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劇団内のセクハラ・パワハラを撲滅するために20年運営してきたルール/平田オリザさんインタビュー

文=編集部
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平田オリザ氏

 2020年2月6日、一般社団法人日本劇作家協会は「セクシャル・ハラスメント事案への対応に対する基本要綱」を発表した。

 この基本要綱の発表によって、日本劇作家協会は業界団体としてセクハラを許さないというメッセージを演劇界に向けて発信した。その意義は大きい。

 とはいえ、まだ歩みは始まったばかりのようだ。

 「セクシャル・ハラスメント事案への対応に対する基本要綱」の冒頭「基本要綱の公開にあたって」のなかで日本劇作家協会会長の渡辺えり氏は、<当協会ではセクシャル・ハラスメントに限らず、モラル・ハラスメント、パワー・ハラスメント等についても、同様に取り組んでいきたいと思っています。しかしながら、これらはそれぞれの定義そのものから基本要綱を検討する必要があり、策定までに時間を要することが考えられます。本来であれば、同時に発表すべきところではありますが、セクシャル・ハラスメントについては、すでにいくつかの事案が寄せられており、緊急性があると考え、先行して基本要綱を策定しました>と綴り、基本要綱はまだまだ書き加えられていく必要があるとしている。

 実は、日本では2000年ごろから演劇界でも先駆けてハラスメント対策のルールづくりを行っていた劇団があった。日本を代表する劇作家・演出家の平田オリザ氏が主宰する劇団・青年団である。

 青年団が業界に先駆けてハラスメント対策に乗り出したきっかけや、そのルールをどのように構築したかについて、平田氏に話を聞いた。

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平田オリザ
1962年生まれ、東京都出身。劇作家・演出家。1983年に劇団・青年団を旗揚げ。現在も主宰を務める。1994年初演の『東京ノート』で岸田國士戯曲賞を受賞。その後も国内外で高い評価を得ている。2012年出版の処女小説『幕が上がる』(講談社)は、ももいろクローバーZ主演で映画化された。

──演劇業界ではどんなハラスメントが起こるのですか?

平田オリザ(以下、平田) ありとあらゆるハラスメントが起きます。権力構造が非常に強い業界なので、セクハラ、パワハラ、共に起きやすい環境だと思います。
 具体的に言えば、俳優志望の人も含め、若い俳優がすごく多いなか、演出家やプロデューサーにキャスティングの権限が集中しているという構造がある。そのうえ、演技は評価の基準も曖昧ですから、権力を握っている側が裁量をちらつかせることも容易です。
 こういったことから、演劇界にはハラスメントが起こりやすい土壌がもともとあると思います。

──芸能界で起きるハラスメントと似た構図にあるわけですね。

平田 基本的な構図は似ているとは思いますが、演劇の方が芸能界のそれよりも、さらに閉鎖的な部分があるかなと思いますね。
 というのも、演劇というのは経済的にきちんと自立した社会ではなく、精神的な部分での結びつきが非常に強いので。
 そういった家族的なつながりには良い面もある一方で、問題が起きたときに隠ぺいされやすいという側面もあると思います。

──なるほど。

平田 あと、日本の演劇界の場合、まず自分の劇団を立ち上げて、それがだんだん大きくなっていくことが多いので、時々、劇団のトップに立つ人が時代の変化に追いついていない例を見ることもあります。
 欧米の場合は、「大学や大学院で演劇を学んだあと、小さい劇場の芸術監督になり、そこから自分の劇団をつくっていく」といったステップアップの道があり、各々の現場で鍛えられていくので、キャリアの過程できちんとしたディシプリン(規律)を身につけることができる。でも、日本の演劇界はそうした仕組みにはなっていないので、問題が起こりやすい部分があるのかもしれない。

