日テレ『24時間テレビ』コロナ危機でも「必ずやる使命感」と断言し批判

文=エリザベス松本
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「Getty Images」より

 日本テレビの定例社長会見が3月23日、同局で行われた。小杉善信社長は例年8月に放送している看板番組『24時間テレビ 愛は地球を救う』について言及、「全然やる予定です。やらないといけないという我々の使命感を持っていますので」「どういう形になろうが、必ずやるという風に考えております」と口にした。

 この社長発言がネットニュースとなって配信されるやいなや、記事にはあっという間に多くのコメントが書き込まれた。「使命感? あの番組にそんなもの持ってもらう必要はありませんよ」「オリンピックでさえ延期と言われ始めていることを、社長は知らないのかな」「もう誰も『絶対にやってほしい』なんて思ってませんけど?」など辛辣な言葉のオンパレードである。

 筆者も小杉社長のコメントを聞いたときは「この人は、いまのこの時代、国民が24時間テレビをどう見ているのかを知らないのだろうか……」と愕然としてしまった。視聴者から『24時間テレビ』への批判がどれだけ寄せられても、<視聴者の声>が巨大組織のトップに届くことはないのだろうか。

 『24時間テレビ』は1978年に放送がスタートしたチャリティー番組であり、毎年8月下旬の土曜から日曜にかけて生放送されている。初回放送時、筆者はまだ子どもだった。『24時間テレビ』なるものが始まる、そしてそれは「24時間、生放送でずっと流れている番組」だと聞いたときは「すごい!」と興奮し、早くその日がこないかなとワクワクしたことを覚えている。なにかこれまでにない新しいことが始まる……そんな風に思った。夏休み明けの学校でも「24時間テレビ、何時まで見た?」という話題で持ちきりだったように思う。

 当時、チャリティーという言葉は今のように一般的に浸透しているものではなく、それがどういうことなのかもはっきりとはわかっていなかった。でも「テレビに出ている人たちを見るチャンス!」だと思い、小銭を貯め、何度か募金場所に持って行った記憶はある。友達同士で、自転車をこぎながら。

 みんながあの番組を楽しみにしていた、いい時代はたしかにあった。眠い目をこすりながらも「見逃したくない」と必死でテレビの前にかじりつく、そんな人も多かったはずだ。だが、時代は移り変わっていくものである。40回を超えた長寿番組ではあるが、ここ数年は「なぜやるのか」と、『24時間テレビ』の存在意義を問うような意見が多くなった。

 たとえば番組内で芸能人が障がい者と共にいろんな企画にチャレンジすることについて。「障害者の姿を映し出して感動を押し付ける『感動ポルノ』」ではないかという異議を、番組側が受け止めることはない。また、名物企画である有名人が夜を徹して走るマラソンに対しても「本当に走っているのか、あやしい」として、ランナーと同じルートを辿り、常にその居場所をSNSなどで報告する視聴者も現れた。ランナーがずるをしないように見張るというわけだが、そんな風に疑われるほど不自然な場面もあったということだ。

 番組へのブーイングが強まった引き金はやはり「出演者のギャラ問題」であろう。2013年に雑誌「FLASH」(光文社)が関係者の証言をもとに、メインパーソナリティーをはじめとした出演者のギャラや番組のCM収入などを報じた。この報道をきっかけに「チャリティー番組なら芸能人もノーギャラでやるべし」「高額なギャラがあるんだと知ったら、感動する気も失せた」などのコメントが続々と投稿されるようになった。たしかにチャリティー・ボランティア大国であるアメリカでは、チャリティー番組やイベントなどに出る有名人のほとんどはノーギャラだというのはよく知られている話である。なぜ日本の芸能人はそれに倣わないのか、と国民の多くが疑問を持ったというわけだ。

 当時の「FLASH」はこんな風に報じている。「事情を知るプロデューサー」の話として、『24時間テレビ』の予算は総制作費が4億2000万円、CM収入合計が22億2750万円。そのうち出演者のギャラと総制作費を除いて赤字にならない範囲で寄付に回すそうだ。その年にメインパーソナリティーを務めた<嵐>には5000万円、番組内で放送するドラマに主演する嵐・大野智にはプラス500万円、マラソンランナーの森三中・大島美幸に1000万円、パーソナリティーの上戸彩に500万円、総合司会の羽鳥慎一に500万円。歌唱の加山雄三、谷村新司クラスには200万円、その他懐メロ歌手や芸人などには10万~100万円が支払われる、としていた。

 なお、2019年の募金総額は15億5,015万8,595円。これは歴代2位の記録だそうである。そして、42年間の募金総額は、396億9,788万1,774円だ。大変な額であることには違いない。

 『24時間テレビ』放送がスタートした当時には、たしかに日本人の多くはまだ<寄付>や<募金>について関心がなかった。いや、関心がないというよりは「どこにどうお金を送ればいいのか」も含め、その仕組みがよくわからなかったというべきかもしれない。だが、インターネットが発達した今、私たちは「いま、どこになにを送るべきか」について、正確な情報を拾えるようになった。テレビのニュースなどでも、災害発生時に募金方法について細かくアナウンスするようになっている。もはや『24時間テレビ』がなくても、私たちは<寄付>や<募金>の意味や大切さを知るようになったと言えるだろう。

 私たちにチャリティー・ボランティアの意味を教えてくれた『24時間テレビ』の功績は大きい。しかしオリンピックを延期せざるを得ないほど、新型コロナウイルスの蔓延は世界的な危機となっている。このコロナ渦で「やらなければならない使命感」とはいったいどんなものなのだろうか。視聴者のためというよりは、スポンサーや関連企業のため、日本テレビ自身のため、芸能界のため。確かに、このように様々な人々のために大型番組は必要なのだろうが、それを「使命感」という言葉で表現するのはやはり欺瞞ではないだろうか。

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