言動が気になりはじめて、その友達や男同士のグループから距離を置いてしまう人もいると思います。自分もそうでした。でも、僕は男というものを諦めたくないんです。これは別に同族愛とか大目に見てやろうとかじゃないです。単純に、男って丸ごと切り捨てるには人数が多すぎるわけですよね。 だから、僕はスパイみたいな気分で男の輪の中に身を置き続けてます。自分がどれだけまともな人間なんだというのもあるので、一方的に共演NGを突きつけるのも違うと思うんですよ。
 その輪の中でキツい話題になったらどうリアクションすればいいのか悩む人がいると思うんですけど、僕はまず、そういう話題にはリアクションしない、黙っているってところから始めました。最初から100%自分に納得のいく自分でいるのは難しいと思うので。この方法が正解かどうかはわからないけど、少なくとも僕がそういうノリが得意でないということは相手に伝わります。そのままじっと待って、ジェンダーに関することが話題にのぼるときが来たら「聞かれたから話すけど……」って入り口から話をするようにしています。
 あと大事なところで、人って「正しさ」ではなかなか動かないから、「それ間違ってるよ」じゃなく「それつまんないでしょ」「ダサいじゃん」って言い方がおすすめです。少なくとも僕はこれでかなり結果が出てる
 で、忘れちゃいけないと思うのが、相手も別のジャンルのことで僕に「違えんだよ」って思いつつも許してくれているのかもしれないってことで。許し許されなんだなって考えると気が楽になりました。

小林:そういえば先日、男友達が当時付き合っていた彼女にめちゃくちゃ失礼なことをして、彼がその話を誇らしげに語る姿を目の当たりにして「お前くそダサいな」って思わずブチギレたことがありました。その場では、友達も「おお……」って引いた感じだったんですけど、後日LINEで彼女への態度を改めたと報告をもらいました。本当に効果があったのか、それだけではまだ判断することはできないんですけど。
 ただ、もちろん僕が全面的に正しいわけではないし、もしかしたら行動に移さないだけで僕の中にも彼と似たような問題が存在しているのかもしれないとも思う。
 だから、こういう場合のリアクションとしては、ミソジニーな友達個人を責めるんじゃなくて、話し合いを繰り返しながら付き合いを続けていく、もしくは「こういう理由があるからあなたとは距離を置く」と宣言して少し離れる、ヒラギノさんみたいに“スパイ”になってみるとか、いろいろな対処方法があると思うんですけど、とにかく相手に自分の意志を伝えようと試みることが大切なのかなと。個人的にもいろいろと試行錯誤していきたいです。

「フェミニストが怒ってる」に巻き取られないために

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小林<「フェミニスト怖w」的なリアクションにどう返すか>という相談も来ています。

太田:僕はそういう人たちから直接的な嫌がらせを受けたことがないんですけど、そういったフェミニストを揶揄する言説を見る度に「もっと怖がんな~? フェミニスト様の登場だよお〜!」って心の中で言ってます(笑)。

ヒラギノこういうリアクションを取る人に圧倒的に欠けている視点は、「相手からすればお前らの方が怖い存在なんだわ」ってことです。とくにネットでは喧嘩腰で煽ってくる人もたくさんいるんだけど、そもそもそういう人はこっちの話を聞こう、理解しようという気がないので、説明する必要はない。
 去年、世界中で大きな反響を呼んだ書籍『私たちにはことばが必要だ』(タバブックス)の著者、イ・ミンギョン氏は「説明をしない自由」を繰り返し説いてます。第一は自分の身を守ることだから、相手を見て「話すに値しないわ」という態度を取ってもいいし、対話要求に見せかけたヘイターの煽りに乗ることもない。

太田:あと思うんだけど、ただ私が困っていること、私が苦しんでいることを話しているのに、「またフェミニストが怒っている」みたいな感じで巻き取られると本当にムカつくよね。怒っているのは“私”だし、もしそれが怖いと感じるなら「怖いのはフェミニストじゃなくてあっしですけど」って言いたい

