一律10万円給付の効果は、受給者の性別によって変わる可能性がある

文=畠山勝太
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「GettyImages」より

 新型コロナウイルスの感染拡大の緊急経済対策として発表された、10万円の特別定額給付金が話題となっています。注目されたのは、30万円の生活支援臨時給付金が10万円の特別定額給付金に変更になったこと、申請しないと給付が為されないこと、そして給付を受ける権利が世帯主にあることなど多岐に渡っています。さすがに全てを解説すると一冊の本が書けてしまうトピックなので、大きな論点だけザックリと拾いつつ、給付を受ける権利が世帯主にあることについて、特に解説をしていきたいと思います。

それは緊急か長期なのか?

 私がしている国際協力の仕事では支援の種類を「緊急支援」と「開発支援」に分けることが出来ます。

 ざっくり言うと、緊急支援は紛争や自然災害が発生した時に人々の命を守る仕事で、一刻を争うものとなります。開発支援は経済社会開発など長期に渡る仕事で、時間との戦いというよりは、限りあるリソースを効率的・効果的に使っていくことが重要になります。

 では、今回の現金給付は、国際協力の仕事だと緊急支援か開発支援かどちらに当たるでしょうか?

 もちろん、これは緊急支援に分類されるはずです。新型コロナは人から人へと感染するものなので、人と人との物理的な交流を断つために、仕事や外出をセーブしてもらうかわりに、収入が減って生活苦に陥らないよう政府が支援しますよというものであって、新型コロナで落ち込んだ経済を回復させる、というものではないからです。実際に、総務省のサイトを見ても、名称は景気云々となっていますが、目的は家計の支援となっています。それであれば、リソースを効率的・効果的に使うことよりも、スピード感がより重要なものとなります。

 現状のシステム的に、世帯ごとに給付金を振り込むのではなく個人宛に振り込む制度にすると、数カ月の遅れが出てしまうので、給付金を世帯ごとに振り込むのは仕方がないのかなと考えられます。ただし、世帯ごとに振り込むものであっても受給権者は個々人に出来たはずで、敢えて世帯主を受給権者にしたのは理解に苦しみます。

 また、スピードを重視するために申請無しで給付して確定申告などで後から徴収することが出来たにもかかわらず、申請を受けた上で現金を配布するという手間と時間のかかる手法を取ったことついては非常に悪手だなと考えられます。

現金給付をデザインする

 日本政府が現金給付を行うのは今回が初めてではないのは、多くの方が記憶している所だと思います。金額は今回よりも遥かに少ないものでしたが、2008年の金融危機の際にも日本政府は現金給付を行っていました。

 今回DVを理由に避難している人への配慮が迅速に為されたのは、その当時の経験から学んだことだと考えられ評価できるものです。しかし、避難するに至っていない経済DVなどを受けている場合、このような措置ではその人達に支援の手が届くことはありません。それにもかかわらず、依然として世帯主を受給権者としたままになっていたわけですから、この10年ちょっとの間何をやっていたんだと、この間の政府関係者達が非難されても仕方ないはずです。

 たとえ同じ金額を給付したとしても、その狙いとデザインと文脈によって、効果が異なります。国際協力の分野を中心に、現金給付プログラムに関する研究は数多くなされてきたので、この10年ちょっとの間、日本政府がこれに真剣に取り組んでいなかったのであれば、大失策だと言わざるを得ません。

現金給付のデザイン

 簡単に現金給付のデザインの話をしていこうと思います。

 今回話題となったのは世帯主が受給権者であるという点ですが、日本の場合世帯主の3/4は男性と、性別に偏りがあります。実は世帯主の性別によって全く同じ額の現金を渡していても、効果が異なることがあるのです。

 例えば、インドネシアの一年に4回配られる現金給付プログラムでは、男性が世帯主の所でのみ、現金給付が子供の教育の改善に結びつき、女性が世帯主の所では教育改善に結びつかなかったという、結果が出ました。

 世界銀行の報告書はこの結果について、①現金給付のタイミングが、学期の始まりなど教育費が必要となる時期とマッチしていなかった、②男性が世帯主の家庭は、夫婦二人で現金収入を得られる可能性があるのに対し、女性が世帯主の家庭は一人親であるケースが多く、現金収入を得られる人が一人しかいない。この結果、女性が世帯主の家庭では子供を児童労働から学校へとやるには金額も配布タイミングも適切ではない一方で、男性が世帯主の家庭ではこれを実現できる家庭も見られた、と考察しています。

 ただ、私の専門外であるヘルス分野については女性が世帯主の家庭の方でより効果が大きかったので、現金給付の目的によってもデザインは変えられる必要があることが示唆されています。

 また、ニカラグアの貧困層向けに行われた2カ月に一度配られる無条件現金給付プログラムと条件付き現金給付プログラムの組み合わせでは、子供の学校への出席状況や児童労働が改善しました(本旨からは離れますが、貧困層に現金を渡しても酒やギャンブルに使ってしまうというのは幻想に過ぎないケースが大半です)。

 ニカラグアでは、インドネシアとは逆に、効果は女性が世帯主である家庭の方でより大きく出ました。私はニカラグアに行った事はありませんが、青年海外協力隊で赴任していた大学院時代の同期の話と各種統計から判断すると、ニカラグアは貧しい国でかつマスキュリニティが大変に強い国です。このため、インドネシアと異なり給付額が母親が世帯主の家庭であっても子供を児童労働から引き剥がすのに十分となった上に、稼げるようになってこそ一人前で早く稼げるようになるべきというマスキュリニティが強い男性が持ちがちな価値観が阻害要因となり、女性が世帯主の所の子供の方がより良い教育成果につながったのではないかと推測されます。

 これらに対し、モロッコで毎月配られる現金給付プログラムも、子供の教育成果を改善しましたが、ランダムに父親と母親に現金を配るグループを作り出して検証が為されたところ、父親に現金を渡しても、母親に渡しても、両者の間に顕著な違いは見られませんでした。残念ながらモロッコは行ったことも無ければ、関連する友人もいないし、論文の中で考察も行われていなかったので、なぜニカラグアやインドネシアのケースとは異なる結果が出てきたのかは分かりませんでした。

まとめ

 このように、全く同じ額の現金を配ったとしても、その目的・デザイン・文脈によって効果が異なってきます。世界を見渡すと、女性に渡した方が良いケース、男性に渡した方が良いケース、どちらでも良いケースと様々な事例が存在しています。

 私の専門は教育政策に特化しているので詳細は分かりませんが、同じ国の中でも教育に限ってみれば男性に渡した方が良くても、保健分野では女性に渡した方が良い、という複雑な結果となっている場合もあります。

  詳しく説明をすると膨大な字数になるので今回は誰に現金を渡すのかについてのみ言及しましたが、申請なのか申請する必要がないのか、給付する金額をどうするか、給付する頻度をどうするか、現金給付と併せて何を行うか、など現金給付のデザインはかなり探求の幅が広い領域です。

 世界的に見ても現金給付は貧困対策の主要な対処法の一つとなってきていますし、ベーシックインカムとの絡みでも言及されることが増えてきているのに、前回の現金給付から今回の特別定額給付金の間の10年ちょっとの間に、緊急時に現金給付を行う時にどのようなデザインでやれば良いのかのまともな政策分析が為されてこなかったように見えるのは、この間の政権の怠慢だと言わざるを得ません。

 今回は緊急を要するものなので今更あれやこれや言っても仕方はありませんが、新型コロナ騒動が落ち着いて平時となった際に、現金給付の目的に応じてどのようなデザインを取れば良いのかについて政府が真面目に取り組んでくれることを切に願います。

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