イギリスの新型コロナ感染拡大 集団免疫狙った戦略は失敗か

文=鳴海 汐
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「Getty Images」より

 いま新型コロナウイルスの感染が最も拡大しているのはヨーロッパだ。医療崩壊が懸念されるイタリア、それに続くスペインでは非常事態を宣言し、フランスでは外出禁止令が発令された。EU各国は、域内への外国人の入国を禁じるという事実上の国境閉鎖も行っており、非常に厳しい状況にある。

 イギリスの感染者数は5683人(23日時点)であり、スーパーの棚が空になるなど市民のパニックが伝えられるとはいえ、それらの国々に比べればまだそこまでひどい状態に見えないのかもしれない。

 しかしイギリスでは、死者数の伸びが凄まじい。14日に累積で14人だったのが、20日に144人、21日は177人、23日は281人だ。

 各国の死者10人目が出た日以降の累積の死者数のグラフを見ると、イギリスの伸び方は垂直に近く、中国やイタリアを上回る。

 イギリスにおける致死率は23日時点で4.94%の計算になる。なぜこうなってしまったのだろうか。

第一段階「封じ込め」

 EU離脱の1月31日、イギリス国内で初めて新型コロナウイルスの感染者が確認された。

 英政府は、感染拡大に対し「封じ込め」「エピデミック(感染流行)を遅らせる」「研究」「鎮静」といった四段階を設定した。まずは「感染の封じ込め」対策を開始。特に感染が進んでいる国と地域をカテゴリー1とし、そうした国と地域から帰国した人々に自主隔離を求め、国民保健サービス(NHS)専用ダイヤル111に連絡することを要請。それに準じるカテゴリー2は、帰国後2週間以内に症状が見られた場合のみ対応とした。

 2月27日、検査対象を拡大。海外の流行地域から帰国した症状が見られる人だけでなく、100カ所の一般診療所と8カ所の病院でインフルエンザのような症状が出ている人も対象とすることを発表。この時点で陽性者は13人だった。

第二段階「感染流行を遅らせる」

 今月5日、感染者が90人となり、第二段階の「エピデミック(感染流行)を遅らせる」に突入する。滞在国のカテゴリー分けが廃止になり、国に関係なく、症状が出た場合は部屋に留まり、悪化したら専用ダイヤルに連絡するというルールになった。

 12日にジョンソン首相が声明を出した。

「その段階は、この感染症をできるだけ押さえ込もうとするだけでなく、その拡大を遅らせ、それによって被害を最小化するものである。もし感染のピークを数週間でも遅らせられれば、天候も良くなり、通常の呼吸器系疾患で苦しむ人も少なくなり、病床も増え、医学研究の時間も稼げることから、NHSはより強力な状態になっているだろう。」(引用:在英国日本国大使館メール 3月12日)

 日本と同じで、感染拡大のピークを遅らせることで、医療やライフラインの崩壊を防ぐ作戦である。

 一番危険なのはもう数週間先として、この時点での具体的な対策はこうだった。

「もしコロナウイルスの症状、つまり、新規に発症した継続的な咳や高熱が見られる場合は、それらが軽度であるとしても、少なくとも7日間家にとどまって他者を守り、感染症の拡大を遅くするべきである。」(前同)

 学校については、日本と逆の対策を取った。

「我々は、現段階では学校の閉鎖は行わない。科学的アドバイスによれば、現段階においてこれは良い効果より悪い効果の方が大きい。もちろん、これをレビューの対象とし続けているし、これについてもまた感染拡大につれて変わり得る。学校は,特にそのように求められない限り、閉じるべきではない。それが我々の推奨することである。」(前同)

 ジョンソン首相が頼ったのは、政府の首席科学顧問サー・パトリック・ヴァランスと、イングランド主任医務官のクリス・ウィッティー教授が率いる中国やシンガポールにおける感染抑制対策に加わった専門家などで構成されるグループで、科学的根拠に基づいた対策だという。

 コンピュータのシミュレーションでは、その後4週間で急増、10~14週後にピークが来るという計算だった。そのため、この時点で学校の閉鎖などは早すぎるという判断があった。早期に自主隔離すれば、隔離に疲れたころ子どもたちが外に出てきてしまう危険があるという読みだった。

