育児の「正しさ」に苦しまないで。親と子の関係から紐解く逆算の子育て

文=雪代すみれ
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信田さよ子さん(左)、清田隆之さん(右)

 あなたが子どもの頃、親にされて嫌だったことはありますか? 

 親になったとき、自分が親にされて嫌だったことを我が子にはしたくない、と考える人は多いのではないでしょうか。

 ただ、子育ては誰もが初心者からのスタートです。子どもに何をしてあげればいいのか悩むのは当たり前のことですが、世の中には星の数ほどの育児書や、ネットの子育て情報が溢れ返っていて、いったいどれを信じたらいいんだろうと迷ってしまうのは自然なことです。
 
 そんなときにおすすめしたい本が、2019年10月に発売された、信田さよ子さん著『後悔しない子育て 世代間連鎖を防ぐために必要なこと』(講談社) です。カウンセラーの信田さんが子を持つ親のさまざまな悩みを聞き、その原点にある母娘(ははむすめ)関係を見つめてきた経験に基づいて、子育てについて「何をしてあげるべきか」ではなく、「これだけはやってはいけない」ことを教えてくれます。

 2020年2月、東京・下北沢の本屋B&Bで、著者の信田さよ子さんと、恋バナ収集ユニット「桃山商事」代表で双子の父親になったばかりの清田隆之さんによる、刊行記念トークイベントが行われました。本記事では、その一部をレポートします。

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■信田 さよ子(のぶた・さよこ)
1946年生まれ。岐阜県出身。公認心理師・臨床心理士。お茶の水女子大学文教育学部哲学科卒業、同大学院修士課程家政学研究科児童学専攻修了。1995年に原宿カウンセリングセンターを設立、所長を務める。親子・夫婦関係、アディクション(依存症)、暴力、ハラスメントといった問題に悩む人たちやその家族にカウンセリングを行っている。『母が重くてたまらない』『〈性〉なる家族』(以上、春秋社)、『カウンセラーは何を見ているか』(医学書院)、『母・娘・祖母が共存するために』『あなたの悩みにおこたえしましょう』(朝日新聞出版)など、著書多数。

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■清田 隆之(きよた・たかゆき)
1980年生まれ。東京都出身。文筆業、恋バナ収集ユニット「桃山商事」代表。早稲田大学第一文学部卒業。これまで1200人以上の恋バナを聞き集め、「恋愛とジェンダー」をテーマにコラムやラジオなどで発信している。『cakes』『WEZZY』『精神看護』『すばる』『現代思想』など幅広いメディアに寄稿。桃山商事としての著書に『生き抜くための恋愛相談』『モテとか愛され以外の恋愛のすべて』(ともにイースト・プレス)、単著に『よかれと思ってやったのに──男たちの「失敗学」入門』(晶文社)など。

「正しい」とされる情報に縛られてしまうこともある

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清田隆之さん(以下、清田):実は、この対談を依頼していただいた頃にちょうど双子が生まれまして、いま絶賛子育て中なんですよ。なので、信田さんの『後悔しない子育て』(講談社)はとてもタイムリーな本でした。本書では、子育ての情報があまりに多すぎることによって、逆に親が不安になってしまうことが書かれていますが、自分たちにもめちゃくちゃ心当たりがあります。
 特に産まれたばかりの頃などは、子育てでわからないことが毎日のように発生するじゃないですか。それですぐにネット検索して、1番目か2番目にヒットした記事をパッと読んで参考にする、みたいなことがすごくある。でも、そもそもネットの情報は玉石混合なので取捨選択が必要になりますし、あまりにも情報量が多すぎて、そこで「正しい」とされていることすべてを自分の行動にフィードバックさせようとすると、どんどんがんじがらめになってしまうような感覚があって。 
 一方で知識不足は問題を引き起こしかねない。例えば今日は子どもの予防接種がありまして、お医者さんから「予防接種後はウンチにウイルスが混ざり、大人に感染してしまうこともあるので、1週間くらいは取り扱いに気を付けてください」という説明を受けたんですね。僕は「ふ〜ん」くらいに軽く受け取ってしまったのですが、妻はウイルスのことを調べていたので、おしりを拭くときはその都度エンボス手袋をして、下にシートを敷いて、終わった後は除菌して……というルールを構築したんです。ちょっと面倒に感じて「そこまでやるの?」と言ってしまったんですが、親である我々が動けなくなってしまうとすぐ危機的な状況になってしまうわけで、どう考えても彼女のほうが正しい。このように、情報不足にも情報過多にもなり得る状況の中、手探りで子育てをしている親は多いのではないか。信田さんの新刊は、まさにそのような親たちに向けて書かれた本だなという感想を持ちました。

