
「GettyImages」より
外出自粛が長引く今、家庭内にアルコール、タバコ、ゲームなどへの依存リスクが高まっている。
コロナ禍で高まる依存症リスクーー家庭内の地獄化から子どもを守れ
新型コロナウィルス対策で不要不急の外出を控える自粛要請が続いている。できるだけ外出せず家の中に留まり、人との接触を減らすことが身を守るために唯…
家族の誰かが依存傾向にあり、関係性にすでにひびが入っているケースもあるだろう。「こんな時だからこそ」という言葉がポジティブに語られる影で、「こんな時だからこそ」人知れず苦しんでいる人たちが確かにいるのだ。
前編に引き続き国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部部長の松本俊彦先生に聞いた。

松本俊彦・精神科医
国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部部長。精神科医。国立横浜病院精神科、神奈川県立精神医療センター、横浜市立大学医学部附属病院精神科などを経て、2015年より現職。日本アルコール・アディクション医学会理事、日本精神科救急学会理事、日本社会精神医学会理事を務める。『「助けて」が言えない SOSを出さない人に支援者は何ができるか』(日本評論社)ほか、著書多数。
依存問題の相談先が激減している
学校は休校、仕事はテレワーク、息抜きに外に出かけることもなかなかできず、家庭内で息が詰まっているという親子も多い。子供はついゲームやスマホに手を伸ばす時間が長くなり、親はイライラや不安を沈めるためにいつもより酒量が増える。
松本先生も理事を務める日本アルコール・アディクション医学会はホームページで「新型コロナウィルスで心配されるアディクションションについて」と題し5つの注意を喚起している。
主には、飲酒量やゲーム時間が、新型コロナ問題前より増えている場合は元に戻すこと、心配なら家族が本人に注意したり、近くの精神保健福祉センターや専門医療機関などに相談することなどを勧めている。
だが、自分でなんとかセーブしようと思ってもうまくいかないのが実情だ。また家族に問題があるとわかっても、人との接触を控えている今、どこに相談すればいいか迷う人も多いだろう。松本先生も、「実際、今は相談先が激減しています」と懸念を示す。
「保健所はPCR検査に追われ、精神保健センターも今はコロナ関連の鬱などに対応するので精一杯の状態。残念ながら依存症関係の問題はなかなか相談につながらない、という可能性もあり得ます。また依存症の当事者の自助グループや家族会についても、これまで会場としていた公民館などの公的施設が閉鎖されていることが多く、ミーティングを開くことができない状態のようです」
依存症関連オンライン自助&家族の会
希望は、オンラインでの自助会や相談の場が少しずつ立ち上がっていることだ。
「今、なんとかしようと動き出している人たちがいて、オンラインの相談会等についてSNSを通じて情報発信をしています。とにかく逃げ場を失っている子どもたちのためにも、気がついた大人が情報収集をして必要に応じてアクセスしてみてください」
松本先生が注目している団体は以下の通り。
「依存症等の当事者または家族向け、オンライン自助グループの開催情報」
*アルコール、ギャンブル等の依存症当事者や家族のオンラインミーティング開催予定一覧を公開。(松本先生監修)
「コロナに負けない!オンラインで自助グループにつなぐ、依存症チャットルームA.D.N.G開始」
*依存症予防教育アドバイザーによる活動。SkypeでのチャットやZoomのミーティング等を実施。
・漫画家三森みさ氏主催オンライン自助グループ「三森自助グループの森」
*LINEを利用したオープンチャットの自助会を開催。「だらしない夫じゃなくて依存症でした」完読済みが参加条件。
上記はこれまでリアルな場所で相談していない参加していない人でも参加可能だ。初めの一歩を踏み出すのは勇気がいるだろう。だが、必ず暖かい雰囲気で受け入れてくれるはず。困っている人はまず連絡を取ってみてほしい。
家族ができることは「干渉しすぎず自分ルールを決める」
外に助けを求めるのも一つの方法だが、依存を防ぐために家庭内でもできること、気をつけるべきポイントはあるはず。勢い込んで尋ねると、松本先生からは意外な答えが返ってきた。
「まあ、いい意味で、お互い干渉しすぎないことですね」
え、それだけですか?
