ほんとに「女が強い時代」って、こういうこと? 「女が支配する社会」を描いたディストピア作品3選

文=原宿なつき
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GettyImagesより

「昔は女性に参政権はなかった、今はある」
「かつて女性が就ける仕事はほとんどなかった。でも今は女性は何の職業にも就ける」
「高等教育を受ける権利は男女平等」

 こうした“事実”から、「男女差別はもうないよね」と言う人がいます。

 「女が強い時代になった」とか、「女の人の方が賢いから」という言葉を耳にしたりもします。そういった言葉を聞くたびに、「やっぱりまだまだ男社会なんだなー」と思います。

 だって、「今は男が強い時代だ」「男の方が賢い」とは、言いませんよね。統計的に男性の方が権力・金を持っていることは明らかですから、わざわざ言う必要はありません。「女の方が賢い」は許されるのに、「男の方が賢い」という言葉にはそこはかとないパワハラ臭がします。この非対称性に、現実のパワーバランスが反映されています。

 ジェンダーギャップ指数が153カ国中121位(2019年時点)の日本においても、「女性より男性の方が強い」などと主張する男性はあまりいません。パワーを持っている側は、自らの権力や既得権益に無自覚になりがちですから、「女性差別はもうほとんどない」「自分が男性だからという理由で優遇されたことはない。実力でここまできている」と思い込むことができます。無自覚でいられることは、強者の特権です。

 しかし、性別を理由に減点されたり、ハラスメントを受けたり、仕事を辞めざるを得なかったり、正当な報酬を受け取れなかったり、家事育児介護といったケアを無償でして当たり前だと思われたり……といった不平等に直面した人は、無自覚ではいられません。

 「あ、男女差別ってあるんだ」「女性と男性で扱われ方がこんなに違うとは」と自覚するタイミングは人それぞれですが、就職時、結婚時、出産時などに感じる人が多いようです。また、「#Metoo運動を知るまで、日本に男女差別があることに気づいていなかった」という女優の石川優実さん(#Kutoo運動の発起人)のように、他者の告発に触れてはじめて、差別構造に気がついた、という方もいるでしょう。

 差別や不平等がある、と気がつけることは幸いです。不平等を指摘し続ける人に向かって、「なにをそんなに怒っているのか」「生きづらそう」と言う人がいますが、社会の不具合を指摘できず怒れないことこそ、不自由でかわいそうではないでしょうか。構造的な不平等があることに気づけなければ、セクハラを軽視され、出産で仕事をあきらめなくてはならなくなったとしても、自分の努力不足で仕方ないことなのだ、と思い詰めてしまうかもしれません。シングルマザーの2人に1人が貧困という異常事態にも、「自分が選んだ道だから」と耐えることしかできなくなってしまう可能性もあります。本当は、一生懸命働いても貧困から抜け出せない社会構造の方がおかしいのに。

 差別や不平等があるということに気がつかなければ、永遠に差別・不平等が是正されることはありません。差別・不平等をなくすための第一歩は、「差別・不平等がある」と自覚することなのです。換言すると、「なんか、これっておかしくない?」というちょっとした違和感から変革は始まる、とも言えるでしょう。

 ただ、差別や不平等は日常に深く埋め込まれすぎているため、外の世界に出たり、(石川さんにとっての#Me too運動との出会いのような)外から刺激を受けたりしなければ、なかなか気がつくことができません。

 ということで今回は、「男女間の差別・不平等や、性別役割意識に基づいた男女の生きづらさ」を、「あれ、今まで普通だと思ってたけど、これってなんか、おかしくね?」と気づかせてくれる力を持つ作品を3つご紹介していきます。

映画『軽い男じゃないのよ』。男女の力が反転、「女の浮気は仕方ない」

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軽い男じゃないのよ

最初にご紹介するのは、フランスのコメディ映画『軽い男じゃないのよ』。Netflixで視聴可能です。

▼Netflix
『軽い男じゃないのよ』

 本作の主人公は、俗に言う「男らしい」男。仕事でブイブイ言わせ、美女とみたら口説き、女性がどう思うかには頓着しません。そんな主人公が頭を打ったことをきっかけに、男女の力関係が反転した世界に飛ばされてしまいます。

