「同一労働同一賃金」実施も手放しに喜べないワケ

文=松沢直樹 監修=宮本督弁護士/中島・宮本・溝口法律事務所
【この記事のキーワード】
「同一労働同一賃金」実施も手放しに喜べないワケの画像1

「Getty Images」より

「同一労働同一賃金」は世界基準では“当たり前”

 2020年4月1日から、「同一労働同一賃金制度」が実施される。同一労働同一賃金とは、2018年に成立し公布された「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律(通称・働き方改革関連法)」の施行による制度改革のひとつである。2019年4月から、「5日間の有給休暇取得の義務化」などといった、一部の制度改革は施行されていた。今回の「同一労働同一賃金制度」の施行により、働き方改革関連法の本丸ともいえる改革が施行されることとなる。

 詳細は後述するが、同一労働・同一賃金とは、非正規・正社員問わず、同じ仕事を行っているのであれば、待遇を同じにしようという制度である(中小企業で働くパート・有期雇用労働者については2021年4月1日より実施。なお、中小企業の定義は厚生労働省の資料を参考にしてほしい)。

 令和2年2月14日の総務省統計局の発表によれば、非正規雇用で働く人は、38.3パーセントに上る。労働組合などの調査によれば、雇用契約は正社員契約であるものの、同業種の賃金水準からみれば、非正規労働者に等しい労働者は6割を超えるという意見もある中で、この制度改革は非常に好ましいといえる。しかしながら、世界的に見れば、日本の労働環境の整備は極めて遅れているといっても過言ではない。ILO(国際労働機関)では、同一労働同一賃金をILO憲章の前文に挙げており、同一労働同一賃金は基本的人権のひとつと定義している。

 また、世界人権宣言、社会権規約においても、同一労働同一賃金は全ての人の人権として保障するものと明記している。ところが日本は、会社との雇用態様(正規か非正規か)の違いで、著しい待遇の違いが生じていたのを長年にわたって放置してきた。世界標準の考え方からすれば、日本は、江戸時代のような身分制度が存在していたに等しいと言わざるを得ない。

 今回の制度改革は諸手をあげて喜ぶようなものではなく、やっと当たり前の労働環境が整いはじめたと考えるのが自然ではないだろうか。

 しかしながら、同一労働同一賃金制度が実施されたとしても、抜け穴が生じる可能性がある。

 この連載でも紹介してきたが、日本はこと労働関連の法令違反に関しては、公的機関はもちろん、社会全体も追及しない傾向が強いからだ。

 さらに、憲法28条と労働組合法を根拠に、労働問題は会社と労働者が話し合って解決すべきであって、国は積極的に介入すべきでないともとれるスタンスを貫いている。また、労働関連の違法行為を取り締まる労働基準監督官は、捜査や逮捕の権限を付与されている特別司法警察職員であるにもかかわらず、人数が少ない。(平成29年3月1日現在3241人)

 だからこそ、労働者は法によって自分たちに与えられた権利を確認し、権利が侵害されたならば、是正を求めていく必要がある。では、今回の制度改革で非正規労働者に法的にはどのような権利が与えられるのだろうか。

非正規労働者への配慮はどうなっている?

 同一労働・同一賃金の骨子は、正社員・非正規関係なく、同じ仕事をしたら同じ賃金を支払うということが原則である。

 しかしながら、パート・アルバイトは、一般的に労働時間が短く、同じ評価軸上で公正な賃金が与えられているかがわかりにくい。また、派遣社員は別会社に所属し、勤務先に出向いて仕事をする。そのため、雇用契約を結んでいる会社と、実際に働く会社との間で仕事の評価に齟齬が生じやすい。

 契約社員は直接雇用されるものの、文字通り契約期間が過ぎれば、雇用契約が解消されるため、同じ会社の社員であっても正社員と待遇差が生じやすい。このような点を配慮して、今回の制度改革では非正規労働者に対して、以下のような点が考慮されている。

・均衡待遇規定

 「均衡待遇規定」とは、正規雇用労働者と非正規雇用労働者(パート・アルバイト・有期雇用労働者・派遣労働者)間で不合理な待遇差をなくすために、法令に定められた規定である。今まで非正規労働者は、「正社員との休暇数の違い」、また「災害補償の格差」などといった差別的待遇を強いられることが指摘されていた。この規制によって、それらの問題に楔が打ち込まれる形となる。