 サー・パトリック・ヴァランスとクリス・ウィッティー教授らは、大規模イベントの中止は大きな効果がないと考えていた。スポーツの競技場といったところよりも、家の中などで家族や友人から感染する可能性の方がずっと高く、各自の手洗いと症状が出たら自主隔離の方針で良いとも言っていた。

 この時点で自粛を呼び掛けていたのは、70歳以上や持病がある人のクルーズ、学校の海外への旅行だけだった。

野放しの「集団免疫」理論に批判殺到

 しかし3月14日、なすがままでは危険だと229人の国内の科学者が公開書簡で抗議。周辺国のように施設の閉鎖など、強い措置が直ちに必要だと主張した。

 ここまでほぼ野放しだったのは、集団免疫を狙ってのことでもある。集団免疫というのは、人口の約6割が発症して回復することで自然と流行が止まるというものだ。

 英バーミンガム大学のウィレム・ファン・シャイク教授(微生物学)は、「現時点で『集団免疫』を追求するのは、有効な選択肢とは思えない」と反論した(引用:BBC)。免疫獲得のためには国内で3600万人が感染し回復する必要があり、それまでに数十万人が死亡する可能性があるからだ。

 そもそも集団免疫獲得を目指すのは、ワクチンがあることが前提という。ワクチンがない以上、この戦略は国民にとって命がけの危険な賭けになってしまう。また、新型コロナウイルスから回復した後、どのくらいの期間免疫が維持するのか。集団免疫獲得にはその期間の長さが必要になるが、これも現時点では解明されていない。

 エジンバラ大学ロスリン研究所のウイルス学者であるエリー・ガントは、集団免疫獲得の難しさを新型でない既存のコロナウイルス4種で説明する。人間はよく風邪をひくが、それはこれらのウイルスに対する免疫が長くないからだと。風邪の集団免疫を獲得するには、人々が繰り返しワクチン接種か感染する必要がある。新型コロナウイルスがこれら既存のコロナウイルスと似ているのであれば、ワクチン接種か繰り返し感染が免疫のために必要になる。集団免疫獲得は現実的ではない。結局、隔離して感染しないようにするしかないのだ。(参考:ナショナルジオグラフィック

ジョンソン首相が方針転換

 週が明けた16日、ジョンソン首相は、なすがままの対策を捨てた。

 レストランや劇場の閉鎖はしないものの、不必要な他者との接触を避け、旅行もできるだけ控えるよう国民に要請した。可能であれば在宅勤務し、自分や家族に発熱やせきなどの症状が出た場合には、14日間家に待機するよう求めた。

 さらに、70歳以上の高齢者、疾患のある人、妊婦などは、その週末から12週間自主隔離し、可能なら食品の買い出しも避けるよう指示した。この現時点では学校閉鎖は不要で、その後の状況次第としている。

 ハンコック保健相はBBCの報道番組「アンドリュー・マー・ショー」で、70歳以上で特定の健康状態にある人に自主隔離を要請するとし、症状がない人は高齢者を訪ねてもいいが、2メートル以内に近づかないようにと語った。

 イギリスは、この段階の感染状況をイタリアから「3週間遅れた」状態とみなしていた。翌17日には、外務省が不要不急の海外旅行を30日にわたって制限すると表明。延長の可能性もあるとした。

ついに学校閉鎖へ

 そして18日、英国内の新型コロナウイルスによる死者数は104人となった。このタイミングで、ギャビン・ウィリアムソン教育相が、20日午後から当面の間学校を閉鎖することを発表。ウイルスの感染スピードが予想以上だったことから舵を切った。この時点までに5万6221人がPCR検査を受け、陽性は2626人に上っている。

 ただ、医療従事者や警官、教師など「キーワーカー」と言われる社会的に重要な職業の親を持つ子どもなどのためには引き続き学校を開放する。

 またロンドン内外の移動制限などは設けていなかったが、19日から最大40カ所の地下鉄駅を閉鎖、20日からは本数を減らして運行すると決定した。

 ジョンソン首相が野放しの対策を止めて国民に対し強く自粛要請したのは16日になってからである。潜伏期間を2週間とすると、今後さらなる感染拡大の可能性が懸念される。周辺各国に比べ幸いにも感染者が少なかったが、集団免疫を狙ったことで対策が遅れたことが裏目に出ないことを願うばかりだ。

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