入管長期収容問題を「他人事」で片付ければ、いずれ自分に返ってくる/志葉玲さんインタビュー

文=wezzy編集部
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ジャーナリストの志葉玲氏

 迫害から逃れてきた難民など、理由があって国に帰ることができない外国人が法務省・出入国在留管理局の収容施設に長期収容されている問題。

 長期収容を苦にした自殺者や、抗議のためのハンガーストライキによる餓死者なども出ており、重大な人権侵害として社会問題となりつつある。最近では『NEWS23』(TBS系)などテレビでも取り上げられるようになってきた。

 法務省は昨年10月から「収容・送還に関する専門部会」という有識者や実務者を集めた政策懇談会を開いているが、ここで自国への送還を拒否している外国人を処罰する「送還忌避罪」なるものが検討されているという。

 難民の中には自国に帰れば命の危険のある人もいる。にもかかわらず、日本から強制的に追い出すためのルールを強化することばかりに熱心で、いかにして彼らと共生するかは議論の俎上にものらないのだ。

 難民問題に詳しいジャーナリストの志葉玲氏に、日本における難民認定制度の問題点について話を聞いた。

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志葉玲
ジャーナリスト。パレスチナやイラクなどの紛争地、脱原発・自然エネルギー、米軍基地問題など幅広く取材活動を行っている。著書に『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共編著に『原発依存国家』(扶桑社新書)、『イラク戦争を検証するための20の論点』(合同ブックレット)など。イラク戦争の検証を求めるネットワークの事務局長。

──まず、「送還忌避罪」が検討されていると報道された法務省「収容・送還に関する専門部会」の議論に関して、どのように見ていますか?

志葉玲 「あり得ない」のひと言だと思います。具体的にどのような内容で送還忌避罪が考えられているのかは昨年12月以降の議事録が公開されていないので分かりません。私も法務省に問い合わせているのですが、「出席者のチェックが必要」と言って応じようとしない。そもそもこのこと自体も問題です。
ただ、現状分かっているだけでも送還忌避罪は様々な点で無理筋なものなのではないかと思います。
 まず、違憲の可能性が考えられる。日本国憲法39条には<同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない>として二重刑罰を禁止していますが、送還忌避罪は二重刑罰にあたるのではないか。
 入管施設への収容は厳密には刑罰ではありませんが、長期間にわたって個人の自由を拘束するなど、事実上、懲罰的に運用されています。そこに送還忌避罪が加わると、刑事罰が課せられるわけですから、二重刑罰にあたるのではないかという議論は当然でてくるでしょう。

──なるほど。

志葉玲 他にも問題はあります。日本への出入国手続き、外国人の在留資格、難民認定手続きなどを定めた法律として出入国管理及び難民認定法がありますが、この国内法にも矛盾しています。
 迫害を受ける可能性のある自国へ難民を送還することを禁止した「ノン・ルフールマンの原則」という国際的な基準があり、出入国管理及び難民認定法もノン・ルフールマン原則に沿っています。
 送還を拒んで入管の収容施設に入っている人の約7割は、難民認定申請者か、過去に申請を行ったことのある人です。その中には、国へ帰れば迫害を受ける可能性のある人も多い。
 そういった状況にある人に対して、送還拒否することを罪とすることは、ノン・ルフールマン原則とも国内法とも合っていない。
 また、日本は1981年に難民条約に加盟していますが、難民条約第31条にも<庇護申請国へ不法入国しまた不法にいることを理由として、難民を罰してはいけない>というノン・ルフールマン原則に即した条文がありますから、送還忌避罪は難民条約とも整合性がつかない。

難民を強引に帰国させるとどうなるのか

──正直、日本にいると「難民」という存在が身近ではありません。テレビのニュースでは国際政治がほとんど扱われませんし、保守層を中心に「さっさと国に帰れ」などという論調が出る背景には、私たちの知識不足もあるのかなと思います。具体的に日本にはどういった難民が来ていて、彼らは国に戻るとどうなるのですか?

