焼却炉で遺体を燃やし醤油をかける…あの事件の裁判を傍聴していた男

文=高橋ユキ
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「GettyImages」より

 傍聴ライター高橋ユキが、何年経っても記憶から消えない裁判を振り返る。今回は【あの事件の!……の話】。

【愛犬家連続殺人を参考に……?】2009年傍聴

 映画『冷たい熱帯魚』のモチーフになったのは、1993年に埼玉県熊谷市周辺で4人が殺害された「埼玉愛犬家連続殺人事件」だといわれる。実際の事件では、同市でペットショップを経営していた関根元とその妻、風間博子が殺人罪などに問われ、ともに死刑判決が下されており、関根は死刑確定後に病死、風間は現在も無罪を訴えて再審請求を続けている。

 栄養ドリンクに動物薬殺用の薬品、硝酸ストリキリーネを混ぜて飲ませるという手法で次々に被害者らを殺害しただけではない。関根元死刑囚が「ボディを透明にする」と称したように、その遺体をバラバラに解体して肉は細かく切断して川に投棄、骨はドラム缶で燃やすという徹底的な証拠隠滅作業を行ってきた。

 2004年、この愛犬家連続殺人の舞台、熊谷市で傷害致死事件が発生した。稲川会系高田組の事務所内で、組員の山崎智さん(30=当時)が殴る蹴るの暴行を受け死亡したのである。この件で、同組幹部だった中原浩明が逮捕されたのは2008年8月。前月に「若い衆が2004年秋頃にいなくなっている」と情報提供が寄せられたことから事件が発覚した。

 4年にわたり事件が発覚しなかったのは、「ボディを透明に」していたからだった。共犯のなかに、愛犬家連続殺人の公判を傍聴していた者がいたのだ。稲川会系高田組は、関根の第二(推定)の被害者、遠藤安亘さん(51=当時)が当時組長代行を務めていた組でもある。

 中原の公判は逮捕から5カ月後、2009年の1月にさいたま地裁で開かれた。起訴状やその他の証拠によれば中原は熊谷市の組事務所で、山崎さんに対して数時間暴力をふるって死亡させたのち、その遺体を組事務所にある焼却炉で燃やし、灰を用水路に流していた。

 死体遺棄、損壊の態様は、関根が行なっていた「ボディ透明化」を受け継いだと強く推認されるものの、しかし、これらについてはすでに時効が成立しており、起訴はされていなかった。中原が起訴されていたのはあくまでも山崎さんに対する傷害致死、そして事務所を尋ねて来た元組員を監禁したという全く別の文脈で発生した逮捕監禁罪である。

 組長が服役中で不在の当時、代わりに組を取り仕切っていたのは本部長の中原だった。ある日、組長の妻が体調を崩しているのに、ビールを飲もうとした山崎さんに中原は激高。制裁を加える。その後、改めて山崎さんに問いただしたところ「反抗的な態度を取った」ため、さらに制裁を加えることに。他の組員らに暴行を加えるよう指示をし、おのおの金属バットなどで山崎さんを殴ったという。

 暴行した組員らの中でも中原の残虐さは突出しており、ボルトクリッパーという工具で山崎さんの頭部を殴打したり、噴出させたキンチョールの先にライターで点火、火炎放射器のごとく山崎さんを火あぶりにした。その後「反省させるため」にしばらく放置していると、山崎さんは死亡していたという。

 事件の発覚を防ぐため、遺体を焼却炉で焼き、灰を用水路に投棄したが、消却の際、発生する臭いを消すためにペットボトル入りの醤油を買って来て焼却炉に撒いたという。愛犬家事件で関根は、遺体をバラバラにする際、肉と骨を分離していたが、そうしなかったことで臭いが出たのだと思われる。