 職場で高い地位についているのは女性ばかりで、主人公は「男だから」という理由で軽く扱われ、セクハラされたり、美しさを要求されたり、気軽に声をかけられまくったりと、散々な目に遭います。女性がセックスに積極的なことは主人公にとって好都合かと思われましたが、いざセックスというときに女性から、「胸毛がある男とはセックスできない」と言われてしまいます。男が美しさを求められる世界において、主人公は「自分の意思で」痛さに耐えながら脱毛し、ネイルをし、美容に奔走します。

 主人公の親友の男性は、妻が妊娠したので当然のように育休を申請。職場に謝り、家事・育児を一手に引き受けますが、彼の妻はソファで偉そうにビールを飲みながらテレビを見る始末。さらに妻は浮気をしているようなのですが、彼は、「女の浮気だから」と自分を無理やり納得させます。この世界では、「女は浮気するものだから男は我慢するしかない理論」が幅をきかせているのです。

 半裸の男性のポスターが街中のそこら中にある世界を映像として見ると、とてもインパクトがあります。男子の異常な美容熱には、自分で望んでいるはずなのに、そこはかとない不自由さが漂います。

 本作で描かれる世界は異様に見えますが、現実の性別をただ反転させただけです。つまり現実の異様さを教えてくれているのです。

小説『パワー』 女性が男性をレイプする世界

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パワー

 ふたつ目の作品は、アメリカの作家ナオミ・オルダーマンの小説『パワー』です。邦訳は2018年に河出書房新社より発売されました。

 本書の舞台は、5千年以上先の未来。電流を放てる力を持った少女が現れ、力を持つ女性が次第に増えていき、真に「女性が強い時代」がやってきます。肉体の力で女性が男性を上回ると、男性は体力だけでなく知力の面でも女性より劣った存在だとみなされるようになり、女性が世界を支配するようになりました。

 この世界では、女性は不思議なパワーによって、男性を勃起させられることもできます。そのため、男性は女性からレイプされる恐怖にさらされることになります。

 『パワー』では、「力のある側の性を生きている人の、力のない側に対する無自覚な見下し・軽視」が、容赦なく描かれています。

 例として、女性の作家が、男流作家(小説家は女性ばかりなので、男性作家はこう呼ばれているのです)が「男性が支配する世界」の小説を書いたと聞いて、言い放つ言葉が挙げられます。

「おっしゃっていた『男性の支配する世界』の物語はきっと面白いだろうと期待しています。きっと今の世界よりずっと穏やかで、思いやりがあって、こんなことを書くのはどうかとおもいますが、ずっとセクシーな世界だろうな」

 この世界では、「男性は、穏やかで、思いやりがあり、セクシー」な性別なのです。

 つまり「女らしさ・男らしさ」は所与のものではなく、権力構造によって作られていくもの。「性別にまつわる『らしさ』」の本質を皮肉に言い表した一説は痛快です。

小説『ピュア』。女性が男性を「食う」世界における、負け組男性とは?

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「ピュア」

 最後にご紹介するのは、2020年4月に早川書房より刊行されたSF短編集『ピュア』(小野 美由紀著)です。

 表題作『ピュア』の舞台は、女性が男性よりも圧倒的に高い身体能力を持つようになった遠い未来。地球軌道上の人工衛星ユングで暮らす女性たちは、国を守るために子供を産むことを義務付けられています。たくさん子供を出産した女性は、名誉女性と讃えられ、兵役を免除されるとあって、主人公ユミのクラスメートたちは、積極的に男性を狩り、セックスをしています。

 ある日ユミは、狩りの対象である男性・エイジに恋をしてしまいます。しかしこの世界では、男性を食べなければ妊娠はできません。ユミはエイジに対し、セックスしたいし子供もほしい、という強い欲望を抱いているのですが、そのためには、彼を食べなければならず……というストーリーです。

