
今野晴貴氏
新型コロナウイルスが、フリーランスとして働く人々への差別を浮き彫りにしている。
3月、休校措置のために仕事を休まざるを得なくなった従業員を抱える企業に対して日額上限8330円の助成金が出る一方、フリーランスには上限4100円しか支給されないという施策が出て物議を醸したことは記憶に新しい。
これまで政府は雇用によらない働き方を促進し、Uber Eats(以下、ウーバー)のような、インターネットを通じて単発で仕事を請け負う「ギグワーク」という働き方も広がりを見せている。
しかし、ウーバー配達員たちの働き方にはリスクが伴う。保険が適用されない状態で働く彼らは、たとえケガをしたとしても「自己責任」で片付けられてしまう。
特に今、配達員には不特定多数の飲食店スタッフ・利用客との接触によるウイルス感染のリスクがあるが、たとえウーバー配達員が感染したとしてもウーバー側は責任を負わず何の保証もない。すべてウーバー配達員の「自己責任」となっている。
今回のコロナで改めて炙り出された個人事業主・フリーランスに対する差別や働き方の問題について、労働問題に関わるNPO法人・POSSE代表の今野晴貴氏に話を聞いた。

今野晴貴
NPO法人・POSSE代表。ブラック企業対策プロジェクト共同代表。年間3000件余りの労働・生活相談に関わる。また、相談事例から日本の労働問題について調査・研究、政策提言を行っている。著書に『ストライキ2.0 ブラック企業と戦う武器』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『生活保護』(ちくま新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)など多数。
──政府はこれまで多様な働き方を促進し、雇用の流動性が高まることを良しとしてきました。その結果、フリーランス・個人事業主として働く人も増えてきたわけですが、今回の新型コロナウイルスはその問題点を一気に炙り出したと思います。
今野晴貴(以下、今野) 「フリーランス」という働き方の問題を考えるにはまず、「フリーランス」にも2つのパターンがあることを考えなくてはならないと思います。
1つは、専門性や能力があってクリエイティブな仕事をできる人の場合。そういう人なら、フリーランスという働き方はいいと思うんです。どこかの会社に雇われるよりも、組織に縛られることなく自由に色々なクライアントやチームと仕事をした方が能力を発揮できるでしょうから。
でも、いま増えているフリーランスのほとんどがそういう人ではないのが現実です。本来であれば雇用されて働くべき内容の仕事が、フリーランスというかたちに置き換えられている。
──その典型がウーバーのように、インターネットを通じて単発の仕事をする働き方、いわゆる「ギグワーク」です。こういった働き方のどういった点が問題なのでしょうか。
今野 ウーバーのような働き方では、社会保険が適用されないうえ、働き続けられる雇用の保障もない。そういった点で、労働者にとって非常にリスクの高い働き方であると思います。
──社会保険というと、ウーバーは昨年10月から、事故に遭ったウーバー配達員に対して上限25万円の見舞金を支払う傷害補償制度を始めています(ウーバーが三井住友海上保険の補償制度費用保険に加入し、保険金で見舞金の費用をまかなうかたち)。
しかし、実際に制度を利用しようとしたら、担当者に「補償を利用するならアカウントを停止します」と脅されて利用できなかったという話も出回っています。
今野 ウーバーが実際にそのようなことをやっているかどうかはなんとも言えませんが、「補償を利用するならアカウントを停止します」といったやりとりがあった可能性は否定できません。
というのも、労働者災害補償保険法に基づく労災保険であれば、申請したことを理由に解雇したり給与を下げたりといったことをすれば違法行為になりますが、ウーバーの傷害補償制度は任意に会社がやっているものなので、そういった罰則はありませんから。
──そうなると、たとえ配達中にケガをしたとしても、アカウントを停止されるのが怖くて申請すらできない人も出てくるのではないでしょうか。
今野 そういうことになるでしょうね。いま実際に、新型コロナウイルス感染症拡大防止のための休業で非正規の労働者にそういったことが起きています。
──すでに起こっているのですか。
今野 何件も相談が来ています。コロナが原因で仕事が休みになってしまったので、雇用主に「休業手当をください」と言いたいのだけれど、非正規労働者はそれを言い出すこと自体が怖い。会社に対してなにかを要望することが「会社に楯突いている」と認識され、次の契約更新がなくなるのではないかといった不安があるからです。それで私たちのところに相談にいらっしゃるケースは多い。