──そういう構造上の問題もあるのですね。

平田 あと、スタッフ系の場合は、いわゆる「職人気質」も悪影響があるでしょうね。
 実は、いまはもうスタッフ系でも、若い世代は女性の方が多いんです。これには機材の進化なども影響しています。たとえば、昔は照明機材ってものすごく重かったので、女性にはなかなか難しい仕事だった。でも、いまは機材が軽くなっているので、女性でも照明スタッフになることができる。
 それで若手には女性が多いんだけれども、ベテランは男性ばかり。そういう歪な構造になっていて、業界の急激な変化に追いつくことができていない。

はじまりは「子育て支援」だった

──青年団は業界でもいち早くハラスメントの対策を始めた劇団として知られています。

平田 実は、もともとはハラスメント対策で始めたことではなく、「子育て支援」から始まったことなんです。
 1990年代の終わりごろ、自分も含め劇団員が30歳を過ぎたあたりから周囲に子持ちが増えました。それで、子どもが生まれても演劇の仕事を続けられる環境を整えようとしたんです。小劇場界というのはそれまで、子どもが生まれたら辞めるのが当たり前の業界でしたから。
 とはいえ、子育て支援策といっても大したものじゃないですよ。公演を行う際の仕事のノルマを免除するとか、ごくごく原始的なもの。ただ、それでさえも、業界では前例がない画期的なことでした。
 そうしたら「青年団なら結婚したり子どもが生まれても継続して仕事ができる」というのが評判になって、それがきっかけで青年団に入ろうとする人さえも出てきて。

──一般企業でも従業員の待遇改善が優秀な人材確保につながったりしますけど、それと同じことが起きたわけですね。

平田 ちょうどその頃に私は大学の教員になったんですけど、大学でハラスメントの講習を受けたとき「これからの時代はこの方向に変化していくな」という感銘を受けました。それで大学で学んだことを活かしながら、青年団でも明文化された規定をつくろうと思い立ちました。

青年団にはどんなルールがあるのか

──具体的にどんな規定があるのですか?

平田 基本的には一般企業と同じですよ。ただ、他の劇団の人と話していて「そこまでやってるの!?」と言われる部分もあります。
 たとえば、先輩が後輩を飲みに誘うのは禁止です。特に個別は絶対に禁止です。これは異性であろうと同性であろうとダメ。
 劇団では、少し冗談交じりに「稽古ハラスメント」と呼んでいるんですけど、全体の稽古が終わったあとの居残り稽古に、先輩が後輩を強制的に誘うのも禁止しています。
 全体稽古の後、俳優だけが集まってセリフ合わせをすることがあります。俳優にとって稽古というのはとても大事なもので、この居残り稽古も基本的にはみんなやりたがるんですけど、ただ状況によっては、「後輩はバイトに行かなくてはならないのに、先輩から稽古に誘われたので断れない」ということも起きるかもしれない。だから、うちでは基本的に禁止です。

──そこまで徹底しているんですか!?

平田 驚かれるようなルールは多いですよ。演劇の世界は狭い家族的な空間なので、劇団内での恋愛も多いですけど、うちの場合年上から誘うのはダメだから、そういうときはまず第三者に相談して仲介してもらうことになっています。高校生みたいでしょう(笑)。

──本当そうですね(笑)。

平田 まあ、そのあたりの実際の運用は状況に応じてなので、そこは「大人の付き合いをしてください」ということにしていますけど。いずれにしても恋愛関係になるようなときは、なるようになるので。
 とはいえ、これはいまだから笑い話にできることなんですが、僕が劇団員と再婚したときは、付き合い始めが大変でした。自分でルールをつくった手前ね……。
 ただ、現実には、セクハラの多くは「相手は自分に好意を持っている」という勘違いから起こることが多いので、抑止力としての規定はどうしても必要です。

「空気づくり」が一番大事

──ルールをつくっても、実際に守られなければ意味はありません。そのためにはどのような工夫をしてきましたか?

