
「GettyImages」より
私はバカでした。いや、現在進行形でバカです。バカだから、逃げ遅れたのかも。思えば、日本から逃げ出すチャンスは何度でもあったのに。私は未だに、日本に住んでいます。
日本は治安がいいですよね。ケニアに滞在していたとき、私の知人は銃を持って強盗に押し入られたり、睡眠薬入りの飴を渡されて身ぐるみはがされたり、といった事件に遭遇しました。これらの事件は半年という短期間に起こりました。怖すぎます。
その点、日本は夜中に歩いていても、ケニアほど犯罪被害には遭わないと思います。帰国した後、夜中でもひとりで歩ける国であることを、とても有り難く感じたものです。
日本のいいところはたくさんありますよね。ハイテクなトイレ、美味しいご飯、京都の綺麗な街並みとか、好きなところはたくさんあるんです。でも、嫌いなところも、たくさんあります。
日本では、女性は稼ぎにくい仕組みになっています。いい大学や大学院を出てもそうです。正社員の場合であっても、女性は男性の7割程度の賃金しか稼げませんし、非正規雇用の数は、女性は男性の2倍。また、性犯罪被害でつらい思いをする女性は大勢いるのに、性犯罪の時効は短く、軽視されています。
さらに日本は夫婦別姓が認められておらず、人権問題だとして国連から3回も勧告を受けていますが、未だに96%の女性が結婚時に自分の名前を変えています。2019年のジェンダーギャップ指数は121位です(ちなみにケニアは109位で男女平等に関しては日本より進んでいます)。
私は、日本は他の多くの国と比較しても、女性が生きづらい国だと思っています。まあ、男性にとっても生きやすい国とは言えませんが。格差社会。この言葉の意味を、実感をもって感じている人も少なくないはずです。
優しくて料理がうまくて友達にも評判がよくて素敵な彼氏だと思っていた相手に、差別的な側面が垣間見えたり、暴力を振るわれたりしたら、一気に冷めます。私にとって日本はそういう存在です。いいところもたくさんあるけど、そんなこと言っていられない。
私は、日本の、堂々と差別するところが嫌いです。「差別なんてもうないよ。男女平等になったよね。むしろ女の方が強いよね」というごまかしが横行しているところも、最悪です。もし私が、配偶者を主人・旦那と呼ぶことに抵抗がなかったり、結婚式で花嫁は一切発言しないことに疑問を持たずにいたり、性別による格差がまったくない職場でしか働いたことがなかったり、セクハラされたりしたことがなかったら、ここまで明確に「嫌い」とは思わなかったかもしれません。
でも、日本のそういうところが嫌いだと思える人間でよかった。チャン・ガンミョンのフェミニズム小説『韓国が嫌いで』(ころから)を読んでそう感じました。
皿洗いの仕事でも「人間扱いしてくれる」国で暮らしたい
『韓国が嫌いで』というタイトルから、「韓国ヘイト本」を連想される方もいるかもしれません。ですが、中身は違います。本書は韓国社会の生きづらさを描いた小説ではありますが、その「生きづらさ」は、韓国特有のものではありません。端的に言ってしまえば、ここに書かれている「生きづらさ」は、日本で感じるものととても似ています。
主人公は韓国人女性のケナ。大学卒業後、金融機関に3年勤めた後、オーストラリアへの移住を決意します。理由は、「韓国が嫌いで」。満員電車やセクハラ上司、非正規雇用の増加や格差社会に嫌気がさし、オーストラリアでなら「自分の身分をより高められる可能性が高い」と考えたのです。
ケナは「素直な女」とは真反対の性格です。彼氏が新聞記者の試験を受けると知ったときのケナの反応は、<新聞社ごとに試験問題を作ってるって知ってた? 当然、受験料も安くない。その話を聞いたとき、本当に純粋に感心した。受験生を相手にいい商売してるな。やっぱ世の中、そうやって生き抜かなくちゃ>(P.41)という具合。シニカルかつウィットに富んだ視点が彼女の持ち味です。読者に語りかけてくるようで、「面白い女友達」と会話しているような気分になります。
ケナの彼氏は、同い年で真面目。ケナのことをとても大切に思っています。オーストラリアに移住したものの、韓国に一時帰国した際に彼氏からプロポーズされたケナは、悩みます。しかし、韓国で自分が働いたとしても経済的に自立することは難しいということ、彼氏が認めるような「本当の職業」ではない仕事に就く可能性が高いことから、韓国で彼氏と結婚すると「家事担当の女」になるしかないことに気がつき、オーストラリアに戻る決意をするのです。韓国の嫌いなところに自覚的だったからこそ、自分の幸せを追求することができた、と言えるでしょう。
