人権軽視?そもそも女性に人権はなかった。大正から現代までの女性の歴史

文=原宿なつき
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「GettyImages」より

 3月8日は国際女性デー(International Women’s Day)。なぜこの日が「女性デー」なのか、ご存知ですか? はじまりは1904年3月8日にニューヨークで女性たちが婦人参政権を求めてデモを起こしたこと。1910年にはデンマークのコペンハーゲンで開かれた国際社会主義会議にて、ドイツの社会主義者クララ・ツェトキンが「女性の政治的自由と平等のために戦う日」にと提唱しました。ちなみに国際男性デーは11月19日です。

 さてさて、フリーライターである私は基本的に自宅で仕事をしているのですが、長時間座ってパソコンに向かっていると、気分転換したくなってきます。そういうときには「猫 かわいい」「子猫」などで画像検索し、癒しを得ています。藤田嗣治の描く猫も好きで……と感じていたのは、先週まででした。

 今、藤田嗣治に対して複雑な感情を抱いています。なぜなら、『百年の女 – 『婦人公論』が見た大正、昭和、平成』(酒井順子著 中央公論新書)を読んでしまったから。

『婦人公論』は「男性が女性を啓蒙するための雑誌」だった

 『百年の女 – 『婦人公論』が見た大正、昭和、平成』(中央公論新社)は、大正5年に創刊され、現代まで続いている雑誌『婦人公論』の1400冊にも渡るバックナンバーを作家の酒井順子さんがまとめた一冊です。

 創刊当初の『婦人公論』の目的は、「高尚にして興味ゆたかなる小説読物を満載して以って現代婦人の卑俗にして低級なる趣味を向上」(P.13)させることであり、「男性が女性を啓蒙するための雑誌」という意識がそこにあったそうです。

 男性による啓蒙雑誌であることは、創刊当初から「大正新女大学」が連載されていたことからも明らかです。「女大学」とは、江戸中期から明治初期にかけて出版された女性向けの教訓を記した書のことです。

<封建社会で家父長制を守り、家を存続させていくためには、女性、特に「嫁」の忍従が不可欠です。その時、嫁に個性だの人間性だの自由だのを認めてしまうと、夫が主で妻が従という家父長制は崩壊するのであり、そのようなことを避けるために刊行されたのが女大学の数々。それはいわば、「よく服従する嫁を育てるためのマニュアル」なのです。>(P.24)

 「女性は幼いときは親に、結婚したら夫に、老いたら子供に絶対服従すること」を根本思想にした「女大学」は、明治初期から約100年間に渡って広められていったそうです。当時、女性がどういった生き物か、女性の幸せとは何か、女性はどのようにふるまうべきかーーを誌面上で教え諭すのは、ほぼ“男性の識者”。女性のための雑誌である「婦人公論」も例外ではありませんでした。

 酒井さんは、「女が行く道を示すことができるのは、男」という思いが、編集側にはあった、と指摘しています。

女性が男性と同じ「人間」だなんて!?

 2020年現在、「女が行く道を示すことができるのは、男」と言う意見を聞いたら、どう思うでしょうか? 「なんで男がそんな上から目線やねん!」ですよね。

 なぜ大正時代の男性がこのように女性に対して常に上から目線なのか、というと、「男性は女性より上の存在である」というのが、当時の常識だったからです。

 そして「大正新女大学」の最終回、日本女子大学の創設者で当時校長だった成瀬仁蔵は、「婦人と言えども人である」と書いたのだそうです。つまり、女性を「人」だと見る感覚は、当時、とても斬新だったと。

 女性は人ではないのだから、当然、人権もありません。大正といえば、おしゃれなモダンガールが街に溢れて、女性が自由になっていった時代、というイメージがありましたが、悲しいことに彼女たちは「一人前の人間」とはみなされていなかったのです。

 大正15年に「婦人公論」で、「婦人に参政権を与えるべきか」というアンケートが、全国99箇所の女子学校の校長を対象に行われました。結果は、62名の校長が「時期尚早」と回答。なかには、「女には参政権など、未来永劫、必要なきことを主張する」という校長もいたそうです。こういった考えを持つ人に教育を受けていたのが、大正時代の女子たちだったわけですね。

 この状況に異議を唱える女性たちも当然、存在しました。「新しい女」と呼ばれた平塚らいてうなどは、明治時代末期から「古い時代の因習や制度からの解放」を訴えていましたし、女性の参政権獲得のために活動している女性もいました。

 「婦人公論」も一時は女性の権利向上に関する記事を掲載したりもするのですが、昭和に入り戦争の気配が漂い始めると「日本の女性がどうすれば戦争に協力できるのか」を説くようになり、時代の空気は逆戻りしてしまったのです。

女性が人間扱いされるようになったのは戦後から

 戦争によって「産めよ、育てよ、国のため」と出産することを推奨されつつ、国のために働き節約することを強制された女性にも、敗戦後に人権が認められました。GHQの指示で女性に参政権が与えられることになったのです。

