「こうあるべき」という思い込みが差別につながるーー落語家・僧侶 露の団姫さんインタビュー【前篇】

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 自分勝手な思い込みでしかない“こうあるべき”を押し付けられることで、差別が生まれると、団姫さんはいう。

団姫「“差別”は、元は仏教用語の“シャベツ”から来ています。その意味とは、現在の“区別”にほぼ等しいものでした。男性と女性は身体的に異なる……これがシャベツで、物事の違いを表しています。でも現代でいうところの差別は、その違いによって不当に低く扱われることをいいます。医大を受験したら女性というだけで点数をひかれる、とか」

 国ごとの男女格差を測るジェンダーギャップ指数ランキングにおいて、153カ国中121位という事実をあげるまでもなく、日本は女性差別が根強く残っている。しかしその格差をなくそうとする動きを見て、「日本は女尊男卑社会だ」という声も聞かれる。

団姫「平等がどういうものか、よくわかっていない人が多いように見えますね。平等というのも、もとは仏教的な考え方なんですよ。仏教の祖・お釈迦さまが生きた時代のインドはすでにカースト制度があり生まれや身分によって人が差別ました。そんななかで、平等という考え方をされたのはお釈迦さまが初めてという説もあります。女尊男卑を訴える人たちはよく女性専用車両がその表れだといいますが、その導入によって男性が不当に低く扱われているわけではないですよね。必要だから設けられたものです。それは差別でも、不平等でもありません。でも、世の中には自分も同じものをもらえなければ許せないという人がいるようですね」

区別と差別

 このこともまた、団姫さんは仏教の教えでもって解き明かす。

団姫「お釈迦さまは、平等というものを雨にたとえられています。大きな樹にはたくさん、小さな草には少しだけの雨が降り注ぐ。その人に必要なものが必要なぶんだけ与えられるイメージです。お米を分けるときに、身体の大きさやお腹いっぱいになる量を考えず全員に1合ずつ配分すると、足りないと感じる人が出てきます。そこでシャベツを考えるわけです。この人は身体が大きいから1.2合、小柄な人には0.8合。シャベツ=区別をもとに分けていくと、全員に行き渡る。支援やサポートを行き渡らせるために必要なものが区別なんです」

 そんな団姫さんが、18歳で飛び込んだのが落語の世界だった。僧侶になる、というのと同じく、子どものときから大切にしてきた夢への一歩を踏み出した。

 いうまでもなく、男性中心社会である。近年は、女性の落語家も少しずつ増えてきてはいるが、数としては男性の10分の1程度。入門した当初から「女に落語なんか無理や」「女の落語なんか誰が聞きたいねん」と心ない言葉をかけられることも多かった。

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