平田 空気づくりが大事だと思います。それは、子育て支援も、ハラスメント防止も同じ。
 たとえば子育て支援で言うと、具体的にはこんなことがあります。
 演劇というのは、一回つくったらその舞台をもって地方を巡業するわけですが、その間に女優さんが妊娠した場合、そのままのキャスティングでは再演することができなくなる。
 青年団では、たとえそうなったとしてもすぐに代役が立てられて大丈夫な仕組みをつくってきた。それが当たり前になれば、みんな産みやすくなる。

──産休をとることができるわけですね。

平田 劇団員から妊娠の報告を受けたら、「いつまで舞台に立つか」「キャスティングをどうするか」を水面下で進め、安定期に入ったら劇団員全員に本人がメールとかで公表するんですけど、やっぱりそのとき、みんな「ご迷惑おかけしますが」と書くわけです。
 それは日本語の定型的な文章で、それこそその一文がなかったら失礼になってしまうから仕方がないんですけど、青年団の中には妊娠・出産を理由にキャスティングが変わることを「迷惑」と感じる人は一人もいない。20年かけて、そういう状態にまでは空気を持ってくることができたという感じですかね。
 実際、つい最近コロナの影響で学校が休みになり、スタッフみんなオフィスに子どもを連れてきてますけど、それで嫌な顔をする人はいないですからね。

──いいことですね。

平田 現実には演出家としては大変な部分もありますよ。時間をとって舞台をつくり直すわけですから。でも、そういう態度は絶対に見せない。私自身も、それをポジティブに考える。率先して、仕組みやルールが活きる空気をつくっていく。それは管理職の役割です。
 子育て支援だけでなく、ハラスメントの防止でも同じことが言える。リーダーの役割が非常に大きいと思います。

──他に大事なことはありますか?

平田 リーダーが面倒くさがらないことですね。演劇の世界だと、昨今の流れに対して「そんなこともダメなの? 世知辛い世の中になったなぁ」といった物言いをする人がいますけど、青年団ではそういう発言も禁止。
 ハラスメントに対する意識は日々変わっていきます。大切なのはその変化に合わせて感覚をアップデートしていくことです。

──先ほど、「先輩が後輩を飲みに誘うのは、異性だけでなく同性もダメ」というルールがあったのも、性的マイノリティを意識してのことですよね?

平田 そうです。最初にルールをつくった20年前は、特に考えもなく「年長の男性が年下の女性を1対1で誘ってはいけない」といった文言を書いていたはずです。けれど、いまとなってはその条文自体がジェンダー的に問題となるので、修正しています。

──そういう土壌があると、相談もしやすいでしょうね。

平田 私のもとまで来る相談は平均すると年に2、3回といったところですが、最近ではあまり深刻なものはないですね。昔だったら、「単なるケンカ」で終わっていたようなものも多い。
 こういった傾向にあることは、とても良いことです。
 単なるケンカに見えるようなものでも、そこに上下関係の権力構造がある場合は、放っておけば深刻なハラスメントに発展する可能性がある。そういうときは早めに第三者に相談して、お互いの関係を見つめ直すべき。
 20年近くの時間をかけて、そうした認識がようやく浸透してきたということのあらわれなのだと思います。

──体調不良と一緒でハラスメントの問題も早め早めの対処が大事なんですね。

平田 そう。問題の芽は早めに摘んでおくことが大事になります。
 そのために必要なのは、まず誤りを認めて謝ることですね。たとえば、演劇らしいところで言うと、稽古のなかで一歩間違えればケガにつながりかねないような動きをしなければならない場面も出てきます。
 危険と隣り合わせの緊張感があるので、思わず大きな声が出てしまうことは仕方がないことでしょう。でも、冷静になったらすぐに謝る。それが大事です。

──日本劇作家協会が動いたことは、今後どう影響してくるでしょうか?

平田 日本劇作家協会も劇作家の業界団体としてできることをやろうとしている。
 ただ、日本劇作家協会だけではやれることも限られているので、他の業界団体も規定をつくり、ハラスメントの撲滅・予防に関する主張を打ち出していくというのが、まず第一歩でしょうね。
 いち劇団だけの話ではないので、時間はかかるでしょう。でも、徐々に意識改革が進んでいったらいいなと思います。

(取材、構成、撮影:編集部)

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