
「GettyImages」より
新型コロナウイルスに感染するとどうなるのか、正確なところがわからず不安を募らせている人は少なくないだろう。血管の壁にウイルスがこびりつく、血栓をつくり脳梗塞や心筋梗塞を招く、道端で倒れ突然死する、「免疫力」が弱った時に発病する、治癒せず再発する……等々、恐ろしくなるような説がネットでは乱立している状況だ。
世界中で専門家が研究を進めているとはいえ、未だウイルスの正体はつかみきれず、免疫の獲得などについてもはっきりしたことは言えないという。不安になるのも仕方ないが、風説に左右されるのはリスキーだ。最近は減ったが一時期は「バナナでコロナ予防」「26度以上の熱でコロナは死滅するのでお湯を飲めば感染しない」などといったデマ・トンデモ情報も流れ続けており、相変わらずテレビやネットでは、新型コロナについての情報が散乱している。
これまで2回に渡り、PCR検査の意味や日本のウイルス対策について、ウイルスを専門に研究している峰宗太郎氏にお話を伺った。最後に、4月現在で分かっているウイルスの感染と予防対策について聞いていきたい。
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峰 宗太郎(みねそうたろう)
医師(病理専門医)、薬剤師、博士(医学)。京都大学薬学部、名古屋大学医学部、東京大学医学系研究科卒。国立国際医療研究センター病院、国立感染症研究所等を経て、米国国立研究機関博士研究員。専門は病理学・ウイルス学・免疫学。ワクチンの情報、医療リテラシー、トンデモ医学等の問題をまとめている。
無症状者も「マスクをつける」
――新型コロナウイルスに感染しても、無症状の人や軽症者が8割以上いると聞きますが、実際にはどうなのでしょうか。
【峰】 ダイヤモンド・プリンセス号の全数調査(陽性634人)で18%をはじめいくつもの調査の結果が出ていますが、WHOでは80%は無症状かごく軽い症状であるとしています。
無症状の状態にはいくつかあります。発症者になるのは「症状が出た日から」ですから、その前の潜伏期間の人もいますし、ずーっと無症状のままウイルスがいなくなる人、そして実際には症状が出ているのに本人が症状を気にしていなかったりしてコロナだと気づいていない軽症者。つまり無症状者、潜伏期間、ごく軽度の軽症者という3タイプですが、このどの状態の方からでもうつり得ます。
――私自身は、手洗いとマスクを徹底して気をつけたら、あとは心配しても仕方がないので、今の巣ごもり生活を楽しんで過ごしています。ただ、無症状者からでもうつるというのは気になるところです。
【峰】新型コロナは発症までの潜伏期間が危険で、症状が出る0.7日前、つまりまだ症状が出ていないときが1番感染させやすいピークがきているという論文が出ました(Nature Medicine誌)。ニューヨークなどアメリカの多くの新型コロナが流行している地域では、無症状者が感染を拡大させることを防ぐために「全員マスク着用」が求められるようになっています。
――私は3月にアメリカに行きましたが、入国した9日には誰もマスクをしていなかったですし、マスクをしたアジア人は差別されると聞いていましたが、帰国した17日にはむしろアメリカ人の方が大仰なマスクをしていて驚きました。でもマスクというのは予防効果よりも自分がウイルスを持っているとして、そのウイルスを人にうつさないためにするものですよね。
【峰】その認識は正しいです。マスクをした瞬間に、自分が感染することを予防できると思って油断してしまうと危険ですね。
マスクには2つの効果があります。1つは、装着することによって周囲に唾など飛沫(しぶき)を飛ばさない、「人にうつさない」効果。それから予防、「うつされない」効果もあるにはあります。ただし、どちらも完璧でも完全でもない。
マスクをした新型コロナの患者さんに咳込んでもらって、ウイルスがどのぐらい検出されるかを調べた論文も出ましたが、マスクをするとその外側まで飛び散るウイルスの量は喉・鼻にある量の1万分の1ぐらいに減るものの、それでも明らかに外に飛び散っていることがわかりました。でもそこまで量が減れば、感染の確率はかなり下がるのですけどね。
――では予防効果はどの程度と言えますか?
【峰】マスクの予防効果を調べる上で、マスクをした人としていない人で院内感染のおこる確率などを見た論文はたくさんありますが、これに関してはどうも効果がはっきりしないものが多いのですね。マスクと顔の隙間からウイルスが入ったり、マスクの取り扱いが適切でなかったりするのだろうとも考えられます。総合的にみると、マスクは完璧でも完全でもない。ただし、感染拡大のリスクを下げる効果はありそうだと言えます。
感染が広がっている地域では、誰が感染者であるかわからないし、ウイルスを吸い込む可能性も高いので、お互いがマスクをすると、いわばダブルの効果でリスクは下げられるでしょう。前述のようにアメリカではやっぱりマスクはつけたほうがいいんじゃないかと、論調が変わってきました。これまで「明らかに病気の人・症状のある人以外はマスクをする必要はない」との方針が主流でしたが、「全員マスクをしろ」になって、ついには私の住んでるメリーランド州もワシントンD.C.も、マスクしなければお店に入れなくなりました。
――『新型コロナウイルスの真実』(岩田健太郎/ベストセラーズ)には、飛沫は周囲の空間に漂っていて、マスクの隙間から入ってきてしまうから「症状のない人が飛沫に対してマスクを着けるのは、全くの無意味」とありました。
【峰】それはちょっと言い過ぎなところもあると言えて、マスクの感染リスクを低減させる効果は、完全に否定することまではできないんです。しかし先に述べたように、その効果は完全ではないので、マスクをしていても咳エチケットを守りましょう、マスクをしていても人との距離を測りましょう、マスクをしていても症状のある人は外出しない……こういうことを同時に守らなければ、意味がないよということなんですね。
――何でもそうですけど、0でも100でもないってことですよね。
【峰】おっしゃるとおりです。マスクの外側はだんだん汚染されていきますので、外側を触った手で目や鼻、口に触ってしまえば、濃縮されたウイルスを粘膜にくっつけてしまうこともあります。マスクは実は諸刃の剣で、正しく扱わないと危ないこともあるんです。
――不織布ではなく、政府の配布しているような「布マスク」はどうなのですか?