 この世界では、男女に異なる役割が課されています。女性の役割は男性を食べて子供を産むこと、男性の役割は女性に選ばれ食べられることです。男性はどれだけ懸命に働いて、国の発展に寄与したとしても、「女から選ばれない」というだけでお荷物、負け組扱いされます。

 27歳でまだ女性から選ばれていない(食われていない)エイジの同僚・芦沢さんは、仲間内から「残飯」と呼ばれ蔑まれています。男たちは自ら欲望して女をゲットすることはできず、ひたすら「欲望される」対象になるしかありません。そんな男たちは、もはや「欲望されることこそが自分の欲望である」という域に達しています。「残飯」にはなりたくないですからね。

 「残飯」とはひどい言葉ですが、そういえば日本には女性に対して「売れ残り」という言葉がありましたよね。そして未だに「女性は男性から選ばれた方がいい」という言説はそこかしこにあふれています。プロポーズは男性がするものという慣習も、(形だけであっても)決定権を持つのは男性だ、という規範に基づいたものです。

 私は以前、恋愛メディアで、意に沿わない仕事をお金のためにしていたことを書きましたが、そこで求められたのは、「愛され女子」「選ばれる女になる」「彼にプロポーズさせる方法」などを書くことでした。まるで、女性は誰もが男から選ばれたがっていて、自ら相手を選ぶ力はなく、つがいになる以外の選択肢もないかのような世界がそこにはありました。そしてその世界は小説ではなくノンフィクション、私たちが生きている現実の日本社会の一端です。

ライターとしてweb恋愛コラムを量産しまくった私の懺悔と「愛され女子」撲滅の誓い

 フリーライターとして、ひとつ懺悔があります。それは、「倫理的にアウトな仕事はしたくないけど、生きるためにしちゃってます(ました)」ということです。…

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ほんとに「女が強い時代」って、こういうこと? 「女が支配する社会」を描いたディストピア作品3選の画像6 ウェジー 2020.01.18

 異性から選ばれないことで「残飯」呼ばわりされるディストピア。それは、私たちが今生きている現実と地続きです。

権力と体力。ふたつのパワーは切り離せない?

 今回は、「男女の権力が反転したディストピア」を描いた3つの作品をご紹介しました。

 興味深いのは、3つの作品すべてが、女性が支配する世界を描きながら、同時に、女性を男性よりも肉体的に強い存在として描いている点です。『軽い男じゃないのよ』は実写なので、男性より女性の方が肉体的に強いふうには見えないのですが、女性がジムに通って鍛えているシーン、筋肉を強調するシーンなどが入れられており、女性の方が体力的にも優っている世界であることが示唆されています。『パワー』『ピュア』は、男女間で圧倒的な力の差があり、女性の肉体的な力は容易に男性をレイプしたり殺したりできるほど強いものです。

 反転させた世界でも、肉体的な強さが、権力関係に強い影響を与えている。だとしたら、肉体的に男性より弱い個体である女性が、男性と同じだけのパワー(権力)を持つ時代は、永遠にこないのでしょうか?

 『男らしさの終焉』(フィルムアート社 グレイソン・ペリー著)では、狩りをするために体力が必要だった時代や、危険な戦争に参加しなければいけなかった時代、体力勝負の仕事しかなかった時代であれば、旧来型のマッチョさ、体力は有効だったかもしれないが、今やそういったものは無用になっている、と指摘しています。

 肉体的な強さと仕事の地位や権力との結びつきは、徐々に薄れつつあるとも言えるのかもしれません。これは、全人類にとって喜ばしいことです。体力のある男性であっても、いずれは老人になります。体力的に弱い人間になるわけです。

 弱い個体であっても健康な人、体力のある人と同じだけの権利を行使でき、差別されない世の中を目指すことは、男女差別を無くすだけではなく、全ての人に恩恵がある世界を目指すことにもつながるのではないかと思います。

 そのためには、まず、「現状のどこが問題なのか」を知ることでしょう。今回ご紹介した3作品が、「今までモヤモヤしてたけど、やっぱ変だよね!」「当たり前だと受け入れてきたけど、これって、おかしくない?」と意識するきっかけになれば幸いです。

(原宿なつき)

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