志葉玲 たとえば、トルコ系クルド人の人たちは、トルコ政府から迫害を受けている。彼らはトルコの中でクルド語を使うことができないし、2015年末にはトルコ南部ディヤルバクルでの対クルド人ゲリラ掃討作戦により、多くの住宅地が破壊され、銃撃や砲撃が行われたため、約50万人のクルド人の人々が我が家を追われている。
 これは取材したトルコ系クルド人の方に直接聞いた話ですが、「街を歩いているだけで、なにをしたわけでもないのに、トルコ人のレイシストにいきなり刺される」といったすさまじく危険な状況が現在もあります。
 しかも、警察がそういった暴力をきちんと取り締まってくれないので、守ってくれる後ろ盾もない。

──公権力すら迫害に加担している。

志葉玲 クルド側にはトルコ政府を相手に独立を求めている武装組織がいるわけですが、そういった組織に入っている人が友人や親族にいたりするだけで、反政府活動に関わっているとしてでっちあげの容疑で逮捕されたりもする。
 先ほど申し上げたような状況下での捜査ですから、人権が守られるはずもなく、非常に苛烈な拷問を受けるのは言うまでもありません。半年ほど前にインタビューしたクルド人の方も、つい最近知り合いがトルコ人に殺されたとおっしゃっていました。
 ちなみに、昨年10月にはトルコがクルド人勢力をターゲットにシリア北東部に軍事行動を行ったのが日本でも報道されました。

──そんな状況では帰れるわけがないですよね。

志葉玲 危ないのはクルド難民だけではありません。例えば、東南アジアのミャンマーが軍政時代だった2000年代は、民主化活動家達が外国から帰国したら空港に刑務所行きのバスが待機していたそうですし、イスラム教徒のロヒンギャ達は、民政移管後の2017年にもミャンマー軍によって村ごと焼き討ちに遭い、無差別虐殺されており、現在も危機は続いています。そういった状況で、ロヒンギャ難民がミャンマーへと送還された場合には、現地当局に拷問を受ける可能性は非常に高いですし、殺される可能性だって否定できない。
 こういった人権がないがしろにされている状況下の刑務所や収容所でどんな暴力が行われているかについては、ヒューマン・ライツ・ウォッチやアムネスティの報告書をご覧いただければよく分かると思います。

なぜ長期収容が常態化したのか

──難民の方々が簡単に送還を受け入れるわけにはいかない背景はよくわかりました。日本側が取るべき対応は本来、どのようなものだと言えますか。

志葉玲 いま入管収容施設において長期収容問題が起きている理由は、在留特別許可や仮放免が出にくくなったからです。だから、在留特別許可や仮放免を以前のように出せば、ある程度は解決するはず。(様々な事情から在留許可を得られていない在日外国人を一律に入管の収容施設に収容する)全件収容主義や無期限収容の問題など、考え直さなくてはならない根源的な問題は他にありますけれども。しかし、法務省は収容・送還に関する専門部会において、そちらの方向には議論を進めていない。

──そもそも、なぜ在留特別許可や仮放免が出にくくなったのですか。

志葉玲 よく言われているのは、東京オリンピックの影響ですね。こういった話が出るのには理由があります。そのひとつが、2018年4月にまとめられた警察庁・法務省・厚生労働省の三省庁による合意文書「不法就労等外国人対策の推進(改訂)」です。
 この合意文書では、<政府は、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会に向けて「世界一安全な国 日本」を作り上げることを目指している>とオリンピックに向けての治安対策の重要性が書かれていますが、その際に問題となる「不法就労等外国人」として、<実際には条約上の難民に該当する事情がないにもかかわらず、濫用・誤用的に難民認定申請を行い、就労する事案>などと難民の問題をあげています。

──先ほど志葉さんは、「送還を拒んで入管の収容施設に入っている人の約7割は、難民認定申請者か、過去に申請を行ったことのある人」「中には国へ帰れば迫害を受ける可能性のある人も多い」とおっしゃいました。法務省側は彼らをも偽装難民だというわけですか。

志葉玲 ただこれに関しては「鶏が先か、卵か先か」といったところがあって。法務省はもともと難民認定申請者の多くを「偽装難民」として捉え、救うべき難民を難民として認定してこなかった経緯があります。
 率直に言って、日本にはもともと非常に排外主義的な傾向がある。そこに来て、オリンピックという口実が生まれたことから、治安対策の名目で締め付けを厳しくし、在留特別許可や仮放免を出さない方針に転換しているように見える。

日本の難民認定率は異常なまでに低い

──根本の問題は、難民認定制度にあると。

志葉玲 長期収容の問題を議論する際に考えなくてはならないのは、日本の難民認定率の異常なまでの低さについてです。日本の難民認定率は約0.25%しかありません。
 この数字の異常さは他の先進国と比較すれば一目瞭然です。「収容・送還問題を考える弁護士の会」がまとめた2018年のデータによると、カナダは約56.4%、アメリカは約35.4%、イギリスは約32.5%、ドイツは約23%ですから、いかに日本が難民に対して冷たいかがよく分かると思います。

──他の国は二桁なのに、日本は1%もない。島国だからというだけではありませんよね。

志葉玲 先ほどお話したトルコ系クルド人の場合ですと、彼らが迫害され、人権侵害の状況に置かれていることは国際的な共通理解ですから認定率も高く、
カナダでは約89.4%、アメリカでは約74.5%が難民として認定されています(「収容・送還問題を考える弁護士の会」調べ、2018年)。一方、日本では0%です。

──ゼロですか!?

