「男の敵は男」だった。ジェンダーの不平等で男性が奪われる「権利」

文=原宿なつき
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「GettyImages」より

 現在の社会構造を、「男性は女性より特権的な立場にいる。男性は下駄をはかされている」と分析すると、特権など持っていないと自認する男性は嫌な気分になるでしょう。しかし男性より女性の方が統計的に見て高い給料が稼げることは否定できませんし、男性は性別を理由にして試験で減点されることもない(別の理由で不正が行われることはあります)。

 統計数理研究所による「生まれ変わったら男女どちらに生まれ変わりたいか」という調査(1953年〜2013年)では、いつの時代も8割〜9割の男性が、「次も男性に生まれ変わりたい」と望んでいます。(※1)

 そしてジェンダーの不平等を訴える人の多くは女性です。現代の性別役割は、(特に異性愛者の)男性にとって不都合でないどころか、おトクに感じられることもあるのではないでしょうか。これまで通りの「男」と「女」でいいじゃないか、何も問題なんてない……そう思っている人は多いでしょう。

 イギリス人のアーティスト、グレイソン・ペリーは「(男性自身も)男らしさに疑問をもつ必要があること。ジェンダーの不平等は全ての人にとって大きな課題であること」を、『男らしさの終焉』(フィルムアート社)において指摘しています。ペリーに言わせれば、ジェンダーの不平等によって、「男性は本来あるべき権利を行使できていない」というのです。

男性が奪われている権利とは? 男たちよ、自分の権利のために腰を下ろそう

 では、ジェンダーの不平等によって男性から奪われている権利とはどういったものでしょうか?

 それは、泣く權利、感情を表す權利、弱さを見せる權利などを含みます。

 幼いころ、「男の子なんだから、泣いたらだめ」と弱さを見せることを禁じられた人もいるでしょう。でも、人間は誰しも弱い部分があるものです。弱さを見せないでおこう、と我慢したら、歪みがでます。限界まで働いてうつ病になったり、弱音を吐けずにアルコールや薬に走ったりするケースもあります。男性のひきこもり率、自殺率が女性より高いことは有名ですよね。これも、男性が社会的に弱さや感情を見せることを禁止されてきたことと無関係ではないでしょう。

 グレイソン・ペリーは、男性には以下の権利があるとし、「男たちよ、自分の権利のために腰を下ろせ」(立ち上がる必要はないのです)と述べています。

傷ついていい権利

弱くなる権利

間違える権利

直感で動く権利

わからないと言える権利

気まぐれでいい権利

柔軟でいる権利

これらを恥ずかしがらない権利

(P.197)

 これらの権利は、万人が持っています。ただ、全員がこの権利を行使できているか、というと疑問です。男性は「男なんだからしっかりしろ」と育てられがちであり、上記の権利をすべて「女々しいもの」と自分に禁じてしまいがちなのです。

敗者として生き、弱音も吐けない男性

 男性が弱さや感情を見せられない原因になる、「旧来型の男性性」とはどういったものでしょうか。グレイソン・ペリーは、「男性性は多くの点で有害かつ時代遅れだ」と指摘しています。

 現代の男性性とは、<男性の歴史がつくり出した習慣、伝統、信念の組み合わせ>(P.12)で出来ています。社会心理学者のロバート・ブラノンとデボラ・デイビッドは、1976年に男性性の基本的な構成要素4つを「意気地なしはダメ」「大物感」「動じない強さ」「ぶちのめせ」という言葉で表現しています。

 成功とステータスを果敢に求め、危機的状況にはたくましさを発揮し、自立心があり、ときには攻撃性、暴力性、大胆さを見せるのが男らしさであり、「女々しいのはだめ!」「弱いのは男じゃない」というわけです。

<男性はこうした要素あるいは規範を押し付けられている。男性は自分の男性性が他の男性に監視や監督をされていると感じているが、他の男性の男性生を検査してもいる。男性ならば特定の振る舞いをし、特定の服を着て、特定の権利があると信じ、特定の感じ方をしなければならないと思っている>(P.20)

 グレイソン・ペリーは、何が男らしいのかは時代によって変わっていくものであり、旧来型の男性性にはノスタルジーを感じると言います。ハンティングのために力が必要だった時代、危険な戦争に参加しなければいけなかった時代、体力勝負の仕事しかなかった時代であれば、旧来型の男性性は有効だったかもしれない。でも今や、旧来型の男性性は不要になっている、というのです。

 ステイタスを目指し、争い、競争に勝ち、成功することを目指す男性性に重きを置いた場合、男性は、「どれくらい成功している?」「いくら稼いでいる?」「どっちの方が勝っている?」という問いに常にさらされることになります。勝てるのは一握りですから、多くの男性は敗者として生き、かつ弱音が吐けない、という状態になります。

 つまり、男性性を追求している男性の多くは、<男性性支配の物語に納得しながらも、不満と隷属の人生を送る>ことになるわけです。不満と怒りを抱えて生きる中で、その怒りは勝ち組の男性には向かわず、人間社会で「本来自分より下であるはずのもの」に向かいます。女性や子供、ひ弱そうな男性などですね。しかし、弱者(でいてほしい対象)に怒りを向けても、自分が男性社会で満足できるポジションにつくことはできません。

 男性性から下りて、自分に与えてこなかった権利を行使しない限り、不満と不安からは自由になることはできないのです。

「旧来型の男らしさ」という重荷は下ろせる

 さて、旧来型の男性性に縛られていてもメリットがないことがわかりました。しかし「ここから下りよう」と思ったところで、これまで受けてきた教育の影響をいきなりゼロにするのは難しいでしょう。「今、男らしいとされていることって変だよね」と感じ始めたら、「自分が縛られている男らしさとはなんなのか」をまずは客観的に見てみることです。自分は本当に旧来型の男性性によって恩恵を受けているのか、も。この本はその考察を深める手助けになるかもしれません。

<四十五歳未満のイギリス人男性の死因で、最も多いのは自殺である。世界的に見ると、男性の自殺者数は女性のおよそ二倍で、途上国では三倍、東欧の一部の国では六倍だとされている。多くの男性にとって、男らしさは命にかかわる重荷なのだ。これらの数字は、人間らしい交際ができないと感じている孤独で憂鬱な男性の氷山の一角である。みんなで屋根からこう叫ぼう。「男らしさのかたちは、あなたが好きに決めていいんだよ」。>(P.169)

 もしあなたが男性で、「そうはいっても弱い男なんて求められていない」「女も強い男が好きなくせに」と考えているとしたら、それは、あなたが「求められていないから、自分の感情や本音を押し殺している」ということの証です。男性らしく生きるより、自分らしく生きたくないですか?

※1 統計数理研究所

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