【峰】布マスクについては、効果がある・ないでずっと意見が分かれていて、WHOは「効果なし」派でした。医療現場では今でも「布マスクは絶対に使うな」ですが、それはあくまで医療現場においてです。先に紹介した論文では、布マスクでも飛沫はある程度減らせるということが明らかにされており、リスクを下げる効果はあると思います。ただ、布マスクは再利用が前提ですよね?
――そうだと思います。
【峰】煮沸(熱湯)消毒でも、キッチンハイターのような次亜塩素酸ナトリウム水溶液を薄めたものにつけ込んでも良いのですが、適切な洗濯・消毒ができていなければ、感染拡大のリスクが上がる可能性も考えられます。
前のめりな「抗体検査」は待って
――結核を防ぐワクチンであるBCGを接種していることが、新型コロナの予防に寄与しているかもしれない、とも言われますが。
【峰】確かにBCGを打った国と打っていない国を比べると、打った国のほうが新型コロナの症状が軽い人が多いという比較はなされていたり、言われたりしています。でも、そもそもの感染者数があまりに違いますし、遺伝的な差も要因かもしれませんし、ウイルスが地域によって変異している可能性も0じゃないんですよね。クラスター対策がうまくいっているかどうかなどや習慣の差もあります。欧米の習慣では、挨拶するとき、ハグしたり、握手したり、キスしたりしますが、日本人はほとんどがお辞儀だけです。マスクをしているかしてないかも、国の文化によります。
このように、何か一つだけを「これ」という要因だとは簡単には言えません。そしてこういった検討をするときには「交絡因子」と言いますが、BCGだけが因子かどうかはそう簡単にはわからないところが多いですね。
――それに関して調査は進んでいるのでしょうか。
【峰】オーストラリアではBCGの有用性を検証するため、BCGを新たに打った人と打っていない人、どちらが新型コロナに感染しやすいか探る治験をやり始めています。
――抗体の獲得、抗体検査についてもお伺いしたいです。ニューヨークでは4月下旬から抗体検査を進めていますね。抗体検査の意味はなんでしょうか?
【峰】抗体検査は、感染の有無に加えて「いつごろ感染していたか」がざっくりとわかるので、感染して時間が経っているとわかれば、一般的には結構な確実さでで「もう、この人が感染する可能性は低いだろう」と言えるので、外出しても大丈夫だということになりますよね。
――抗体検査とはどのようなものですか。
【峰】まず抗体検査は、病原体を直接調べる病原体検査とは別のものです。感染した瞬間から体内でウイルスに対してできてくる抗体の量、「抗体価」が上がっていきますので、これを調べるのです。
感染初期は、IgMというタイプが増え、少し時間が経つとIgGというタイプに置き換わり、最後はIgMが消えてIgGというタイプだけになります。IgMとIgGを測ってIgMだけが高ければ“感染したばかり”、IgMとIgG両方が高いと“感染からちょっと時間が経っている”、IgMはもうなくてIgGだけになっていると“感染からかなり時間が経過した”とわかります。
抗体価の組み合わせでわかるので便利な検査ではあるのですが、じゃあ新型コロナの場合、IgMとIgGがどのぐらいの間隔でどういうふうに上がってくるか、まだわかっていないことが多いですね。これは新しい論文もどんどんでているのでだんだんわかってくるとは思います。
かつ、抗体を測る検査は、研究室レベルでやるELISAなどの方法なら確実でも、簡易検査キットで高い品質を保証されているものはまだほぼないといっていいでしょう。もちろん開発はすすめられていますが、その品質が保証されたもので、正しくワークするかの証明がまだできていないものがほとんどなのですね。
今、日本でも「抗体検査ができる」と前のめりになって自費診療で抗体検査をやるクリニックが出始めていますが、危ないと思います。新型コロナの抗体とその検査法はまだ、今後の研究という段階なんです。現時点で抗体検査をしていい加減な数値を出し、それをもとに施策を決定してしまうと、ミスリーディングになる可能性があるとは思います。
――そもそも新型コロナの抗体ができるのかどうかも、まだよくわかりませんよね。それに抗体を獲得しても、またかかる可能性もある?
【峰】あります。そこは大事です。通常、抗体を持っているとウイルスは中和されて細胞に入れなくなりますが、新型コロナでもそれがセオリー通りにできるのかという問題もありますし、それがうまくいかない人がいる可能性もあります。まずは新型コロナウイルスの引き起こすCOVID-19という病気に対して、ちゃんと抗体ができるかどうか。抗体ができれば病気にならないと保証できるのか、つまり免疫がつくのかどうか。それを確かめる研究が先だと思いますね。