「今は、顔を合わせる頻度が増える分、つい注意も増える。もちろん依存への注意を促すことは大切ですが、あまりくどくなると、酒の『さ』、ゲームの『ゲ』の字を聞いただけで、相手が気分を害して表情が硬くなり、まったく話ができなくなる。それは避けたい。だったら相手の行動を気にせず、自分のペースで行動するほうがいいんです」
気にしすぎて頻繁に話題にしすぎることで、不機嫌が家庭内に蔓延し依存行為を助長してしまうこともあると言う。家族がある程度距離をとることは衝突を防ぐポイントだ。
「家族揃っての食事も3度3度続けば疲れますよね。1日1回はみんなで食べたらいいけど、あとは各自好きな時に好きなものを食べる”孤食”もアリだと思うんです。それくらい距離をとって、お互いの行動を監視せず、それぞれ好きに過ごしてみるといいですよ」
家族の誰かを監視したり責めたりする代わりに、自身の行動について「自分ルール」を決めるのが大切、と松本先生は言う。
例えば、
・お酒は19時以降、アルコールは日本酒換算で1合以下(純アルコール換算20g以下: ビールならば500ml缶1缶まで、ワインならばグラス1杯半~2杯弱)
・ゲームは1時間まで
・晴れている朝はランニングや散歩をする(ただし、公園などが「密」になっている時間帯は避ける)
・夜は24時前には寝る
といったこと。これを他の人に強いるのでなく自分が守る。
「誰かが自分ルールを決めてせっせと実行していれば、他の家族もマネしてみようと思う良い連鎖が生まれるかも知れません。結局、本人が気づかなければ行動を変えることはできないんです。どんなことでもいい、相手を責める前に『自分はしよう』ということを実践してみてください」
最悪なのは家庭内が地獄になること
干渉しないといっても、まったく没交渉になる必要は、もちろんない。依存は孤立の病とも言われる。家族との心地よいつながりを維持し、家庭内でできるだけ楽しい雰囲気を作ることはこの時期を乗り越えるために大切なことだ。その上で、もし依存行為に注意を促すならポイントがいくつかあると言う。
・飲酒なら酒が入っていない時、ゲームならゲームに夢中になっていない時に話す
・本人をただちに批判するのではなく、あくまでも一般論として事例を挙げて提案として穏やかに注意を促す
・責めるのではなく「心配」としてメッセージを伝える
「依存症はアディクション(中毒)の問題なので、もちろん健康を害しますし、人間関係を壊す要因にもなります。しかし一方で、この誰にとっても辛い時期をなんとか乗り切るよう、環境に適応するための行為とも言えるのです。良い悪いだけで判断せず、問題にフォーカスしすぎず、穏やかに家族で話をする機会を探ってください。その方が長期的には好ましい家族関係を築けるし、本人も自分の問題に気付きやすい。周りから常にディスられてダメ出しされていると、逆効果になるのが人間というものです」
子供に関しても、親はつい注意をしたくなるが、ゲームやスマホといった問題行為より、その子がどんな様子で過ごしているかを観察した方がいい。例えば、いつもより不機嫌でふさぎこんでいる、夜寝つけていないようだ、といったことがあれば、心配なことを聞き出す対話も必要だろう。
「テレビをつけたらコロナ関連のニュースばかり。大人も深刻そう。となれば不安が募り、苦痛を感じている可能性もあります。楽しい時間を持てるよう心がけてあげてください。依存問題で一番避けたいのは、衝突が増えて家庭内が地獄のような場所に変わってしまうこと。それを避けるのを第一に、先が見えないこの事態をなんとか乗り切るしかないんです」
無意味な時間を過ごすのも大切
ネットなどでは「こんな時だからこそ新しい事業を!」「こんな時こそオンラインで学習を!」などといった声もある。そのプレッシャーが気持ちを逆に沈ませることもある。
だが松本先生は、「ネットでポジティブなことを言っている人はごく少数の変人か、現実は違うのに自分を鼓舞する意味で発信している人、と捉えた方がいいですよ」と笑う。子どもに対し、今しかできない勉強をと学習塾のオンライン講座を詰め込んだり、ネットで配信されている学習プログラムを申し込んだりする親も増えているようだが、そうした「頑張りすぎ」もほどほどにした方がいいという。
「みんなが休んでいる今こそ出し抜きたいと考える大人もいるでしょうが、幸か不幸か今は世界中が頑張れない時期。私はあえて『せっかくだからみんなで休もうぜ』と言いたい(笑)」
今このチャンスを有効に使わなきゃいけないと思うことが、我々を憂鬱にしている原因の一つであることは間違いないだろう。そして、その鬱屈した気持ちを解消するために、気がつけば、刺激が強い何かに救いを求めてしまう。
「学校が始まればまた勉強をするんです。NetflixでもAmazon Primeでもいいから好きなアニメや映画を、いっそ廃人になるくらいまで観て素敵な物語をインプットするのもいいじゃないですか。それがいつか大人になった時に、後々の人生で役立つこともあるかもしれない。いや、いつか役立たせるために何かをする、という考え方を手放したほうがいいんでしょうね」
親も子も、それぞれがあえて深刻にならずほどほどに、のんびりと構える「頑張らない力」が今を生き抜くキーになるのかもしれない。