信田さよ子さん(以下、信田):ありがとうございます。今日、イベントに来てくださった方は、「私たちはどうやって親になるか」というテーマのお話を期待されているのかなと思うのですが、親はなろうと思ってなるわけではなくて、「親になっちゃった」という感じなんですよね。清田さんは双子ちゃんなのでなおさら大変だと思います。親になるというのはどういう感じだったのですか。

清田:いきなりの双子だったので、1人と2人でどう違うかというのが正直わからないんです。まず、桃山商事の活動を通じて妊娠・出産期の女性たちから夫の“他人事感”にまつわる不満や愚痴を聞いていたので、妊娠中の妻にしっかりコミットしないと大変なことになるぞということは知識としてありました。でも、妻がつわりでものが食べられなくなったり、嗅覚が敏感になりすぎて僕には検知できないレベルのニオイで気持ちを悪くし、マスクを二重にしながら「この部屋から引っ越したい」とキレ出したり……。妊娠期の女性は体内環境が激変し、それに伴って体調も乱高下するという知識は本などで読んで知っていたものの、彼女の身体に起きている激しい変化を体感することはできないので、どれだけ妊娠にコミットしようと思っても膜一枚分の隔たりというか、埋まらない距離のようなものをずっと感じていました。

信田:女性にとっては、妊娠期の自分を気遣ってくれたり、夫が当事者意識を持ちたいと努力してくれるだけでもいいよね。

(客席、頷く)

信田:頷いている方、いっぱいいますよ。そういう意識どころか、妊娠期や出産後にわざと遅く帰ったり、なかには不倫をしたりする男性もいますよね。それは一番許せないことです。ただ、清田さんを“男性代表”と思っているわけではないですが、清田さんと同じように、妻が妊娠・出産する過程をシェアしたいと考える男性は増えているのでしょうか。
 一部のインテリジェンスのある男性は、ポーズとして行っている部分もあるのではと思います。男性が会社で「今日は子どもを保育園に送ってきたんですよ」と同僚に言うことが、ある種のステータスになっているようにも見えていて。

清田:統計的な部分はわかりませんが、身のまわりの男性を見ている限り、子育てに消極的な人は少ない印象です。みんな共働きだし、「子育てにコミットしない」なんてことはどうやったってできないだろうと感じています。ただ一方で、世の中にはまだまだ「子育て=女性の役割」という考えが根強く、男性がコミットしているだけで謎に褒められる風潮がある。いわゆる「下駄」というやつですよね……。ちょっと子どもの送り迎えをしたり、家事をしたりするだけで「いいダンナさんですね」なんて言われることがあり、本人もその旨味を覚えてしまう。それでさらに意欲が増すならいいことなのかもしれませんが、家事や育児をやってる(とアピールする)ことが、他の男性に対して優越感を得られる材料になってしまうケースが結構あるように感じています。
 ジェンダーの問題やフェミニズムに関しても似たようなところがあって、学ぼうとしたり、理解を示すようなことを口にしただけで賞賛され、ひどい場合にはマウンティングの道具になってしまうこともある。この現象を勝手に「フェミマウンティング」と呼んでいるんですが、ジェンダーを学んだはずなのに、そのことによって再び男らしさの構造に絡め取られていく(しかも無自覚に)。これってめちゃくちゃ怖いことだなと怯えていて、子育てやフェミニズムに一抹の語りづらさを感じています。褒められると簡単に浮かれてしまう部分が正直あるので……。

信田:わたしはカウンセリングでDV(ドメスティック・バイオレンス) の問題を扱っていますけれど、「俺はフェミニストだ」というDV 加害者ほどタチの悪いものはないです。

清田:ま、まじすか……。

信田:ジェンダーの本をたくさん読んで、知識を持っているので、その分、妻に対する支配やマウンティングが巧妙で、被害者は追い詰められてしまって、逃げ場がないんです。
 それから、意外に思われるかもしれませんが、フェミニストのお母さんが、自分の娘に対する言動がひどいというケースをいくつも見ています。