志葉玲 トルコは親日国ですし、また、法務省とトルコ治安当局はテロ対策などの面で協力関係にある。
 トルコ系クルド人を難民として受け入れることは、トルコ政府の行っていることを迫害と認めることになるので忖度が働いているという分析もありますが、いずれにせよ、日本の難民に対する冷酷な態度がこの数字からよくご理解いただけると思います。

──あまりにひどい。

志葉玲 だから、長期収容問題を考える際には、まず根底にある日本の難民認定制度の問題点を取り扱わなければ本質的な議論にはならない。
 日本の難民認定制度の問題点は認定率の低さだけにとどまりません。
 UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)が「難民認定基準ハンドブック」というものを出しており、各国はそれに則って難民認定をしているわけですが、日本はその限りではなく、法務省の独自の基準で認定をしている。
 法務省の「難民」の定義は非常に狭く、「政治亡命者」ではなく「紛争難民」が多くなった現状に対応できていないのです。

──なるほど。

志葉玲 問題は他にもあります。難民の中にはパスポートひとつで着の身着のまま日本まで逃げてきたような人も多くいますが、そういった人たちに対して非常に高いハードルを課しています。
 慣れない日本語で必要書類をつくらなければならないし、迫害の恐れがあると証明する上で必要な書類も現地政府側の文書であったりと、我々ジャーナリストですら入手が困難なものが含まれていたりする。それは無理でしょう。

──法務省の難民認定審査には問題が数多くあるのですね。

志葉玲 その審査の詳細もブラックボックスの中にあります。難民認定が認められなかった場合に、どういった審査の過程を経て「認定を認めない」という結論に至ったのかが難民認定申請者には明かされないのです。
 そこが分かれば、次に申請する際は必要書類を改めて揃えるなどの対策を立てることもできるわけですが、なにがいけなかったのかを示すことすらしてくれないと難民認定申請者だって動きようがない。

難民オリンピックチームの活躍を日本人はどう見るのか

──コロナによってそもそも東京オリンピックが行われるのかどうか不透明な状況にあるわけですが、中止になるにせよ、延期になるにせよ、予定通り行われるにせよ、オリンピックが終わったら元の状態に戻るのでしょうか?

志葉玲 オリンピックをきっかけに始まったことかもしれませんが、オリンピックが終わったからといって在留特別許可や仮放免が以前のように出る状況に戻るかは怪しいと思いますね。
 1981年に難民条約に加盟したけれど、日本政府・法務省は基本的に難民を受け入れたくない。この態度は昔から露骨です。
 だから、一度この方向に進んで前例をつくってしまった以上、オリンピックがどうなろうと状況が変わることなどないのではないかと思わざるを得ないですね。

──もはやオリンピック次第とは言えないわけですね。

志葉玲 日本政府はそんなに外国人のことが嫌いなら、オリンピックなんてやらなければいいんですよね。はっきり言って。
 2016年のリオデジャネイロ大会から、難民となって母国からオリンピックに出場できない選手が集まった難民オリンピックチームが生まれ、東京大会にも出場する予定です。これはすごいパラドックスですよね。
 おそらく、彼ら難民選手チームの活躍を世界的には多くのメディアが感動的に扱うでしょう。しかしその一方、日本は難民に対して冷酷な扱いを続け、国民の大半もそれを無視している。

──きっとメディアはお祭り騒ぎのネタのひとつとして難民オリンピックチームを消費するだけで、自分たちの足元にある問題に目を向けることはないでしょうね。

志葉玲 日本が難民に対してやっていることは、再三にわたって国連の人権関係の委員会から勧告を受けており、もうすでに国際社会から白い目で見られています。
 入管がどれだけひどいことをやっているかというのは、散々国内メディアでも報道されたし、もう社会全体が共有していますよね。
 それにも関わらず、まだこの状況を放置するのですか? いまは日本人の人権意識が問われている状況と言える。
 これでもまだ問題を見なかったことにするのであれば、日本は他国から「人権後進国」と言われても仕方がない。
 もしかしたら、「外国人が対象なので私たちには関係ない」と思っているのかもしれませんが、この問題を引き起こしているのは、日本の法務省であり、彼らの低い人権意識は、いずれ日本人にも向くことになるでしょう。
 決して他人事ではない。次の被害者はあなたかもしれない。そのことをいったいどう考えるのでしょうか。

(取材、構成、撮影:wezzy編集部)

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