職業差別とコロナ禍の群衆心理~誰がセックスワーカーを殺すのか~

文=要友紀子
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職業差別反対国民的大合唱の群衆心理

 なぜ「職業差別反対国民的大合唱」が起きたのだろうか。有識者や論客はどのように分析したかを紹介していく。

理由1.「セックスワーカーの権利への理解が前よりも広がってきたから」?

 夜の街でサバイブする若者たちのルポに定評あるライターの鈴木大介氏は、筆者とのツイッターでのやり取りの中で、「『売る売らないはワタシが決める―売春肯定宣言』(2000年、ポット出版)からの20年が、きちんと届き始めているのだと思う。(コロナがあったからだとしても)20年前だったら議論の俎上にすら登らなかったかも」という見方を示した。

 また、評論家・荻上チキ氏も同日放送のTBSラジオSession-22で、「災害の際は、社会に溜まっているネガティブな感情も、それまで積み上げてきたものも同時に噴出することになる。『職業差別は人権問題だ』というシンパシーを抱く人たちが育っていなければ、いきなりシンパシー抱くように変わるということはないので」と分析した。

 両者は、以前に比べて、社会のセックスワーカーの権利や人権意識が高まったことが、今回の「職業差別反対国民的大合唱」に繋がったと分析しているわけだ。

理由2.「昔からあるジェンダー問題として、“女こどもの問題”として捉えた人が多かったから」?

 厚労省の風俗業への不支給問題が明るみになる前、3月30日小池都知事が夜の街の店への入店自粛を要請した頃から、「自粛させるなら給付金とセットだろ!」と訴えるSNSでのキャンペーンや署名活動が行われるようになった。

 その際に、「夜の店で働く女性たち」がどのような人たちなのかを挙げる例として、「子育てや介護をしなければならない人」や、「元配偶者に養育費を払ってもらえないシングルマザー」など、「様々な事情を抱えて、風俗で働かなければ路頭に迷ってしまうかわいそうな女性たち」といった、やむを得ない事情がなければ本来するはずもない仕事という暗黙の強調が数多くみられた。

たとえ上記のような特別な事情がなくても、文脈が問題の本筋から離れていても関係ない。「“女こども”がどうなってもいいのかー!」という切り札だけは相変わらず強力だった、という分析も可能だろう。

理由3.「例外なしに休業補償しなきゃコロナ対策にならないから」?

 今回国会質問をした議員から風営法についてヒヤリングを受けたライターの松沢呉一氏は、理由2と、コロナ感染拡大に伴う大衆の二大危機感が相まったのではないかと語る。

「『あの人たちは好きで風俗で働いているのではなく、止むを得ずやっているのだから、補償しない限りやり続けるしかなくて、やり続けると感染が拡大してしまうではないか』とか、『最底辺を補償しておかないと、自身も補償されないかも』という不安みたいなものもあったかもしれない」

 確かにこれらの不安は、風俗差別反対と利害関係で繋がっている。

理由4.「有事における群衆心理。不安が“正しさ”とポピュリズムに駆り立てるから」?

 アーティストで元セックスワーカーのブブ・ド・ラ・マドレーヌ氏は今回の人々の反応をこう分析している。

「特別な状況下におけるある種の『世間の熱狂』のようなものを感じて戸惑っているというのが正直な気持ちだ。今回、多くの人が支持を表明して下さった。でも、以前からセックスワーカーが安全に働く権利について理解しようとし、支援を続けている人たちは別として、『かわいそうな人を助けたい』『私は職業差別をしません』という『正しさ』への一時的な殺到かもしれないとも感じる。感染症の大流行という状況下で人々の不安は飽和状態に達し、何が正しい情報なのかわからないままに正しい情報を求めている。だから何かをはっきり言い切る人に依存しやすい。それは扇動もされやすいということだ。何かに同情すると同時に犯人探しや誰かを罰したいという欲望にも火が付きやすい。今回はたまたま私たちには吉と出たが、コインの裏表だと思う」

 元セカンドキャリア支援NPO代表の角間惇一郎氏もまた、4月7日に「コロナショックに乗じて、社会保障関連の識者がここぞとばかりに情報発信してる識者もいれば、裏で目立たないけどしっかり政治に影響力ある方法で大事な要素を伝えている方々もいて、本物とは何かを考えさせられる」とツイートしている。

 ブブ・ド・ラ・マドレーヌ氏と角間惇一郎氏は、今回の「職業差別反対国民的大合唱」に、コロナ禍(特需)とポピュリズムの結びつきがあるとして、警戒感を示しているようにみられる。

民衆扇動の必要十分条件と必要条件

 最後に、今回社会にあふれた人々の意識の表出について筆者の見方と展望を述べたい。

 筆者は以上の4つの分析いずれも必要十分条件として肯首する。だが、なにより「人々がいま焦点化している領域に入っているイシューか否か」が、「職業差別反対国民的大合唱」となる必要条件になっていたと思う。

 いま人々はコロナの情報収集しか興味がない。人々がフォーカスしているコロナの話題の中に、今回たまたまコロナ支援金と風俗差別の問題が入ってきた。だから風俗差別のことを考え自分の意見を持つきっかけがあった。

 しかし平時であれば、風俗で働く人たちのことを考えるきっかけなどないし、風俗のことがニュースになったとしても、人々のフォーカスしている関心領域というのは平時は皆バラバラで、眼中には入ってこないので、そもそも考えない。だから結局のところ、人々はセックスワーク/ワーカーの置かれた状況に対して関心を高めたというよりは、コロナ禍という誰にとっても共通する問題であったからこそ、職業差別反対に共感を集めたのだと思っている。

 もちろん職業差別が従来と変わらずこのまま続くと言いたいわけではない。今回コロナがきっかけで、「職業差別はだめ」という意見を持ってくれた人々のうち、一部でも問題意識がそのまま残ってくれたらいいと思う。

 悲観的な見方かもしれないが、多くの人は平時になれば、またそれ以前と同様の、日常の価値観に戻っていくだろう。人の言動はそのときの社会状況や世論の風向きなどで変わるからだ。今回、いままで職業差別反対を唱える当事者たちを揶揄する人々が寝返りしたように、あるいは沈黙したように、「自分がバッシング対象にならないかどうか」という状況判断次第で人は態度や立場を変えるということがわかったから。

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