清田:そういえば以前、母親がバリバリのフェミニストだったという知り合い男性から話を聞いたことがあるんですけど、彼は息子を褒めてくれなかった母親や、フェミニズムというもの自体にも恨みを抱いてました。

信田:やはり問題なのは、親の「自分が正しい」という信念ではないでしょうか。わたしは、フェミニズムは「自分が正しい」と思う学問ではないと思っているんですよ。むしろ、自分の権力や特権性に敏感になること、それがフェミニズムの根幹だと思います。
 ただ、よくあるのは、自分が大変な思いをして努力した結果、社会に出て大きな役職につけたという母親が、娘の交際相手を批判したり、勝手に決めたりというパターンです。そういうタイプのお母さんでしたら、息子が反フェミニズム・女性嫌悪になるのもわからなくはないです。

清田:ミソジニーって「女嫌い」と言うくらいだから、女性に対してネガティブな気持ちを抱いている人をイメージされがちですが、女性を聖なる存在・女神とみなして扱うこともミソジニーに含まれるんですよね。その知り合い男性にもめちゃくちゃそういうところがあって、女性を容姿でジャッジしたり、「痴漢被害よりもえん罪被害のほうがダメージ大きい」とか言ったりする人なんですが、その一方で特定の女性を過剰に神聖視したり、包容力がありそうなタイプの女性に飲み会で膝枕をしてもらったりしていた。彼を見ていると、得意げに女性批判みたいなことを語る自分と、飲み会で女性にバブバブ甘えている自分に、どう折り合いをつけて生きているんだろうと不思議でした。
 彼は泥酔したときに「俺は母親に甘えられなかった」と愚痴っていたことがあって。その「満たされなさ」みたいなものが源泉にあるのかなと思ったりしたのですが……。

信田:女性に対して菩薩幻想を抱く男性は多いですよね。たとえば、キャバクラの女性に求めるのって、そういうものでしょう。絶対に自分を批判しない、全てを受け入れてくれるという幻想を、数時間分、お金で買っている。安い買い物だと思うんですけれどね。

清田:キャバクラも不思議な空間ですよね……。駆け出しの頃、仕事でご一緒した代理店の方に何度か連れられて行ったことがあるんですが、一番下っ端ということもあって楽しみ方が全然わからず……お店のお姉さんにお酒をつぐなどしていたら、「清田くん客なのになんでそんなことしてんの(笑)」と先輩たちからイジられたりしました。あと、出版関係の仕事をしているという話をしたら、お姉さんから「わたしも読書が好きで、あずまのけいご(東野圭吾のこと)とかいいですよね」と言われたことがあって、どうしようと困り、気を遣って話を合わせ続けてしまったこともありました……って、なんだか、子育てと関係のない話ばかりしてすみません。

信田:いえ、すごく意味のある話だと思います。男性がキャバクラに行く理由には、「こういう世界も知らないんじゃ男としてダメだ」という、男性同士のマウンティングもあるのかも知れませんね。

清田:確かに、あの空間ではお姉さんたちと会話すること以上に、男同士の連係プレーを見てもらうことが主目的になっているような気がします。まさにホモソーシャルですよね。話は飛びますが、東出昌大さんの不倫報道のときも、彼を擁護する男性芸能人が多かったですよね。女性タレントが不倫をしたらメタクソに叩くような人ですら。ホモソーシャルの本質って「おちんちん互助会」というか、ちんこ(=罪悪感や欲望)を人質に取り合っているようなイメージがあります。だから相互批判ができず、それが歯切れの悪いコメントにつながっているのではないか……。

信田:わたしが『母が重くてたまらないーー墓守娘の嘆き』(春秋社/2008年)を書いたときも、少し似たような雰囲気を感じました。読者のなかには、母の娘ではあるけれど、自分自身もすでに娘を持っているという方もいます。もしかしたら自分も、すでに娘に何かやってはいけないことをやってしまっているかもしれない、と考えてしまうのですね。
 家族というのは、男と女(夫婦)の力関係と、親と子の力関係が交差するところです。そのなかで、なぜか母という存在だけが“聖母”とみなされて、長らく「母の愛は疑いようもなく強いものだ」という常識があった。それはおかしいよねというのが、『母が重くてたまらない』以降の“毒親ブーム”につながっているのだと思います。
 わたしがすごく良いなと思うのは、そういう力関係がどんどん明るみになることで、それまでは被害者だと思ってもらえなかった人たちが、その被害を認めてもらえるようになる。そう考えると、前よりはいい時代になったかなと思うんです。