 翌朝、山崎がいなくなったことは内緒にする旨が組員らに周知され、凶器のボルトクリッパーは廃棄された。

 罪状認否で「間違いありません」と潔く罪を認めた彼は、山崎さんに暴力を振るった経緯についてこう語った。

「組長に対しては恩義がある。下の者が規律を乱せば、ナンバー2や3がシメる。ルール違反は認めない。山崎は、ただでさえ飲んではいけない酒を、姐さんが弱ってるときに飲もうとしました」

「シメた後、山崎の目をみたところ、ギョロついてたんです。で、シャブ喰ってんのかって聞いたところ『K君から、もらった』と。でもKはあげた覚えがないと言うんで、山崎を問いただすために焼却炉に入れたり、火をつけるフリをしたりして、初めて、シャブを盗んだって認めたんで……薬ってのは、自分の中で、好きじゃない。とても許せない気持ちでした」

 脅すために一度、山崎さんを焼却炉に入れたり出したりしているが、「焼却炉は人を燃やすための設備」という共通認識があったからこその脅しなのではないか……そんな推測はいきすぎか。

「つぐない……生きている以上、残りの人生、全てをかけてやっていくしかない」

 最後にこう述べた中原には懲役15年が求刑され、懲役13年の判決が下されている。

【あの放火無罪の被告人が繰り返した行為は】2014・2018・2019年傍聴

 2009年9月8日、東京都葛飾区のアパートの一室に窓ガラスを割って侵入、現金1000円を盗み、室内にあったストーブの灯油を床にまいて放火したなどとして、現住建造物等放火罪などで起訴された無職のB(当時40)。翌年に東京地裁で開かれた裁判員裁判で、放火については無罪となり、窃盗や住居侵入のみ有罪という判決が下された。

 Bの「前科」をどう取り扱うかが問題になり、差し戻しを経て最高裁まで争われた、有名な事件だ。まず地裁は「裁判員に不当な偏見を生む恐れがある」として前科に関する検察側の証拠申請を却下。放火を認定せず懲役1年6月(求刑懲役7年)とした。

 ところが二審は「前科の手口に類似性がある」と一審を破棄して、地裁に差し戻す判決を下した。弁護側が上告し、2012年の9月、最高裁第2小法廷は証拠採用は原則として許されないとする初判断を示し、二審判決を破棄した。最終的に差し戻しの控訴審で2013年に公訴棄却され、放火についてBの無罪が確定している。

 そして2018年。東京地裁の法廷にこのBが被告人として現れた。都内のアパートに住む女性宅に侵入し、女性用のパンツ3枚を盗んだとして、常習累犯窃盗罪で起訴されていたのだ。だが彼は完全否認していた。

 Bが女性用の下着の窃盗で起訴されたのはこれが初めてではなかった。放火の無罪が確定した翌年の2014年にも、エメラルドグリーンの女性用パンツなど下着複数枚を盗んだとして、東京地裁でひっそりと裁かれていたのだった。こちらも完全否認していた。当時の言い分はこうだった。

「立ち小便してたら目の前にパンツが2枚落ちてた」
「ポケットに入れると自転車を走らせづらいのでベルトに挟んだ」
「同じ更生保護施設の男にギャグで見せようと思った」

 要するに“落ちていたものを拾っただけ”であるという主張だ。それを裏付けたかったのか「これまで色々拾いました。工具もタオルもいろいろ……」などと“拾い歴”を披露していたが、これは認められず、懲役1年6月の判決が下されていたのだった。

 2018年の下着窃盗裁判でも、今度は“購入した下着だ”として否認。

「アダルトショップで購入した」
「(被害者宅近辺に)懐かしさがあり、散歩していた」

 しかしBは、購入店を尋ねられ、答えることができなかった。さらにBの住んでいた部屋から押収された女性用パンツとセットになるブラが、被害者の部屋にあったこともわかった。2019年4月に言い渡された判決は、懲役3年。裁判員裁判で放火が無罪になっても、結局2度、トータル4年半も懲役にいっているのだった。

(高橋ユキ)

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