<マジで笑える話なんだけど、実のところ、若い子たちがオーストラリアに来ようとする理由が、まさに人間らしく扱ってほしいからなんだって。皿洗いで暮らしても、オーストラリアがいい、ってこと。人間扱いしてくれるから>(P.49)とケナは言い、韓国のいき過ぎた学歴社会、格差社会を批判します。
2020年、韓国の格差社会を描いた『パラサイト』が米アカデミー作品賞を受賞し話題になりました。『パラサイト』ではそこにある格差と同時に、格差が固定化され階層移動が難しい韓国社会の現実が描かれていました。階層の低い女性は「家事担当の女」になるしか生き延びる術がないという閉塞感のある国において、尊厳を傷つけられずに生きるためのもっとも合理的な選択肢が、「他国への移住」だったのでしょう。
若い女性には、「早めに海外に移住して」と言いたい
やっぱり、どう考えても、日本が生きづらい国だと感じている人、性別による差別を受けたくない人にとって、もっとも合理的な方法は、「より差別や格差が少ない国に移住すること」だよなあ……と、本書を読んで改めて感じました。
少し前、アメリカで活躍する女性医師がテレビで取り上げられていました。彼女は内田舞さんという名の女性で、元フジテレビアナウンサーの平井理央さんの級友としてテレビに出演したのですが、「『ドラえもん』のしずかちゃんは、頭がよくても女性だからリーダーになれない」と感じ、日本にいたら自分もそうなってしまうと思って渡米したと話していました。なんてクレバーなのでしょうか。私も学生時代に気がつきたかった。今自分が学生だったら、海外の大学進学も選択肢に入れて、「自分にとってどの国が最適か」を考える時間を持つでしょう。いや、もしかして、まだ遅くないのかな? 今から、海外移住を考えても、いいのかもしれない。少なくとも、嫌だ嫌だと言うだけの状態より、よっぽど生産的でしょう。
『韓国が嫌いで』のケナは、姑や会社の愚痴ばかり言う学生時代の友人たちを見て、こんな風に考えます。
<この子たち、きっとこれからも何年たっても相変わらず同じ話をしているんだろうな。正直、状況を変えようとする意思そのものがないんでしょう。彼女たちが望んでいるのは「わあ、今どきそんな嫁いじめする姑がいるんだね。会社もひどいよね、韓国ってどうしてこんなに遅れてんのかな?」って共感してあげることで、根本的な解決策ではない。根本的な解決策って疲れるし、実行しようと思えば相当な勇気が必要だから。会社の上司に向かって「こんなのできません」って、姑に向かって「それは嫌です」ってずばっと言い切るのが怖いんだよ。あの子たちにとっては今の生活がくれる安定感と予測可能性がとっても大事>(P.94-95)
当たり前だけど、「日本の〇〇なところが本当に嫌」と言い続けたところで、何も変わらないんですよね。もちろん、「こーゆーとこが嫌!」と言い続けることも、とても大切なことですが、本当に現状を変えたいと思うなら、それに加えて、「変えるために行動する」か「移住する」か、その両方か、何かしら具体的なアクションをする必要があります。
私は最近、「日本のこういうとこってめっちゃ嫌なんですけど」と言うだけの状態に飽きてきたので、少しだけ、行動をするようになってきました。といっても、署名をしたり、メールで抗議したりとか、ほんのちょっとですけど。また、本書を読んだことで、以前からなんとなく考えていた海外移住も視野に入れて行動しようかな、と思い始めました。
とは言っても、友達も恋人も日本にいて、仕事も日本でできるものが多い状態の今、身軽に動くことはできません。海外移住を考えるなら、やはり若いうちの方が、しがらみなくスムーズにできるのは事実です。ということで、これを読んでいる若くて身軽な人、とくに女性には、迅速な海外移住をおすすめします。
「嫌い」はネガティブな言葉に思われがちですが、「嫌い」という感覚を無視して、無理やり好きになろうとするのは単なるエセ・ポジティブです。問題から目を背けることにしかなりません。「嫌い」と本気で向き合ったとき、自分にとって「好き」と思える生き方を選ぶ勇気を得ることができるのでしょう。
『韓国が嫌いで』は、「自分にとって何が嫌か」に向き合うきっかけをくれる一冊です。また、「あなたは本当に現状を変える意思がある?」「じゃあ、あなたはこれからどうするの?」という問いを真正面から突きつけてくる本でもあります。
(原宿なつき)