ウーバーの場合は個人事業主扱いですから、非正規よりもさらに契約関係が不安的です。会社側がアカウントを停止してしまえば実質的な解雇ができるし、それが労働法違反にもならない。だから、不安に思う人が出てくるのは当然ですよね。
ギグワークをめぐる海外の動き
──海外ではギグワークで働く人々の置かれている状況が社会問題となっており、アメリカ・カリフォルニア州ではギグワークで働く人を請負業者ではなく従業員として扱うよう義務づける法案が可決しましたし、フランスでも最高裁がウーバーとドライバーの間には雇用関係があるとする判決をくだしました。
今野 海外で指摘されている通り、問題なのは、ウーバー配達員のような働き方をしている労働者たちが完全な自営業者ではないというところに尽きるのです。
本来、フリーランスは誰とどんな仕事をいくらでするか、自ら決められる状態であるべきです。しかし彼らは、一緒に仕事をする相手を自分で決められないし、自分の仕事の価格を設定することもできていない。ウーバー配達員はウーバーの支配権が非常に強い中で働いています。
これでは組織に対する従属性が強すぎて自営業者とは言えないし、はっきり言ってしまえば偽装請負に当たる可能性もある。
──日本でもカリフォルニア州やフランスのような動きが始まるでしょうか。
今野 ウーバーの普及でここ最近になって注目されるようになりましたが、実は雇用契約を結んでいないのにも関わらず、実質的には雇用関係に似ている働き方をしている自営業者は日本にたくさんおり、ずっと問題になっていたのです。
特に裁判例が多いのは「傭車契約」という形態ですね。これは、タクシーやトラックの運転手によくあるものです。
雇用されたドライバーが会社から独立するよう言われて自分で借金して車を買い、その後、自営業者として委託契約を結ぶのが典型的なかたち。こうして個人事業主扱いになると、ケガをしたとしても自己責任だし、残業代を出す必要もなくなる。昨年公開されて話題になったケン・ローチ監督の『家族を想うとき』の主人公が働いているのも、これと同じ形ですね。
こうした働き方は日本でも昔から問題になっていて、裁判になったケースも多いですが、だんだんとIT、外食、冠婚葬祭などの業種にも広がっていっているという経緯があります。
──ギグワークに関してはこれからどういう議論になっていくのでしょうか?
今野 自営業者であれ、従業員として雇用されるのであれ、どちらにせよ極端な不利益はなくすべきです。社会保険も適用されず働かざるを得ないという状態はおかしいのです。
また、どんな基準で報酬が決まり、どんな基準でアカウントが停止されるかが分からないような透明性に欠けた運営状況も是正されるべきだと思います。
そのためには、労働組合による交渉が必要です。ウーバーの日本法人は「配達員は労働組合法上の労働者ではない」として、ウーバー配達員らの労働組合・ウーバーイーツユニオンとの団体交渉に応じていません。
ウーバーイーツユニオンはこれを不当労働行為として東京都労働委員会に救済を申し立てていますが、どのような結論が出るのか注目されます。
「死ぬほど働くのが立派」で「逃げたら自己責任」
──インタビュー冒頭で今野さんがおっしゃられたように、いま現在増えているフリーランスの中には本来であれば雇用されていて然るべき仕事内容の人もいます。
しかし、世間では「フリーランス=自由、楽そう、夢追い人」といったイメージがあり、今回のコロナ禍で苦境に陥っても「自己責任」で片付けようとする意見が散見されます。
今野 そのように「自己責任」と切って捨ててしまいたがる人が少なくないというのは理解できるんです。日本の雇用労働は、無茶な命令も含めて色々と嫌なことを引き受ける代わりに「安定」を得るという法律の枠組みになっているので。だから、世間の皆さんが言っていることもまったくの無根拠ではないと思います。
でも、私みたいにブラック企業とか過労死の問題に取り組んできた人間からすると、「死ぬほど働かされるのを我慢している人間が立派で、それに耐えられない人間は自己責任で死んでも仕方ない」というのは、なんて救いのない構図なのかと思うわけです。
──そうですね。
今野 そして、そういった価値観を堅持し続けることは、結局のところ自分たちの逃げ場をなくしてしまうことにもつながると思うんです。
「死にたくなければ、死ぬまで働かされることに耐えなければならない」と、労働者が自分で自分の首を絞める状況は、もう終わりにした方がいい。
──コロナをきっかけに変われないでしょうか。
今野 日本社会は「正規雇用で会社に雇われて、いろいろ我慢している人間が偉い」という、奴隷根性にも似た思い込みが強すぎると思うんです。だから、非正規や個人事業主に対する差別が公然と行われる。そうした状況は、このコロナ禍を契機に、考え直さなければならないと思います。
(取材、写真、構成:編集部)
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