小林:この質問者さんが「怖」の後に「w」を入れてきたのは、そういう嘲笑のニュアンスを感じ取っているからですよね。結局、こういったことを言ってくる人は、あなたの話を聞く気はなくて、ただ”フェミニスト”が言っていることを曲解して嘲笑したいだけなのではと思います。そんな煽りに対して、こちらの貴重なリソースを割くことはもったいない。

ラギノ:当たり前だけど、同じフェミニストを標榜する人でもまったく一枚岩ではなくて、リベラルフェミニストやラディカルフェミニストといったタイプの違う群がいくつもあり、そのタイプの中でもそれぞれに違いがある。それに、どのタイプにも属するとも言えない、論理的に成り立っていない場合もある。本人はフェミニズムの考え方に準拠しているつもりでも逆行するようなことを発信してしまっている、ということが起こっています。だからこそちゃんとした知識をつけるのが重要だし、そうすることで自分で自分に納得していられる。

“LGBTQ”は特別な人?

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小林:次は、<同性愛者に対して「どっちが受けか攻めか」と訊くこと>というお題にいきます。どういう状況・関係性で質問するのかにもよるのかなと思うのですが、太田さんはどう思いますか?

太田: これよく聞かれますよ。中学や高校で講演する機会があるんですが、終わったあとに女子生徒から「受けですか? タチですか?」って質問されたりとか。ふざけて「どっちも」って答えると、「キャーッ!」なんて喜ぶんですよ(笑)。
 僕はこういう性格だし、中高生という生き物が好きだからいいんですけど、同性愛を一種の表現として消費されるということ自体は全然、まったく嬉しくないです。基本的にはセクハラだからやめてほしいなってことに尽きますよね。
 なので僕はだいたい「ちょっと~セクハラなんで一緒に交番まで行ってもらってもいいですか~?」とかボケてから、「他の人に聞くのはやめようね」ってかみ砕いて伝えるようにしています。

小林:もちろん、当事者で「訊かれてもまぁ大丈夫」「むしろその話は重要」と考える人もいるかと思います。ただ、そこの合意形成ができていないのに、他者のセクシャルな部分に安易に踏み込むのは危険ですよね。中学生ならまだ「仕方がないよね」ってなる部分もあると思うんだけど、社会人にもこういう質問をする人はいるんですか?

太田:めっちゃいるよ。せめててめえはアナルセックスするのかどうか教えてから聞けよって思う。……いや、違うか(笑)。

小林:ゲイの人は面白くて、才能があって、美容や服装のセンスが良くて~みたいなステレオタイプなことも言われがちですよね。

太田: 全然、そんなことないです。ただ面白いゲイが目立ってるだけで、僕の友人のゲイなんか、ただのおじさんばっかりだからね。当たり前なんだけど、男にも女にもいろんな人がいるように、ゲイにもレズビアンにもトランスにも他のセクシュアリティの人にも、いろいろいるってことだよね。

プレイリストを選ぶのはなぜか男性ばっかり

ヒラギノ:次は女性からいただいたトークテーマで、<自分は会社で「お茶汲みは女性の仕事」とされるのが嫌ではないけど、嫌だと思う人にとって邪魔な存在にはなりたくない>という悩みです。
 背景を補足すると、これまで、会社の雑務は女性の仕事だとされてきたけど、それをやめようという社会の流れがある。それをわかったうえで、自分は別にお茶汲みが嫌ではない、でも女性の自分が率先してお茶汲みをすることで、嫌だと思っている女性の邪魔になることは避けたいんだと。こういう距離の取り方は本当に素敵。自分が特別関心のない物事に対する姿勢として、とっても誠実でかっこいいと思います。

太田:自分は嫌じゃなくても、それで苦しんでる人もいるってことを知っていれば、女性の同僚に「あなたもお茶汲みくらいしなよ」って言ったり、ジェンダーバイアスに加担したりすることはなくなりますよね。
 よく思うんだけど、大人数でキャンプに行くと、洗い物するのはマジで女の子の仕事みたいに自然となっちゃう空気、いまだにあるよね。女の子たちは皿を洗い、そして男はなぜか音楽を選んでる。「星空にはこのプレイリストで」みたいな。いや、うるせえよ、洗えよっていう(笑)。みんなで洗い物をして、みんなでプレイリストも決めたいね。