親になってから自分の親の異常性に気づくことも

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清田:信田さんの本を読んでいると、家庭における「男性の不在」が様々な問題につながっていることを痛感します。例えば毒母問題も、原因をたどると戦争までさかのぼるじゃないですか。戦時中は家庭から男性がいなくなり、戦後は戦争の傷を抱えた男性が家庭内で暴力を振るうなど、親としての役割を放棄するケースが少なくなかった。また高度経済成長期には、仕事ばかりで家庭にコミットせず、子どもの教育を含む家庭の責任がすべて母親にのしかかるという状況が生まれていた。そんな中で母親による支配や過干渉が連鎖的に発生した……という構造が指摘されていましたよね。

信田:母娘問題があるとしたら、それはイコール父親が不在だったということなんです。たとえ父親が家族のためにたくさん稼いできても、母と娘の間に全く切り込めなかったという点では、不在だったとしか言いようがないと思うんです。
 『後悔しない子育て』は、今の子育て世代に向けて“これだけは子どもに対してやってはいけない”ことを書いた本なのですが、わたしのカウンセリングセンターに相談に来る方の話を聴いていると、なかには親として子にやってはいけないことばかりをやっている方もいます。これはわたしの持論ですが、親になるということは親自身が満たされなくてはいけないということなんですね。自分が親からどうやって育てられたか、ある程度自覚していることも必要です。

清田:確かにそうですね。自分も子育てをするようになって、自分が子どもだった頃のことを思い出す機会が増えました。僕の実家は下町の商店街の中にある電器屋だったんですが、当時はバブルで景気が良く、勢いづいた母親がなぜかエリート教育に目覚め、中学受験で僕を立教や慶応のようなお坊ちゃま学校に入れようと躍起になっていたんです。僕自身は地域のサッカーチームでクラブ活動に打ち込んでいたのに、一方で母親から塾やお絵かき教室に通わされまして……。しかも毎日ラルフローレンの服を着させられていて、それがイヤでしょうがなくて、こっそりジャージに着替えたりしていました(笑)。
 ただ、自分はラッキーだったなと思うのが、隣の薬局や八百屋さん、はす向かいの喫茶店など、母親の過干渉から逃げ込める場所が近所にたくさんあったことです。そこへ逃げていくと、近所のおじちゃんおばちゃんたちが「お前の母ちゃん強烈だな(笑)」なんて言って味方してくれて、自分の親を相対化することができた。もし家が孤立したマンションの一室だったら、親を絶対視して精神的に追い込まれてしまっていたかもしれません。

信田:女性は妊娠や出産をきっかけに、自分がどうやって育てられたかを思い出すんです。母親から「私はつわりがひどくて苦しんだのにあなたは軽くていいわね」なんて言われたりして、そこから母娘の比較が始まります。それまで母親との関係を疑わなかった人でも、妊娠出産を機に母親との関係が悪くなるという方もいるんですよ。カウンセリングに来られた方で、里帰り出産をしたはいいけど、母親は娘を「いいお手伝いが来た」と認識していて、宅配便を受け取らせたり、家を空けて遊びに出かけたりしていたという例がありました。彼女は産後一週間で様子を見に来た夫に「君のお母さんはどうなっているんだ」と言われて、初めて自分の母親がおかしいことに気づいたそうです。新幹線に飛び乗り、夫と住む自宅に逃げ帰ったと言っていました。その後、彼女は母親との関係を断絶しています。

清田:外からの目線が入ることで、自分の母親が変だと気づけたってことですよね。

信田:確かに良いことではあるのですが、娘の場合、母親と断絶することで周囲から受ける制裁も多いんです。善意の顔をした人たちから「孫の顔を見せに行かないなんて親不孝な子だ」なんて台詞が飛んでくることもあります。それがとても残酷な言葉であるということを、知っていてほしいと思います。

清田:なるほど……性別の違いは大きいかもしれませんね。僕には妹がいるのですが、母と妹の関係と、母と僕との関係では、確かにちょっと違うように感じます。妹のほうはよく喧嘩もするし仲も良いしという感じで距離が近い。僕がのらりくらりと近所に逃げられたのは男だったからかもですね。

信田:娘の場合は、「私が逃げたらお母さんがかわいそうじゃないか」とか「お母さんが傷つくんじゃないか」とか思うかもしれないですね。ちなみにそういうとき、お父さんはどうしていたんですか?

