
「GettyImages」より
新型コロナウィルス対策で不要不急の外出を控える自粛要請が続いている。できるだけ外出せず家の中に留まり、人との接触を減らすことが身を守るために唯一「積極的にできること」だとわかっていても、いつ収束するかもしれない状況に不安が募っている人も多いだろう。
絶賛子育て中、テレワーク中の筆者も、退屈を持て余しだらだらとゲームを続ける子どもにイライラするし、仕事がはかどらずついネットニュースを眺めて暗い気持ちになる。夕飯を作り終えたら缶ビールをプシュッとしなければやっていけないよ、という気分にもなろうというものだ。
だがふと思う。不安をかき消すように手を伸ばすのがアルコールだということ自体が、恐ろしい行為なんじゃないか、と……。
これって依存症の始まりなのでしょうか。そんな気持ちで国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部部長、松本俊彦先生に取材を申し込んだ。

松本俊彦・精神科医
国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部部長。精神科医。国立横浜病院精神科、神奈川県立精神医療センター、横浜市立大学医学部附属病院精神科などを経て、2015年より現職。日本アルコール・アディクション医学会理事、日本精神科救急学会理事、日本社会精神医学会理事を務める。『「助けて」が言えない SOSを出さない人に支援者は何ができるか』(日本評論社)ほか、著書多数。
窮屈さで依存性が高まるのはネズミも人間も同じ
「今のように我慢を強いられる環境にあると、アルコールだけでなくカフェイン、喫煙する人ならタバコ、あるいは薬物など、依存性が高い物質の摂取量が増える傾向はあるということはわかっています。インターネットやゲームがやめられないという行為もこれに含まれます」
開口一番、松本先生はそう語った。
「窮屈な環境下で依存性が高まるのはネズミでも同じです。広々としたスペースで他のネズミ仲間と遊んだり戯れたりできるネズミと、狭い檻の中で閉じ込められているネズミとで実験を行いました。檻の中に依存性物資であるモルヒネの含まれた液体を置いておくと、窮屈な場所で孤独に過ごしているネズミの方が圧倒的に摂取量が多いという結果があります。人間に限らず、すべての動物にとって、孤立した環境、窮屈な環境、自己裁量が効かない環境、我慢を強いられる環境だと、鬱々とした気分を変えるための化学物質の摂取量が多くなるのは明らかなんですよ」
窮屈な場所にいるネズミと同じく、半ば家に閉じ込められている状態の私たち……。アルコールに手を伸ばすのは一概に個人の意思の弱さの問題ではなく、溜まったストレスを解消するための、当然といえば当然の行為ともいえるらしい。
「今は、行動が制限され戒厳令下に置かれたような状況。窮屈な場所。さらに、ただ現状が窮屈だというだけでなく、緊急事態宣言がいつ解除されるのか見えないことも大きな問題です。先行きが見えないという慢性的な不安から、居心地の悪さが高まりストレスが増加する。自分でも気がつかないうちにアルコールやカフェイン、タバコの摂取量が以前より増えているという人は、実際に多いと思いますよ」
在宅勤務でダラダラ酒・オンライン飲み会の危険
いくらお酒好きでも、外で仕事をしていれば、勤務時間中に飲酒することにはならないのが通常の状態だ。だが在宅勤務になって外部からの目がなければ、場合によっては、「ちょっと飲みながら、簡単な作業を……」という行為もできてしまうのが怖ろしい。仕事が終わって飲む、のではなく、ちょっと飲みながら仕事。このメリハリのない時間の過ごし方が、依存を深める要因の一つだと松本先生は言う。
「在宅勤務で仕事がはかどる人もいるかもしれませんが、仕事とプライベートのメリハリがつかず、つい終日ダラダラと仕事をしてしまうという人も多いでしょう。17時になったら『アフターファイブだし』と、なんとなくお酒を飲みつつ、残っている仕事をする。気がつけば日中もお酒を飲むし仕事もする、というような状況に陥ってしまう可能性はあります」
家族以外の人と関わる機会が減って、繋がりたいという気持ちもある。今は「オンライン飲み会」が流行っているが、これも注意が必要だ。
「やってはいけないというのではありません。ただ、終電を気にしなくてもよいとなればついつい飲みすぎてしまうという経験者の声は多く聞きます。泥酔しても横になって寝てしまえばいいのですから気も緩みますね。楽しい時間は持っていいと思うのですが、ダラダラ何時間も飲むのではなく、最初から時間を決めて、パッと飲んでさっと退出、というスタイルを保つのが無難でしょうね」
大人のアルコールだけに限らず、子どもの生活習慣も影響を受けている。家にいて、子どもはなんとなく学習課題をこなしている。でもなかなか進まない。あるいは終わってしまえば手持ち無沙汰になる。気づくとなんとなくスマホを眺めたりゲームをしたりしてしまう……。怒られて不機嫌になる。夜にスマホをいじってだんだん昼夜逆転になる。そんな悪循環も起こりうるという。
そして自分の悪習慣は棚に置き、人はすぐ近くにいる人のだらしなさがやけに気になってしまうものだ。親から子への小言が増えたという家庭もあるだろう。子どもが悪いわけではないのに、親が自分の不安や苛立ちを弱い立場の子どもにぶつけてしまっているケースも多い。
苦しむ親に、追い詰められるのは子どもたち
「『三密を避けて』と言われても、家の中はまさに密な空間です。顔を突き合わせていると、衝突は避けられません。日中学校に行っていれば子どものスマホやゲームも、そこまで気にならかったかもしれない。でもずっと家にいるとどうしても目についてしまう。親はいつもと同じ程度の注意をしているつもりでも、実際は普段以上に頻繁に咎めているはずなんです。子どもにとっては相当鬱陶しく感じられていると思います」
平時なら、親がイライラしていてうるさければ、子どもは家を飛び出し友達と遊ぶことでストレスを解消できていた。だが、学校にも行けず、友達にも会えない日々は大人以上に鬱々とするはずだ。
最も心配なのは、これまでにも親の圧力が強く、DVや虐待などの行為を行なっていたケースだ、と松本先生は言う。
「子どもはただ我慢をするしかない。頼むから学校が早く始まってくれという子も多いでしょう。ちょうどこの時期は年度替りで、特に新しい学校のステージに上がった子は、友人関係が曖昧になっています。LINEなどでつながっていてもを会えないと架空なものになる。相談できる人がいないでしょう」
そんな状況で大人がアルコール等に手を出して酩酊した状態にあれば、感情的になりやすく、善意からの忠告や注意の言葉もしつこくなりやすい。それが家族間の衝突をエスカレートさせ、夫婦喧嘩やDV行為、子どもへの虐待が増える可能性もある。誰にも救いを求められない子ども達は今、一番心配だ。
「社会不安から、アルコール問題などシビアな状況がまず親世代に出てきて、子どもがもろに煽りを受ける。これまでは友達や学校が逃げ場だった子たちの居場所が奪われています。勉強についても過剰な要求を課せられている子もいるし、心身の虐待を受けている子たちにとってはまさに地獄です」
こうした状況に陥っている家庭は、一体どこに助けを求めればいいのか、また、そうでなくても家庭の中で気をつけられることは何か。親子の日常を守るための具体的なアクションを後編で聞いていきたい。