ピケティ『21世紀の資本』は何を訴えかけたか。103分の映画で理解する格差の本質

文=斎藤満
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大衆には読了も難しい『21世紀の資本』

 フランスの経済学者、トマ・ピケティ氏の『21世紀の資本』(みすず書房)が映画化されました。原著は2014年以降、英語版、日本語訳も出るなど、世界で広く読まれ、大きな反響を得ました。しかし、いかんせん、英語版でも700ページに及ぶ大著ゆえに、読破できずに、途中で脱落した読者も少なくありません。このため、たくさん売れた割に「専門家の間での注目書」といった感が否めませんでした。

 ところが、この大著をわずか103分余りで鑑賞できる映画にしたことで、一気にこのテーマが「専門家の世界」から「大衆世界」に広がりました。長い時間机の前に座って格闘しなくても、劇場でゆったりくつろぎ、ビジュアルに語り掛ける作品が、より多くの「読者」を広げる効果を持ちました。まさに「百聞は一見に如かず」です。

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『21世紀の資本』がたった103分で理解できる

 実際、映像で示すことで、300年の歴史が103分に集約され、フランス革命から産業革命、世界大戦、石油ショック、ベルリンの壁崩壊と、歴史的なエポックが資本主義との関連で紐解かれます。18世紀の欧州ではわずか1%の貴族が70%の資産を保有していましたが、99%の貧乏人は餓死の不安に怯えていました。行き過ぎた資産、所得の格差は、社会の不安や混乱をもたらしかねないといいます。

 産業革命で富を蓄えた資本家は、その利益でさらに工場拡大に投資し、利益、資産を拡大していきます。そして為政者は彼ら資産家にやさしい税制や規制で保護し、資産家の利益を支援します。資産を所有することが利益につながるとみて、人々は株を買い続け、挙句は1920年代のようなバブルを築き、やがてこれが弾けます。世界は不況になり、資本家を責め、ドイツなどではファシズムが台頭し、ついには戦争に突入します。

 これで資本の多くは破壊され、第二次大戦後のしばらくの間は、一時格差が縮小し、米国にも中産階級が拡大しました。ところが、70年代になって産油国が原油価格を一気に4倍に引き上げ、多くの国で物価高と不況が同居しました。米国も含めて、先進国ではこれを機に経済の停滞が生じます。

 その中で、米国ではレーガン大統領、英国ではサッチャー首相が登場、福祉の行き過ぎが経済を腑抜けにしたといい、また、日本やドイツに自動車が席巻されたと言ってこれを規制するとともに、国内では再び資本家に有利な政策に傾いていきます。ベルリンの壁崩壊で一気に資本主義が大手をふるうようになりました。ピケティ氏は21世紀が再び18世紀のような格差社会になると警戒しています。

 しかし、ここまでではこれらの歴史的な変化が資本主義とどうかかわったのか、その因果関係は必ずしも明確に説明されていません。そこで、強欲な資本家が、金力と権力を結合し、資本家に有利な体制を作り上げた、というシナリオが浮き彫りにされます。

 そしてこの300年間の歴史的データの集積から、資本の利益率が年平均4~5%成長したのに対し、経済成長率は1.6%にとどまったことを確認。1.6%成長に縛られる労働者の所得に対し、資本家の利益、資産の拡大がより速いスピードで拡大し、時間がたつほど格差が拡大する、と主張しています。その過程では資産の相続が大きな役割を果たしたといいます。

 そしてこの格差拡大が、社会的にも大きな問題を引き起こしかねないので、資本に累進課税を課して、資産、所得の還元を図るべき、と主張しています。これにノーベル賞学者のジョセフ・スティグリッツ教授や大手新聞のコラムニストなどがピケティ氏に同調し、彼の主張を支持する展開をしています。しかし、一見わかりやすいようで、いくつか疑問も生じます。

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格差の本質は、資本か強欲か

 まず、資本にはそれ自体に高成長や格差創出の要素が内在するのか、あるいは別の要素が格差をもたらしているのか、議論の余地があります。映画では説明されていませんが、経済成長の対象となる「国民所得」は「資本所得」と「労働所得」の合計になります。そこで、ピケティ氏は、資本の利益率が4~5%で、経済成長が1.6%と言っているので、労働所得の伸びは1%程度と低いはず、となります。