清田:父親は全然怒らない人で、子どもにもあまり干渉しない人なんですけど、無関心という感じはなくて、何というかひょうひょうとしているんです。僕は社会人になって実家を出て、電車で30分くらいのところに住んでいたんですが、母親と妹が喧嘩をするとお父さんから電話があり、「俺じゃ止められないから帰ってきてくれ」とか言ってきたりするんです(笑)。そういうことを平気で息子に頼める人なので、父親の威厳とか男らしさの呪縛みたいなものに囚われていないところはすごいなって感じています。

信田:いいお父さんですね。清田さんが今の清田さんであることは、そんなお父さんの影響がありそうですね。

ネグレクトは思っていたより身近なことだった

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清田:以前、大学時代の恩師と話していたときに「責任」という言葉の話になったんです。責任って英語でresponsibility(レスポンシビリティ)と言いますが、これは「response(反応・応答)」+「ability(できる力)」から成る言葉で、それが責任の本質だってことを初めて知りました。
 それを痛感したシーンがありまして、子どもが生後間もない頃、夜中に全く泣き止まなったことがあったんです。妻は産後で体調がきつそうだったので、起こさないよう子どもを寝室からリビングに連れて行きました。ところが抱っこしてもミルクをあげても泣き止んでくれなくて、断続的に4時間くらい泣き続けた。で、こっちもヘトヘトになり、しかも仕事の締め切りも迫っていたので途方に暮れてしまい……そのときふと、「子どもは泣くのが仕事って言うし、泣くことで肺や腹筋が発達するのかも!」という都合のいい理屈が頭に浮かんできまして。それでヘッドホンをして大音量で音楽を聴きながら仕事を始めたんですが、4分くらいで罪悪感に負けて「ごめんごめんごめん!」となったんです。そのときレスポンシビリティのことを思い出しまして、応答できる力があるのにそれをしないのは責任の放棄であり、これはいわゆるネグレクト(育児放棄)というやつかも、と……。

信田:責任というのはキーワードですよね。わたしも自分が出産したとき、産んだ瞬間からとても責任を感じたんです。その責任は、死にたくなってもおかしくないほどの重さでした。この子が生きるも死ぬも自分にかかっている。子どもを育てるということは、自殺ができないことだと思いました。
 親の最高のレスポンシビリティは、死なないでいることじゃないかと思うんです。でも、もちろん親は生きているだけでいいわけではないですね。清田さんの、子どもに応答をしないことがネグレクトになるんだというのはすばらしい気づきですね。

清田:知識や言葉を知らないと気づけないことってたくさんありますよね……。たまたま桃山商事の活動を通じてジェンダーや親子問題について考える機会に出会えましたが、そういった本を読んでいなかったら、たとえば権力やネグレクトの話をされても表面的な理解で止まってしまうような気がします。
 親という立場に付与されている権力って恐ろしいほど大きいじゃないですか。子どもの生殺与奪権を握っているわけで、もしやろうと思えば、子どもをベランダからポイッと投げてしまうことさえできてしまう……これは、親になったと同時に与えられてしまう莫大な権力ですよね。以前はネグレクトって聞いても、子どもにご飯を与えない親とか、パチンコをするために子どもを長時間車の中に置きざりにする親とか、ニュースで見た程度の「遠い世界のこと」という感覚でいたんですが、レスポンシビリティという言葉を理解したことで急に身近なものとして感じられるようになりました。

信田:本当に、今ここにあることだと思います。一方で、親が子に応答する、レスポンシビリティには、責任を問われることが快楽になるという側面もあります。
 大人になった娘から「お母さんはひどかった」と言われた母親が、その言葉にレスポンスをしたときに、なにか報酬のようなものがあると、世の中にはどんどん責任を取る人も増えていくんじゃないかと思います。もちろん、責任が取れたかどうかは目の前の娘が決めることですが、たとえば「お母さん、少しでもわかってくれて嬉しいよ」と言われて、母親に満足感が生じるといいですね。自分の加害性を認めることほど、辛いことはないですから。