・すべての非正規労働者への説明義務の強化

 非正規労働者は、会社に対して「正社員との待遇差の内容や理由」など、自身の待遇について説明を求めることができるように改訂された。会社側は、非正規労働者から求めがあった場合は、説明を行う義務が課せられることとなった。

・派遣労働者への労使協定の義務化

 派遣労働者には、派遣先の労働者との均等・均衡待遇、または、一定の要件を満たす労使協定に基づく待遇,のいずれかを確保することが義務化された(選択制)。

 また、派遣労働者は、派遣会社と雇用契約を交わすものの、派遣会社(派遣元企業)と実際に働く企業(派遣先企業)が交渉した契約金額のいかんによって、給料が減額されかねないことが指摘されてきた。そのため、派遣会社は、派遣労働者が従事する業種の正社員の平均的な賃金と同程度以上であることなどを前提とした労使協定を提示し、派遣労働者の承諾・締結を得なければならなくなった。

 このため、派遣会社と実際に働く企業の間で、派遣労働者の賃金が勝手に決められることをブロックできるようになっている。ただそれでも、派遣労働者は、交通費が支払われないのが通例で、パート・アルバイトよりも過酷な労働条件下で勤務することにはなりかねない。

・労働局による紛争介入強化

 また、これらの配慮と同時に、紛争が発生した場合に、各都道府県労働局が積極的に介入できる制度も整備された。具体的には以下のとおりである。

① 【行政による報告徴収・助言・指導等】→ 従来は短時間労働者及び派遣労働者についてのみ規定が存在したが、今回の改正により有期雇用労働者(契約社員など)についても根拠規定が整備された。

② 【行政ADR(裁判外紛争解決手続)】→ 従来は短時間労働者についてのみ規定があったが、今回の改正により新たに有期雇用労働者(契約社員など)・派遣労働者についても根拠規定が整備された。

「同一労働同一賃金」も手放しには喜べない

 これらを見ると、今までは放置状態だった非正規労働者が保護下におかれるように思われるが、本当にそうなるだろうか。私はそうは思えない。

・正社員が非正規社員と同じ待遇になれば均等待遇規定がなしくずしになる

 正社員と非正規の格差が言われているが、実態として非正規と待遇が変わらない「名ばかり正社員」の存在が指摘されている。雇用契約書には、期限のない雇用と記載されていながら、労働基準法をまるで無視した形で解雇されたり、法令で遵守が求められている社会保険加入を無視するケースは、珍しくないのが現状である。

 今回の制度改革では、罰則がない。したがって、正社員の待遇を非正規並みにして、形式的に均等待遇規定に抵触しない状態を作り出すことは容易に考えられる。

 これまでの連載の中でふれてきたように、日本においては、憲法28条で補償された労働組合活動も会社側から妨害される実態がある。また、資力や時間の問題から弁護士や労働基準監督署へ救済を求めるのはハードルが高いと考えている労働者が多数を占めているといっても過言ではない。法整備がなされたとしても、労働者側が抵抗できないことを見越して、正社員の給与を現在の非正規労働者の賃金程度まで下げたとしたらどうだろうか。必然的に、非正規労働者の生活は改善されないままである。

・派遣労働者は業種によってさらに待遇が悪くなる可能性がある

 先述のとおり,派遣労働者については,①派遣先の通常の労働者との均等・均衡待遇,②一定の要件を満たす労使協定に基づく待遇,のいずれかを確保することが義務化された。(選択制)。

 しかしながら、先に述べた正社員の待遇切り下げが進めば、「均等・均衡待遇」「一定の要件を満たす労使協定に基づく待遇」はあまり意味を持たない。そればかりか、業種によっては正社員であっても雇用が不安定な業種もある。そのため、全体の報酬が下がり、今よりも待遇が悪くなる可能性もあるだろう。

あなたにオススメ

「「同一労働同一賃金」実施も手放しに喜べないワケ」のページです。などの最新ニュースは現代を思案するWezzy(ウェジー)で。