
「性差別にNO! 差別を認めない聖マリアンナ医科大学に抗議する緊急院内集会」で発言者として参加した東京大学大学院准教授の四本裕子さん(左)、産婦人科医の対馬ルリ子さん(右)
2018年、東京医科大学の入学試験において女子の受験者の得点を一律に減点していたことが明らかになった。その後の調査では、他大学の医学部でも不正入試を認めたり、不正が疑われている。
不正入試が疑われている聖マリアンナ医科大学は2020年1月17日、入学試験の第三者委員会の調査報告書を公表した。報告書では、女性や浪人生の受験生について<差別的取扱いが認められる>とされたものの、同大学は<一律機械的に評価を行ったとは認識しておりません>とし、差別を認めていない。
これに対して、ネット上を中心に抗議の声が上がった。2020年2月12日に聖マリアンナ医科大学に抗議する「性差別にNO! 差別を認めない聖マリアンナ医科大学に抗議する緊急院内集会」が開かれ、弁護士、受験生の支援者、医療関係者、医学部学生ら参加者によるリレートークが行われた。
本記事ではその一部をレポートしつつ、医学部入試における差別がなぜ行われたのかを考えていきたい。
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聖マリアンナ医科大学は差別を認めなかった

信州大学医学部の直江翔吾さん(左)、田村大地さん(右)
緊急院内集会では、弁護士の佐藤倫子さんから、聖マリアンナ医科大学の不正入試問題に関する第三者委員会報告と大学側のコメントについて解説があった。
佐藤弁護士「第三者委員会では、平成27年度~30年度の入学試験について調査が行われ、一般試験の二次試験において大規模な調整が行われていたことが発覚しました。入学試験要項上に配点のない志願票と調査書で調整が行われていたのです。
具体的には、平成27年度においては80点の配点で男女に一律で18点の差、平成30年度においては180点の配点で男女に一律で80点もの差がありました。つまり、男女の差がどんどん大きくなっていたわけです。
第三者委員会の報告では入試作業室のパソコンにあったエクセルファイルの中から『男性調整点』という記載も見つかり、聖マリアンナ医科大の入試では一律の差をつけていることの裏付けであると判断されています。
しかし、同大は第三者報告を受けた後でも不正を認めてはいませんが、属性による評価に差異が生じていた可能性があるということで、二次試験を受験した人のうち、申請した人のみ入学試験料の相当額を返金するとコメントを出しています」
医学部予備校ACE Academy代表で自身も医師免許を持つ高梨裕介さんは、「教え子で、1浪のときに聖マリアンナ医科大学を補欠合格したのですが、結局繰り上がりにはならず、2浪した女子生徒がいました。第三者委員会の報告書を見ると、入試差別がなければ、彼女は1浪の受験時に聖マリアンナ医大に正規合格していたはずです」と話す。
高梨さんの教え子である元受験生は、ACE AcademyのTwitterアカウントでコメントを公開しており、<第三者委員会の報告書をみると1浪の女性は1浪男性より80点も得点調整をされていました>と説明。同大に対して、受験料6万円と、2浪時に発生した入学していない大学の入学金100万円の返金を求めている。彼女の文章は、入試差別によって大きな経済的負担が生じ、精神的にもとても苦しんだということが伝わってくるものだった。
また、現役の医学部生からも抗議の声が上がった。
信州大学1年の直江翔吾さんは、「医学部受験は競争が激しく、みんな非常に努力をしてきているのに、性別だけで人生が狂わされることに怒りが湧きました」とコメント。同大学2年の田村大地さんは、浪人差別にも触れ、「学生間では、女性差別はしてはいけないことであるという認識が広がってきてはいるものの、浪人差別に対しては仕方がないという空気がある。働き方や、医療界にあるパワハラやセクハラも見直す必要があるのではないか」と訴えた。
差別が起こる社会構造を変えていく必要がある

「医学部入試における女性差別対策弁護団」弁護士の角田由紀子さん
では、医学部入試の差別はなぜ起こったのか。産婦人科医の対馬ルリ子さんからは、医療現場の問題点の指摘がされた。
対馬先生「東京医大の不正入試が明らかになったときには、女性医師の中にある『仕方がない』『男性と同じように働けない私たちが悪い』というような諦めや、自己肯定感の低さを感じました。わたしには娘がいますが、娘も『男性だって辞めたいと思っていてもうつ病になったり、自殺したりするまで続けている。でも、女の人は辞めちゃうから仕方ないよ』ということを言うんです。うつ病になったり、自殺したりするまで追い詰められるような状況は、医師の働き方の問題だとわたしは思います。男性が悪いか女性が悪いかという話ではなくて、医者も人間らしく生きて、協力し合って良い医療を作っていくという視点が不足しているのではないかと感じています」
東京大学大学院総合文化研究科准教授の四本裕子さんは、医大の不正入試について、Twitterで見られた見当はずれな意見に対して、こう反論する。
四本先生「Twitterでは、『医者は睡眠もままならない重労働なので女性には務まらない』という意見がありました。しかし、海外では医師の半数が女性です。また、日本では男性より女性の方が睡眠時間が少ないというデータもあります。もし医師の仕事が『睡眠時間を削ってやるべき』ものというのなら、女性の方が向いているということになりますね。介護や看護は重労働で、かつ賃金も比較的安い仕事ですが、これらのが女性の仕事とみなされていることにも矛盾しています。
『女性医師は離職率が高いから仕方がない』というコメントもありました。けれど、同じ環境で男性医師が働き続けられるのは、家事や育児という無償労働をパートナーが代わりに引き受けているからです。1週間当たりの医師の家事労働時間は男性医師3時間、女性医師30時間というデータも出ています。
こうした現状を鑑みてなのか、『医療の現場は女性が働きづらいのだからしょうがない』とう意見、これはよく聞くものです。しかし、これを理由に女性医師を排除し続けたら、いつまでも状況はよくなりません。一番大事だと思うのは、そもそも男性か女性かで人間を二分割して考える社会からの脱却を図るべきではないか、ということです」
「東京医大等入試差別問題当事者と支援者の会」の北原みのりさんは、「私たちは声を上げ続ける必要があり、不正を認めさせないといけないと思っています」と呼び掛けた。「東京医大等入試差別問題当事者と支援者の会」のTwitterアカウントでは、裁判についての情報を発信している。
また、署名サイトChange.orgでは、聖マリアンナ医科大学が第三者委員会の報告を認め差別に対して謝罪を求める署名が立ち上がり、3月23日現在で27,000筆以上の署名を集めている。
「医学部入試における女性差別対策弁護団」弁護士の角田由紀子さんは、「そもそも医大不正入試は、他の問題(文科省官僚の汚職事件)がきっかけで明るみに出たものでした。この社会において、女性差別は非常に巧みに隠されており、特別なきっかけがない限り明るみには出ないのです。このことは、社会において女性差別がいかに確信的に行われており、根深い問題であるかを示しています。医学部入試だけでなく、社会全体に根付いている女性差別をどう暴き、正していくかが、わたしたちの課題だと思います」と話した。
医大不正入試がまかり通ってきた背景には、差別を許す社会的な構造があった。つまりこれは、医学部を受験する当事者や受験生が身近にいる人だけの問題ではない。医大不正入試を「女性や浪人生を減点することは仕方がないことだ」「このくらい許されるのではないか」と見逃すことは、また別の差別を許す空気を生むことにもつながりかねない。声を挙げることが必要だ。