根拠のない楽観主義が役立つときもある

 質疑応答のコーナーでは、イベントの来場者で多胎児の父親という男性から、子どもを育てる父親の孤独感や不安について質問があった。

清田:育児の不安は尽きないですよね。ときにそれが自己否定に向かってしまい、今でも落ち込むことが多いです。たとえば、哺乳瓶の消毒ひとつとっても若干ガサツになってしまったり、ドアの閉める音が大きくなって赤子たちを驚かせてしまったり……。家事能力や他者への想像力が問われる場面で自分の粗が浮き彫りになり、自分のこれまでの人生を振り返って「そういえば俺、実家で家事とか全然したことなかったよな……」なんてつなげて考えてしまったり。
 あと、何かと育児を合理化したくなってしまうというか、たとえば毎日ミルクをあげ続ける中で、「哺乳瓶を固定できればこの時間を節約できるのでは?」という発想がふと浮かび、ネットで「哺乳瓶 ハンズフリー」と検索して便利な商品を見つけたんです。それで妻に「こんなの買ったよ!」って得意げに報告したら、ちょっと曇った顔をされて。というのも、うちは双子なので、そういう合理化できるところは合理化して行かないと回っていかないわけですが、「手探りで取り組む→困りごとが出てくる→どうするか考える」というプロセスを経ず、すぐ便利グッズに頼ろうとするのが疑問だと。僕自身、『よかれと思ってやったのに 男たちの「失敗学」入門』(晶文社)では、ろくに家事もしないのにハイスペック家電を買って満足する男性の行動を“ファンタジー消費”と名づけて批判したことがあったのですが、完全にブーメランが刺さり、落ち込みました……。

信田:よく、大変なことも楽しみながらやりましょう、とよく言われますけど、それもひとつの強迫ですよね。わたしはハッキリ言って、子育てを楽しいと思ったことなんてないですよ。子育てと楽しいという感情は、わたしのなかでは本当に結びつかないです。そういうときに必要となるお母さん同士の自助グループ(子どもを預け、母親同士で話し合う場) は一部の地方自治体で1970年頃から現れ始めたものですが、現在では父親が家事や育児を担当して母親が働いているという家庭もいっぱいあるのに、父親同士の自助グループがまだ少ないことには疑問を抱いています。

清田:僕も双子を育てることになり、他の多胎児のお父さんたちはどうしてるんだろうって気になり始めました。語り合いたいこともたくさん出てきました。自助グループみたいなものがもっと一般化したらいいですよね。「男親にできないのは出産と母乳だけ」という話もありますが、本当なら育児の役割に男も女もないのかもしれません。ただ現状では、意識や知識の面で男親と女親の間にまだまだギャップがあるのだと思います。そんな中で、我々男性がすべきことは何か……。自分としては家事能力を高め、育児に関する知見を深め、すべてのタスクを妻と同等レベルでこなせるようにならねばと焦っていたのですが、今回信田さんの本を読み、育児にまつわる「こうすべき」という規範に囚われて苦しくなってしまうことも問題だよなって改めて認識しました。もし片方の親がそういう状態に陥ってしまったとき、もう片方がその解像度を適度に落とすというか、ちょっとだけ子育てを“テキトー化”させる役割も必要なのかもしれません。って、僕自身がそれを言っても正当化やエクスキューズに聞こえて説得力がなさそうですが……。

信田:根拠のない楽観主義が大切なときがありますよ。子を産んだ母親をケアする役割を担えるのは、父親しかいないということは言い切れます。父親は、仕事に子育てに、さらに妻のケアも……と忙しいですけれど、それこそレスポンシビリティの快楽になるといいですね。

清田:我々は両方の両親が近くにいて頻繁に手助けしてもらっているので、すごく恵まれた状況にあると思うんですが、それでも双子育児で毎日いっぱいいっぱいになっています。夜、子どもが寝付いた後に、妻と「今日もお疲れさまでした」と言いいながら飲むノンアルコールビールがめちゃくちゃうまい(笑)。一緒に大きなプロジェクトを進めている仕事仲間のような感覚があるのかもしれません。

(構成:雪代すみれ)

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