
生き延びるためのマネー/川部紀子
ファイナンシャルプランナーで社会保険労務士の川部紀子です。世界的な新型コロナウィルスの感染拡大の影響が一般生活者の収入にまで及んできました。航空会社大手のANA(全日空)では、大幅に運航便を減らしていることに伴って、約5000人の客室乗務員を一時的に休業させることを発表しました。
これまでは、主に感染防止や病気の恐ろしさが注目の対象でしたが、大手企業に勤める従業員の収入など、私たちの「お金」にまで影響が出始めてきています。今回は、新型コロナウィルスと収入について、確認していきたいと思います。
労働基準法の「休業手当」が受け取れるか否か
企業の都合により労働者を休ませた場合、平均賃金の6割以上の「休業手当」を支払う義務があります。これは労働基準法に定められている企業の義務で、違反した場合は30万円以下の罰金という罰則ルールも存在します。
上記を前提に、新型コロナウィルスが拡大している状況下で仕事を休んだ場合、企業に「休業手当」を支払う義務があるのかないのかを解説していきます。【体調が悪くて休んだ場合】【自分は元気だが、指示により休んだ場合】の大きく2つに分けて考えていきましょう。
体調が悪くて休んだ場合
・ケース1:新型コロナウィルスに感染していた
→休業手当なし
政府の定める指定感染症としての措置による就業制限の対象となります。つまり、企業からすれば不可抗力の事態ですから、休業手当の支払い義務はありません。
この場合の収入源は、健康保険の傷病手当金となります。休みが4日以上続いた場合、おおよその日給の3分の2を受け取る取ることができます(年次有給休暇が取得可能であれば、その活用も可。ただし、その場合は傷病手当金を受け取れません)。
・ケース2:新型コロナウィルスの可能性がある症状がある(企業の指示で休んだ)
→休業手当あり
例えば、企業が「朝の職場の検温で37.5度の熱があった場合は強制休業」などのルールを定め、その要件に当てはまったために休むこととなった場合は、企業の指示で休んだわけですから休業手当の支払い義務があります。
・ケース3:新型コロナウィルスの可能性がある症状がある(自分の判断で休んだ)
→休業手当なし
企業としては、特に休業のルールも定めず指示も出していない場合、普段の日々の体調不良と同じ扱いとなりますから、休業手当の支払い義務はありません。
この場合の収入源は、主に年次有給休暇を活用する方法が考えられます。働くことができない症状であると医師が診断する場合、健康保険の傷病手当金を4日目からおおよその日給の3分の2を受け取る取ることができます。
自分は元気だが、指示により休んだ場合
・ケース4:同僚や顧客等が新型コロナウィルスに感染し、保健所による閉鎖措置が取られた
→休業手当なし
このケースでは、保健所等の指示により一定期間職場を閉鎖する指示が出されることがあります。企業にとっては不可抗力の事態ですから、休業手当の支払い義務はありません。
この場合の収入源は、年次有給休暇を活用する方法が考えられますが、現状の法律だと国の手当もなく、収入源を確保するのが一番難しいのがこのケースです。
・ケース5:感染者はいないが、企業として休業することとなった
→企業として従業員の感染防止のため自発的に休業措置を取った、あるいは、業務激減により休業措置を取ったなど、まさに企業の指示ですから休業手当の支払い義務があります。ANAの客室乗務員の休業もこのケースです。
このようなケースの場合、休業手当等を支払うなど要件を満たした企業に対し、雇用保険法に基づく雇用調整助成金を支給することが発表されています。ANAも休業手当を支払い、雇用調整助成金を申請すること公表しています。
まとめ
さて、今回の休業手当の有無を考えると、新たな問題が見えてきます。どうしても、次のように考えてしまう人が出てくるのではないでしょうか。
「風邪の症状なら外出するなと言うけれど、休業手当をもらえないなら自主的には休めないな!」
「年次有給休暇を取れと言うけれど、何かあったときのために取っておこう!」
新型コロナ以前から、どんなに休みを取ることが推奨されても結局「休めない」という風潮が問題視されていました。年次有給休暇を取らなくてはならないなどの改正もされているのですが、休業手当の面からも、まだまだ自分の意思では休みづらい条件が揃っているように筆者は感じていました。
もちろん、今回は特殊な事態だと思いますし、個人だけでなく、企業も国も苦しい中ですが、指定感染症の場合、労働関連法の特例を作るなど、法整備が必要かもしれません。
何はともあれ、現状の法律で判断すると、休業手当の有無を判断する法則は、「企業の指示」かどうかがポイントとなります。行政の指示や自分の判断であれば受け取れず、企業の指示であれば受け取れるのが休業手当です。
つまり、いかに気の毒かどうか、など感情面で判断されるものではないということです。