「コンビニパスタにプチトマトも立派な自炊」 罪悪感を合理的に分解する『自炊力』

文=池田智
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「GettyImages」より

 人間、向き不向きがあるのだから、料理をしたくなくたってダメじゃない……。こんな話から始まる『自炊力 料理以前の食生活改善スキル』(光文社新書)は、イコール「料理の本」ではない。健康で経済的な生活を送るための「自炊」についての本だ。

 著者の白央篤司はフードライター。仕事柄さまざまなレシピを紹介するが、「簡単で手のかからないレシピ」の圧倒的な需要を目の当たりにし、まず「料理が好きではない人」の意見を聞き取った。その検知を活かして書かれたのが「自炊力」だ。

 著者は冒頭で「自分は数学がどうしてもできなかった。それと同じで料理にだって向き不向きがある」と説き、「できない私」を責める読者の心をときほぐす。それから、長く健康で生きていくために「自炊力」を高めることは大切と語る。

 ここで言う「自炊力」とは、経済力や生活範囲の中で、なるべく満足度と栄養価の高い食事を続ける力のこと。本書では「コンビニめしを選ぶことも自炊のうち」とし、p35~42をまるまるコンビニめしの選び方に割いている。

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『自炊力 料理以前の食生活改善スキル』(光文社新書)

 まずは主食(ごはん、パン、麺類)、主菜(肉、魚、大豆加工品)、副菜(野菜類、キノコ、海藻類を使ったおかず。またはフルーツ)という概念を紹介し、この3つを組み合わせることができれば、それが自炊の一歩とする。

 たとえば、夜は肉まん1個しか食べられないという人には、「皮が主食、中身が主菜。あとはバナナ1本足すことができれば」と説き、「コンビニパスタに切ったプチトマトを入れてレンチンすれば、充分自炊」と語る。忙しくて食材を揃える暇すらない人を、はげましてくれる考え方だ。

 買い物についても心を配る。たとえば肉売り場。慣れていない人は、どの肉をどう使えばどういう料理ができるのかを知らない。用途が売り場に書いてあっても、それが自分の家の材料や調理器具で作れるものなのかがわからない。あるいは、作りたい料理があって買った食材だが、残った場合に使い切れるかが不安になる。

 このしんどさを、著者は「家電売り場でどのスペックの商品を買えばいいのかわからなくて冷や汗が出る」状態と比較し、得手不得手があるものなので、買い物が苦手なことを恥じなくてもいいと言う。

 「料理が苦手」という人たちの心の奥に、こうした台所以前の疑問や苦悩があることを見抜いた上で、白央はまず「懐の深い料理」として味噌汁とスープを紹介する。

 相性のいい具材を入れて煮た後、味付けを調節していけばいいスープや味噌汁は、たしかに初心者にも作りやすい。主菜と副菜が同時に取れるから、栄養バランスのコントロールも比較的やりやすく、残った具材も活用しやすい。「味噌汁にからあげやコロッケを入れてもおいしい」という、ちょっとびっくりな情報も載っている。

 ほかにも「野菜を選ぶのが難しいなら冷凍野菜だっていい。値段も栄養価も安定している」「女性なのに料理が苦手と悩む人もいるが、性別や年代を問う必要はない」等々……。

 丁寧でロジカルな解説により、「できない罪悪感」を徹底的に、しかし優しく否定していく。罪悪感の根っこを丁寧に分解していく合理性と、それぞれの生活にあったよりよい選択を提案していく思いやり。まるでセラピーのような語り方だ。

 初心者向け情報だけでなく、女子栄養大学出版部員の監物南美や手軽なスープレシピで名高い料理研究家・有賀薫へのインタビューを行い、専門的な見地からの情報も提供する。応用力を高めたい人向けの「レシピだけで料理を上達させるのは難しいから、推し料理研究家を見つけ、テレビ番組などでその人のコツを観察すればいい」という提案もおもしろい。

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働く女性のキッチンライフ (だいわ文庫)

 本書の合理的かつ思いやりのある解説を読んでいると、2014年に亡くなった料理研究家・小林カツ代を思い出す。

 小林カツ代は、毎日の家事に翻弄される読者に対し「おそうざい売り場を利用したっていい」「さ・し・す・せ・そ※なんて気にせず、一度に火を通したってかまわない」「毎日作るんだから100を目指さなくてもよい。80おいしければいい」と説いてさまざまなレシピを提案し、「料理は母親だけのものではない」と語った。今でいう時短レシピの先駆者である。※調味料はその特性に合わせ、砂糖・塩・酢・醤油・味噌の順に入れるべきという教え。

 生活史研究家の阿古真理は、著書の『小林カツ代と栗原はるみ 料理研究家とその時代』(新潮新書)で、小林が人気料理研究家となった80年代が、男女雇用機会均等法(1985年)が成立した年代であることを指摘している。働きに出ながら家事労働を担う女性が増えたこの頃、働きながら料理をする人々を、小林の本は大いにはげまし、生活を豊かにしたに違いない。

 そして、2010年代。共働き家庭が増え、労働時間が日常を圧迫する日本社会では、料理どころか買い物をする時間もない人々が少なくない。

 「自炊力」の発売は2018年。労働に忙殺される人々の日常を丁寧に分析し、寄り添うような言葉で提案をする本書は、一見風変りに見えて、読者の生活を豊かにする「正統派」の実用書なのだろう。

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