小林社会の問題を一人で背負おうとする必要はないんですよね。誰か一人のせいで問題が生まれたわけでも、肥大化していくわけでもなくて。自分が納得のいく範囲で、一人ひとりができることをやってほしいです。

「女性に優しい人=フェミニスト」は違う

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ヒラギノ<女性に優しくすることとフェミニズムを履き違えないためには>。この質問をしてくれた方は、「女性に優しくすること」と「フェミニズム」は別物だって理解のうえで質問をくれているんですよね。でも、ここを取り違えている人はきっとすごく多い。
 フェミニズムって、フェミニンと同じ語源ってこともあって、女性に紐づくもの、「女性を優遇すること」って印象を持っている人が多いんだと思います。男女どちらにも、また男女どちらでもない人にも関わることなんだというのはなかなか認知されていない。不当に性別を理由にして生じているアンバランスを解決していこうとする考え方というか、女性だけじゃなく男性も、どうしたら生きやすい世の中になるんだろうって考える手立て、みたいなイメージのほうが現実に即していると思います。
 フェミニズムは女尊男卑でもなければ、男性を叩く“棒”でもない。男女問わず性別によって不当に扱われている部分を再調整しようという話を、女性に下駄を履かせることだと思いこんでいる人は多い。ぺたんこのコンバースを履いているつもりの自分が実は高下駄を履いてきたのかもしれないのに。

太田:難しいのは、「フェミニズムが広がった社会は男性も生きやすくなるんですよ」って説明しても、男性のなかには「俺は今の社会のジェンダー観でじゅうぶん幸せです」って感じてる人もいることだよね。

小林:男女平等に関して、例えば「女性には生理休暇があるからズルい、不平等だ」って言う人がたまにいるんですけど、そもそもの身体的な特徴の違いを無視した上に成り立つ平等ってなんだ? という疑問があって。個人個人の違いに合わせて不平等をなくしていくこと、実質的な平等をどうすれば達成できるのかを考えていく必要があるのではないかと思っています。これも結局、知識がなければ難しいことなんですけど。

ヒラギノ:学んでいくしかないよね。たとえば管理職になったときに、出勤できないくらい月経の症状が重い社員がいたらどうするか。生理休暇というものを知っていれば、うちの会社でもきちんと制度化してみるかって判断が下せるかもしれない。さらに深い知識があって想像力が働けば、「そもそもわざわざ生理による休暇だと申告させるのもどうなんだろう」というところまで話が進められる。でも、月経というもの自体の理解が浅いと、相手をどう尊重すればいいかもわからない。で、自発的に学んでいくことって本当に難しいので、学びが足りない自覚があるなら、せめてわかっているような態度を取らない、聞く耳を持つ姿勢さえあればって思います。いろんな場面で「これアウトじゃないかな」って不安になることはあると思うので、都度「今の俺、大丈夫だった?」って聞いていいと思うんですよね。僕は少なくともそう聞かれたらめちゃくちゃ好感度上がる。

太田: こういう問題について他の女性が「私も女性だからわかるけど、それは甘えだ」とか言ったりする地獄みたいなケースを見たり聞いたりするけど、自分の感覚の延長でジェンダーバイアスをジャッジするのはフェミニズムと逆行する、って知っておくのも大事だよね。当事者だと「知識なんてなくてもいいでしょ、自分の感覚があれば」となりがちだけど、「自分はわかっている」という自負がいちばん、ジェンダーバイアス(偏見)を強めていくと思う。

ヒラギノ:まずは自分の感覚を疑うところからなんだよね。そうだ、今日はある意味これを言いたくて来たってとこあるんだけど、男性から「世の男に比べれば、俺は(フェミニズム的なものごとを)わかってる方だと思うんだけど」って言われることがちょくちょくあって。でもそんな言葉が出てくる時点でお察しというか、さっきのアカデミシャンは「理解している」なんて言わないって話とつながるんだけど、マジでダサいからやめてほしい。本当にやめてくれ。やめろ! マジで頼む! まずはそこからだよ。”わかってる”人がいるとしたら、まずそんな言い方しないもん。

