再婚したら「今日からお父さん」? ステップファミリーのタブー

文=wezzy編集部
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野沢慎司さん(撮影:編集部)

 家庭内の児童虐待死事件は、あってはならない悲劇として大きく報道される。2018年、東京都目黒区で当時5歳の女児が、母とその再婚相手である“父親”からの虐待により死亡した事件は裁判の経過も大きく報じられた。

 2019年9月、埼玉県さいたま市の集合住宅で小学4年生の男児が遺体で見つかり、殺害と死体遺棄容疑で、母の再婚相手である“父親”が逮捕されるという事件も起こった。

 この二つの事件は、母親の再婚相手が継子を手にかけたもの。しかしほとんどの報道が“父親”による子殺しと表記し続けた。各メディアは加害者を“父親”あるいは“養父”と呼び、“継父”という言葉を使わなかった。

 たとえば、FNNPRIMEが10月3日に掲載した目黒事件の裁判に関する記事には、『父VS母 法廷で対決』という、両親の対立構造を煽るようなタイトルがつけられていた。

「母の再婚相手は自動的に“父親”になる。これを当たり前と信じて疑わない、もしくは『疑ったら失礼である』という規範がそこにあるのではないか」

 家族社会学を専門とし、ステップファミリーについて長年研究してきた明治学院大学教授の野沢慎司さんは、そのように指摘する。

 この二つの事件に共通する家族のかたち、つまりステップファミリー(親の再婚を経験した子どもを含む家族)について、全3回にわたり、野沢さんとともに考えていきたい。

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野沢慎司
明治学院大学・社会学部教授。専門は家族社会学・社会的ネットワーク論。2001年の設立当初より、ステップファミリーの支援団体SAJ(ステップファミリー・アソシエーション・オブ・ジャパン)と連携して、ステップファミリーに関する共同研究や国際会議開催を行ってきた。日本離婚・再婚家族と子ども研究学会、副会長。

スクラップ&ビルド型の「ステップファミリー」

 野沢さんは、上記二つの事件報道で、「ステップファミリー」や「継親(継子)」といった言葉が一切使われなかったことは、「ステップファミリーの独自性が社会に受け入れられていないことを実感した」という。

野沢「私が見ている限りでは“継父”という言葉を使っているのはごく一部のメディアだけで、ほとんどのメディアは“父親”と言い換えてしまったり、“義理の父親”、“養父”といった、少しボヤかした表現を採用したりしています。同様に“継子”を別の意味の語である“連れ子”と言い換える場合もあります」

 なぜ事件報道では「ステップファミリー」という言葉が避けられる傾向にあるのだろうか。

野沢「継親(継父・継母)や継子、ステップファミリーという言葉を使わないのは、『普通の家族と異なる扱いをしてはいけない』という意識から、それらの言葉を一種の差別的表現とみなされている可能性があります。

 しかしステップファミリーは「普通の家族」とは成り立ちも構造も違うことを、まず社会が理解し、受け入れなければいけません。血縁の両親と子どもが築いた関係をそのまま継続するとは違った過程を経て、より複雑な関係構造に至ることに眼を向ける必要があります。

 残念ながらその認識は現状では広まっておらず、報道番組に出演する家族問題などの専門家でさえもステップファミリーを初婚核家族と同じものとみなしてしまいがちです」

 ステップファミリーを「普通の家族」と同じものとみなす傾向が、当のステップファミリーを追い詰めている……これは一体、どういうことなのか?

 目黒区の事件では、亡くなった女児には継父のほかに実の父親が存在するという事実に関心を向ける報道はほとんどない。日本では、同居していない実親の存在に触れることがタブー視されているようだと、野沢さんは言う。

野沢「目黒区の事件で被告の継父は多くの報道で“父親”と表現されました。私は『被告は亡くなった女児の父親なのだろうか?』と違和感を覚えましたが、この違和感は社会に広く共有されているものではないと思います。別居している“父親”あるいは“母親”の存在が無視されることが当たり前になっているからです」

 野沢さんはこの事件の虐待を検証する報告書に目を通したが、“家族の歴史”は母親が再婚したところから記述されていて、亡くなった女児が生まれた当時の夫婦関係や親子関係については何も触れられていなかったという。

 実際に、一家が以前居住していた香川県の県庁健康福祉部子ども政策推進局が作成した「香川県児童虐待死亡事例等検証委員会検証報告書」(平成29年度発生事案)を見ると、亡くなった女児の実父であり、母親がかつて婚姻していた相手の存在はそこに一切書かれていなかった。

 東京都の『平成30年度東京都児童福祉審議会児童虐待死亡事例等検証部会報告書(平成30年3月発生事例)』も同様で、ジェノグラム(家族図)の実父欄も空白だ。この「家族」は、母親と子どもの元に養父がやってきてから始まったということになる。それより以前に存在していたはずの「家族」はそこには見当たらない。

野沢「離婚によってそれまでの家族は消滅したとみなし、子どもの親権をとった親が再婚して同じような家族を再構成しようとするタイプのステップファミリーを“スクラップ&ビルド型”と私は呼んでいます。

 日本の現行制度では、婚姻中の両親は共同で親権を行使しますが、離婚後は親の一方が必ず親権を失う単独親権制です。そのため日本ではステップファミリーは自動的にスクラップ&ビルド型になると解釈される傾向があります。離婚後に親権を失った別居の実親と子どもの関係についてはあまり目を向けられません」