<女性に参政権が与えられたことによって、日本の男性に、「女も人間だ」という事実を初めて発見させた意義は大きいと、彼女(引用者註:評論家の山川菊栄)は書きました。好きなように叱り、殴り、気に入らなければ交換していた「女」もまた自分達と同じ人間であるという事実を、男性は突きつけられたのです。>(P.143)

 さて、突如として女性は人間扱いされるようになったわけですが、「はい。じゃあ、今まで女性は男性が好きにしていいモノだったけど、今から男女平等ですからねー、対等ですから」と言われたところで、人々の意識がすぐに変わるはずはありません。

 昭和23年、「婦人公論」では、フェミニストを自称する男性たちによる座談会が開かれていたのですが、現代の感覚で読んでみるとその座談会で飛び出ている発言はひどいものです。

 映画監督が「女性は男性と知能の程度が同等ではない」と述べ、画家の藤田嗣治は、「少し外出をさしてやったりすれば妻の知能程度も上昇するのでは」と女性をバカにしくさっています。フェミニストを自称している藤田ですが、自分も家事を分担しようとはつゆほども思っておらず、「女性が働きやすいよう台所を改造すべき」とも述べています。藤田嗣治……猫のポストカード買ったのに……。

 私はこういうこと、よくあります。素敵な作品を作るアーティストや作家が好きになったあと、彼らの女性蔑視発言を知り、がっかりする、ということが。昔の人だからその時代の空気を思えば仕方ないのだろうとは思いますが、それにしても……。たとえば宝塚歌劇団の創設者小林一三が、「女に学問はいらない」「女は男の運命に黙従するより外に道はない」といった発言をしていたと知ったときも、脱力感に襲われました。建前として「女性には人権がある」としたところで、個人の価値観は簡単には変わりません。

令和の女性たちが感じる理不尽なモヤモヤ

 とはいえ、昭和33年には「婦人公論」に初めて女性の編集長が誕生。その後、ウーマン・リブと呼ばれる女性の人権のための活動が活発化したことはよく知られています。ですが、リブ運動の過激化による“反動”も見られました。

 昭和58年、元東宮侍従(皇太子に仕える官職)の浜尾実が『女の子の躾け方-やさしい子どもに育てる本』(光文社)という本を出版。「知っていることでも、女は知った顔をするな」「夫には敬語を使うように」という内容の本書は、ベストセラーとなったのです。

 それから、平成、令和、と時代は流れていきました。歴史を振り返ってみると、「女性の立場はだいぶマシになった」ことは確かでしょう。かつては、女性には財産権も参政権も認められず、女性にだけ姦通罪(不倫をした際の罪)が課されるという明確な不平等がありました。今は建前上は男女平等であり、女性も財産を持ち選挙で投票できますから、そういった不平等は是正されています。

 ですが、私は「昔は最悪だった。今の時代に生まれてよかったー!ラッキー」とは思えません。できれば、もっと後の時代に生まれたかった、とさえ思います。今もなお、女性に人権がなかった時代、女性より男性の方が偉くて当たり前だった時代の空気は、薄まりつつもこの社会に残っているから。

 「性犯罪の刑罰が軽すぎること」「男性に家事をしてもらうためには、褒めよう、プライドを傷つけないように、など下手に出るような態度を求める人がいること」「結婚したら男性は主人、女性はサポート役とみなされる場面が多いこと」「マンスプレイニングされた経験がある女性が多いこと」……などなど、令和になって感じるモヤモヤは、過去の女性たちが経験してきた理不尽と地続きです。

 でも今、「女が行く道を示すことができるのは、男」という発言を女性誌の編集長がしたら、確実に炎上するでしょう。過去に比べれば、確実に状況はよくなっています。ですが「今がベスト」ではありません。だからこそ、これから先に生まれる女性たちのために、小さな女の子たちのために、私たちはまだ戦っていかなければなりません。

 酒井さんは、「婦人公論」の創刊時における女性の幸せとは、人間としての人格を男性から認めてもらうこと、身分の高い人と結婚することなど、「他者から与えられる」ものでしかなかったと指摘しています。その当時と比べれば、現代の女性の幸せは明らかに変わりました。私たちは、不完全であっても、幸福を自分で追求する権利を得ています。

 自由であり、選択肢が多くあるほど、人は判断力が必要になります。だから自分で幸福を追求することは、男性との間でやりとりされる対象物でいることや、誰かの言う通りに行動することよりも、疲れることかもしれません。誰かに幸せを与えてほしいなあ、と思うときもあるでしょう。すごく疲れてしまって、たとえば「結婚したい」というフレーズを、「今のしんどい仕事を辞めて男の金で暮らしたい」といった意味で使ってしまうとか。

 しかし幸福を追求する権利を手放したら最後、自分の人生を他人に委ねてしまうことになります。今、「女性」も「子ども」も人間であることは自明です。100年前に逆戻りしてしまうわけにはいきません。

<女も人間として見られるようになったのはようやく戦後のことであるという事実は、今の若い女性達にも是非、知っておいてもらいたい>(P.406)

 読み終えて、女性が立っている現在地がクリアになりました。その時代の延長線上に生きている私たちができることは何でしょうか。

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