声をあげられなかったのは、他に守りたいものがあったから

小林:次に、<上司からのセクハラ発言について、同僚女性に「そのくらい言わせておけばいいじゃん」と言われて、何もいい返せなかった。どう返すか>という質問をいただいています。これは、とある女性が周りの女性達に、上司からのセクハラを相談したとき、「そのくらい言わせておけばいいじゃん」と言われてしまった……とのことでした。
 大前提として、セクハラ被害を打ち明けたこの方は相当な勇気を振り絞ったはずで、その気持ちを踏みにじる対応がされてしまったことに怒りを感じます。そもそもセクハラしている上司が最悪で彼女はなにも悪くないのですが、この「どう返すか」に関して、ヒラギノさんは日頃ツイッターや記事の中でも特に言及されていますよね。

ヒラギノ:僕はゴリゴリの武闘派なので正面からも裏からもいろんなやりかたで粛々と処理してるけど、「どう返すか」は必ずしも戦いみたいなやりかたばかりではないと思う。
このケースについて言うと……そうだな、使い方には気を付けてほしい言葉なんですけど、男性中心社会で築き上げられてきた感覚を内面化した女性のことを「名誉男性」と呼ぶことがあります。「もう男女平等の世の中でしょ」「最近すぐフェミに叩かれて男の人が生きづらそう」みたいなスタンスの人をイメージしてもらえるとしっくりくるかなと。ちなみに「もう男女平等の世の中でしょ」みたいなスタンスは「ポストフェミニズム」とも呼ばれるものです。
 名誉男性は男性優位社会が生んだ存在なので、そういうスタンスの女性個人を責めるのは違うと思うんです。でも、そういう考え方や行動規範を他の女性に押し付けてしまったらそれも加害であって、名誉男性の再生産になってしまう。

太田:まず思うのは、フェミニズムとか関係なく、自分の悩みごとを相談してるのに「そんなの大した悩みじゃないよね」とか「それくらい女(男)なんだから我慢すれば?」「私は平気だけど」って決めつけられることには、さっきも言ったように、怒りを感じますね。

ヒラギノ:こういうときにどうやって抵抗していくか。ここぞというときに声を上げられないことで悩んでいる人もいると思うんだけど、Twitterでちょっと愚痴を言うだけでも、なにか自分がアクションを起こしたぞ、今の状況に納得してねえからなってのを示せる。そうすると無力感に苛まれずに済むと思う。まずはそこからで、少しずつ効果的な仕掛けかたを掴んでいく感じかな。例えば上司からのセクハラに対してなら、その上司にとって都合の悪い相手にうまく協力してもらう。上司のさらに上の偉い人、人事部、労働基準監督署、クライアント、「お客様の声」、あとはマスコミ。「地元の新聞社」をうまく活用するといいとか、いろいろトライアンドエラーで学んだので、ここらへんの技術の話はまた次回じっくりやりたいです。

小林:ここぞというときに声を上げる、抵抗するっていうと、その場ですぐ相手に言い返したり、自分の意見や意思を表明するってことを想像する人もいるかもしれませんが、反射的に相手と同じステージに立たなくてもいい。後から言葉にできる自分の気持ちもあるはずだし、何より声を上げられなかった自分に落ち度がある、なんてことは絶対にないので。

太田:あと、怒りを感じても、声を上げられずに終わることってあると思う。僕だってこんな場所で偉そうに話してますけどあります。ビビって、日和って、道の隅っこを歩いて家に帰る日が。でも、そのときに声を上げられなかったのって、きっと自分のなかに別の願いがあるからですよね。
 たとえばこの会社でキャリアアップしたい、今の仕事をあと1年は頑張り抜きたいと思っているから、上司に抵抗できないとか。だから、そういう場合は、声を上げて自分自身を守れなかったことを責めるんじゃなくて、他に守りたいものがあって、それを大事にできたことを、まず誇りに思ってほしいです。

(構成=雪代すみれ)

■「ジェンダーわからん酒場2」

2020年4月11日(土)@ 渋谷LIFT9で開催します!
イベント詳細、チケットのご購入はこちら まで。

 

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