再婚したら親になることが期待される

 日本における「普通の家族」は、結婚している父と母とその子どもが一緒に暮らす家族だ。子のいる相手と結婚すれば自動的に「父」「母」になり、初婚の核家族と同様の「家族」が形成される。

 だが、「普通の家族」を作らなければいけないという理想に囚われてしまうことで、追い詰められる当事者もいる。

野沢「愛する相手の子どもだからといって、ほんの数カ月前に初めて出会った、未知の子どもをすぐに愛すことができなくて当然だと私は思います。それは子ども側からしても同様で、よくわからない継親という大人を実親のようにみなすことはなかなかできません。いきなり『あなたたちは今日から親子です』というのは無理な押し付けになりやすいです。

 継親が『血縁関係にはないけど自分たちは親子なんだ』『親として認められるように頑張らなきゃ……』と思い込み、親として接しようとしても、継子がなかなか心を開いてくれないということはよくあります。考えてみれば、当たり前です。

 しかし継親は『こんなに頑張ってるのになんで壁を作るんだ……』と、目標と現状のギャップからとても苦しくなる。開き直って『自分はこの子の本当の親ではない』という事実に立脚すれば楽になるのですが、そういったことが言える空気はないですよね。現状では、再婚したら親になることが当然のように期待されるからです」

 目黒の事件についても、母親は結婚前の継父が娘と仲良くスキンシップを取っていたと証言しているが、これはよくあるケースなのだという。

野沢「継親になる前の大人は子どもと仲良く接しようとしますし、継子も仲良くしてくれる大人に懐くようにみえます。いわばお客さん同士の関係です。ところが結婚や同居を境に継親がいきなり“親”という責任を担い、当然のようにしつけを始めたりすると状況は変わります。周囲から結婚したことを祝福されるとともに、『親になるんだから頑張ってね』というプレッシャーもかけられます。それはとても重荷なことです。長年の親子のような関係がすぐに実現できないのは当然のことなのに、継親が精神的に追い詰められてしまうことは珍しくありません。逆にそうならない原因を子どもに求めて追い詰めてしまうことも起こりやすいことです」

「血縁がなくても家族になればわかりあえる」という美談を求めてしまう

 野沢さんが編集に携わった書籍『ステップファミリーのきほんをまなぶ 離婚・再婚と子どもたち』(金剛出版)では、「継子も実子も、同じように育てよ(育てられるはず)」とアドバイスを送る「専門家」に警鐘を鳴らしている。

 というのも、地域の子育て相談窓口など子育て支援機関に、継子との関係に関する悩みや継親となった不安を吐露しても、「大丈夫、ぎゅっと抱きしめてあげればいいのよ」といった助言をされ、しかしそれができないから相談にきていると言うこともできず、何も解決しないばかりか逆に追い詰めてしまうという残念な事例もあるという。

野沢「多くの場合、継親は親らしく振る舞おうと張り切り、積極的にしつけをしようとします。親とは思えない大人が現れて急にこれまでやってきたことを否定され、新たにルールを提示されて順応させられると、継子は大きなストレスを感じます。

 また、継子も必死に親や継親の期待に応えようと頑張ることもあります。けれど当然、疲れます。家にいることに居心地の悪さを感じてしまいます。思春期以降にそれが募ると、家の外に居場所を求めることになり、進学や就職などの進路選択を狭めてしまうリスクがあります。

 こうした例を見ると、とくに実親が世間一般の家族観に縛られず、子どもの心情に敏感に気付いて、柔軟に対処することが大事だと気づかされます」

 当事者の大人にとっても、子どもにとっても、強固な“家族幻想”に縛られることが息苦しさを生みかねない。このことは、もっと広く認識していく必要があるだろう。

野沢「継親は実親にとって“好きな人”かもしれませんが、子どもにとってはよく知らない大人です。現実的に考えて、『愛情を持って接しなければいけない』という目標を掲げてしまうことに無理があります。

 そもそも愛情は「しなければならない」状況で生まれるものでもありません。一緒に暮らすにあたって、『継親(継子)が互いに喧嘩しない(きちんと挨拶できる)関係になる』だけでも十分高い目標です。『親子にならなければいけない』といった考え方を改めれば、ずっと過ごしやすくなるはずです。「まずは友だちになる」というアドバイスも現実的です。

 子どもの両親はその世帯の中にしかいない、別居している親を子どもの親としてみなさないという、子どもの情緒に無理を強いる固定的な『家族観』を見直せないでしょうか。

 世間のステップファミリーへの理解や普及が進まない要因には、メディアを含む社会がステップファミリーをノーマライズ(その独自性を受容することが)できていないことも挙げられます。『ステップファミリー』や『継親』という言葉を堂々と使えないのは、両親がいてそれ以外に継親もいる家族状況を『普通』だとみなせていないことの裏返しだと思います。継親子を親子とは違うものと受け入れ、区別できるような社会環境がないために、多様で柔軟な関係づくりが難しくなっているとも言えます」

 メディアもその受け手も「血縁がなくても、親子になれるし、家族ならばわかりあえる」という美談をなぜ求めてしまうのだろう。一方で、血縁の親子関係が家族という枠から当然のように排除されている現実には無関心になれるのはなぜだろう。私たちの家族観の背後にある暗黙の前提を疑ってみる余地が大いにある。

 ステップファミリーが「どうすればより良く生活していけるのか」について、次回さらに深く掘り下げていく。

※第二回の更新は5月5日を予定しています。

(取材:宮西瀬名)

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