 この資本と労働の成長率の差が、長年蓄積されて所得格差、資産格差をもたらしている、との論理です。しかし、これは資本に内在する必然のものでしょうか。彼の映画の中でも、これに異なる結論を与えうる「ヒント」が見られます。

 1つは、米国の1910年代から約50年間は、格差が縮小し、米国に中産階級が増加し、支配的になったと言っています。これは戦後の経済復興もあってか、経済成長が高まり、資本の利益率を上回る状況が続いたため、と説明されます。そうであれば、資本が常に経済成長率を上回る本質的なものでない可能性を示唆しています。

 もう1つは、映画の中でも触れていますが、産業革命などで大きな利益、資産を得た「資本家」は往々にして「強欲」で、彼らは金に物を言わせ、権力を行使して、資産家の税率を低くするなど、資本に有利な経済の形、制度を作り出しました。この資本家の強欲、権力が、より資本の利益を大きくすることに貢献し、格差拡大をもたらした可能性を示唆しています。

 現に、これが行き過ぎると「バブル」が生じ、リーマン危機などで「しっぺ返し」を食らい、労働者(「99%」)の不満を高め、社会的な反乱につながる可能性もあります。格差発生の本質が、そもそも資本にあるのか、それを利用する資本家、権力者の強欲にあるのか、はっきりしません。

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資本と権力の結合は累進課税を許さない

 その結論いかんでは、ピケティ氏が提唱する累進的な資産課税ができるかどうか、大きく変わってきます。ピケティ氏の前提は、資本家や為政者は本来善良な人々で、資本に特有な高い利益率を労働者に還元する税制を受け入れるだろう、との考えです。

 しかし格差の本質が資本自体に内在するものでなく、資本家やこれに影響される為政者、権力者の「強欲」にあるとすれば、その強欲を捨て去らない限り、資本家、権力者の不利益になる資産課税、まして累進型の資産課税は到底受け入れないと考えられます。従って、この場合はピケティ氏の提唱は、「絵に描いた餅」となります。

昨今の世界的低金利は資本の行き詰まりか

 この映画では資本の論理を突き詰めると格差が拡大し、さらにこれが植民地主義、世界大戦、バブルの醸成崩壊などを引き起こすことを示唆しています。これは資本の論理が決して平和で、順調な成果を保証しないことを暗に示唆しています。つまり、資本の論理が行き詰まると、権力を利用して強引に利益を誘導するか、社会からしっぺ返しを食らう面があります。

 その点、昨今の世界的な低インフレ、低金利は、ある意味では資本の論理が行き詰まった面を見せています。資本家は金利では十分な利益を得られなくなり、株などの資産価格を引き上げようとして資産市場にバブルが生じつつあり、市場が一層不安定化しています。これまでも何度かこうした行き詰まりに直面し、戦争などの強制的破壊に至ったケースもあります。

 今日の世界がこうした資本の危機に直面しているとすれば、何らかの対応が急がれます。こうしたリスクを和らげるためには、資本課税して格差を是正すればよいのか、かつての「マグナ・カルタ」のように、権力者の行動を縛り、彼らの強欲、横暴を防ぐ体制を構築するのがよいのか、議論の余地がありそうです。

 それでも彼の著作が、資産や所得の格差によって多くの面で経済社会にゆがみをもたらした点を指摘したことは、現代中国の国家資本主義も含め、広く資本主義を考える多くの手立てを与えてくれたのも事実。その点、読破困難な大著ゆえに専門家向けとなっていたテーマを、一般人にも理解しやすいビジュアル化した功績は評価されます。

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映画『21世紀の資本』

3月20日(金)より新宿シネマカリテ他全国順次公開

配給:アンプラグド

監督:ジャスティン・ペンバートン 監修:トマ・ピケティ 製作:マシュー・メトカルフ 

編集:サンディ・ボンパー 撮影:ダリル・ワード 音楽:ジャン=ブノワ・ダンケル

原作:トマ・ピケティ「21世紀の資本」(みすず書房)

出演:トマ・ピケティ ジョセフ・E・スティグリッツ 他 提供:竹書房 配給:アンプラグド 日本語字幕:山形浩生

2019年/フランス=ニュージーランド/英語・フランス語/ 103分/カラー/シネスコ/5.1ch

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