「姓が変わったら自分が自分じゃなくなる気がする」ーー落語家・僧侶 露の団姫さんインタビュー【後篇】

文=三浦ゆえ
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 落語家であり、僧侶であり、現在は自身のお寺を開山準備中という、露の団姫(つゆのまるこ)さん。子どものころから、「女性ならこうあるべき」と押し付けてくる社会に疑問を感じてきた。その疑問を教師にぶつけては叱られ、落語家になるため入門してはさっそく「女は認めへん」と言われてしまう。

【インタビュー前篇はこちら】

 私生活では、2011年に太神楽曲芸師の豊来家大治朗と結婚。そのときに話し合い、夫の姓をになることを選んだ。日ごろ芸名で活動しているため当初はそれほど気にならなかった。しかしそのうち、婚姻姓で呼ばれることを苦しく感じはじめる。マイナンバーに書かれた婚姻姓を見るたびに、妊娠中に検診で病院を訪れ婚姻姓で呼ばれるたびに、自分が何者なのかを見失いそうになった。夫がきらいなわけではない。ただ、自分の名前で生きたいだけ。

団姫「いま私に何かあったら、この名前で死ぬことになるのかー……と思ったこともあります』

姓と支配欲

 団姫さんは当時を振り返る。

団姫「実は小学生のときから、姓が変わったら自分が自分じゃなくなる気がする、と考えていたんですよね。でも周りは『大好きなモリタカシ君ともし結婚したら、私もモリハナコに!』という会話で盛り上がっている年ごろ。誰かに聞いてもらうなんてできませんでしたね。結婚するときは、ふたりでよく話し合って、自分も納得して夫の姓にしたのですが、アイデンティティの危機に陥りました。いままで生きた自分を否定されているような気持ちだったんです」

 そこで夫と話し合った末に“ペーパー離婚”をし、事実婚夫婦となる道を選んだ。団姫さんは元の姓に戻った。それ以前に団姫さんは、姓だけでなく名前も変えている。その名前のユニークな変遷については著書『女らしくなく、男らしくなく、自分らしく生きる』(春秋社)に詳しい。

団姫「私にとって、どちらかの姓になるというのは対等さが失われることでもありました。会社でいうと吸収合併されたようなもので、独立した個人でなくなる感じです。実際、妻にDVをした男性に、DVをはじめたきっかけを調査したら、『結婚して妻が自分の姓になったとき』というのが一番多かった、という研究もあるそうです。自分のものになった、自分のほうが上の立場になった……そんなつもりはなくても、相手が姓を変えたことによって勘違いする人が残念ながらいるようです。もちろん、そうでない人のほうが多数ですが……。結婚はしても別個の人間として尊重しなければいけないのに、夫婦同姓は人間が持つ支配欲に都合のよい錯覚をさせてしまう怖さがあります。だからこそ、この制度を次世代に残してはいけないと感じました」

 とはいえ、日本が選択的夫婦別姓へといつ舵を切るのか、それともこのまま夫婦同姓に固執しつづけるのか……見通しは立たない。先日も愛媛県議会で県議のひとりが「安易な選択的夫婦別姓は犯罪が増えるのではないか」と発言したと報道された

団姫「本当にじれったいですよね、そんなとき私はTwitterがあってよかったと思いました。基本は情報収集、情報発信のためのアカウントとなのですが、私はそこではじめて選択的夫婦別姓を望んでいる人たち、なかなか実現しないことに憤っている人たちをたくさん見つけることができました。それまでにも同じ考えの人に会ったことがないわけではないのですが、人数にするととても少なくかったから、心強いと感じましたね」

 TwitterをはじめとするSNSでは、夫婦別姓問題をはじめジェンダーに関して声を上げている女性たちが少なくない。これまで踏みつけられてきたことへの怒りを露わにする人もいる。

“怒り仲間”がいる

団姫「仏教では“怒り=悪いこと”とされていると思われがちです。お釈迦さまもそう解釈できる言葉を残していて、だからお坊さんが怒ることを許せない人もいます。でも他者を攻撃する怒りはよくないものですが、己を奮い立たせ、物事をよい方向へ動かすための原動力となる怒りは、ときとして必要だと思います。
 Twitterでは、怒っている人がたくさんいますね。でも、私よりも怒っている人がいることを、頼もしいと感じるときもあります。“怒り仲間”とでもいいましょうか(笑)、一緒に怒ってくれる仲間が疲れはじめると、最終的にひとりで怒るしかなくなりますから。仲間が攻撃されてたら、私も一緒に声を挙げようと思います。つながっているなぁと感じますね」

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 日本では、“女性が怒る”ということにアレルギー反応を起こす人が多いように見える。

団姫「スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥンベリさんがストレートに怒りを表現しながらスピーチしているのを見て、嫌悪感を示す人がたくさんいましたね。グレタさんはアスペルガー症候群であることを公表していますし、あの表情も私たちが思っているのとは違う感情があるのかもしれない……と考える以前に、彼女の態度が自分たちの知っている女性像と違うということで反射的に拒否してしまうんでしょうね。彼女がニコニコしながらスピーチしていたらまた違う反応があったかもしれませんが、私はあれくらい怒ってもいいかなと思っています」

 ここにも、固定観念に基づく押し付けが見られる。

団姫「押し付けは本当に多いですね。私は剃髪しているのですが『女なら、髪を伸ばせ』といってくる人もいます。60代、70代の尼僧のところにわざわざ電話してきて、同じことを言う人もいるそうです。そんなふうに人に何かを押し付ける人は、自分も何かを押し付けられて苦しいのでしょう。自分の人生が思いどおりにならない歯がゆさを、他者で発散しようとするんですね。でも、仏教では人間界のことを“忍土”といって苦しいものだとしています。その人の能力が足りないから苦しい、ではなくて、そもそも苦しい。これが前提なので、まずはそこに気づいてほしいです」

 それだと救いがないのでは……。

団姫「いえいえ、苦しいのは悪いことじゃないんですよ。苦しいからこそ、気づけることがあります。忍土である人間界の上には“天”があります。キリスト教の“天国”と勘違いされやすいですがそれとは違って、苦しみがなく穏やかで寿命が長く争いごとのない世が、仏教でいう天です。こんな状態だと人は、何か問題があっても気づかないんですよ。いつかは死ぬのですが、思考停止してしまって死の問題に向き合う機会がない。だから仏を求める気持ちが起きず、仏と出会えない……。人間界は基本的に苦しいので、どうにかしたいという気持ちになって、神さま仏さまを求める気持ちが出てくるというシステムです。神仏を拝むかどうかは個人の自由ですが、問題に気づけば解決の方法を自分で考えられますよね。一番怖いのは、思考停止です」

 女性ならこう、男性ならこう、夫婦なら同姓にして然るべし、なぜなら家族とはそうあるべきだから、それが絆というものだから……。考えることをやめてしまうと、何も変わらない。露の団姫さんは考えつづけて、「女らしくなく、男らしくなく、自分らしく生きる」というひとつの結論にたどりついたのだろう。

「こうあるべき」という思い込みが差別につながるーー落語家・僧侶 露の団姫さんインタビュー【前篇】

・「落語家」であり、・これからお寺を開山しようとしている「僧侶」でもある。 このふたつの要素から、どんな人物を連想するだろうか。多くの人は「男性…

「姓が変わったら自分が自分じゃなくなる気がする」ーー落語家・僧侶 露の団姫さんインタビュー【後篇】の画像1
「姓が変わったら自分が自分じゃなくなる気がする」ーー落語家・僧侶 露の団姫さんインタビュー【後篇】の画像2 ウェジー 2020.04.11

Information

露の団姫さんは現在「道心寺」の開山準備中!
開山費用に約3,000万円がかかり、賛同者から寄付を募っています。詳しくは、露の団姫のホームページまで。
http://www.tuyunomaruko.com/doshinji/

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