「忖度」「監視」を省いたテレワークが可視化したもの

文=加谷珪一
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GettyImagesより

 政府は新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、緊急事態宣言の期間延長を決定した。この措置は感染症対策としては有効だが、経済活動の制限が続けば、当然、企業の業績にはマイナスとなる。

 すでに非正規社員やアルバイトを中心に仕事を失う人が増加しており、この先、外出の自粛が続けば、雇用はさらに不安定化するだろう。だが日本特有の雇用環境を考えると、大量の失業者が街にあふれる事態までは考えにくい。

業績が悪化した業界を中心に雇い止めなどが横行

 日本は現役世代の人口減少による人手不足が続いており、失業率の低下が進んできたが、コロナ危機がこうした状況を変えようとしている。厚生労働省によるとコロナ関連で解雇や雇い止めにあった人は3月27日末時点で3000人を超えており、同月の有効求人倍率は1.39倍と前月から大きく低下、3年半ぶりの低水準となった。

 総務省が発表した3月の労働力調査では、完全失業率は2.5%と前月との比較で0.1ポイント増加している。コロナの感染拡大で企業が求人を絞り、一部では労働者を解雇している様子が見て取れる。SNS上ではアルバイトの仕事がなくなった、雇い止めの被害にあったといった話が飛び交っているので、業績が極端に悪化した業界を中心に雇用が失われている可能性が高い。

 この調査は3月時点のものだが、コロナによる外出自粛が本格化するのは4月以降である。緊急事態宣言以降、企業の経営環境はさらに悪化しているので、4月の失業率が上昇するのはほぼ確実である。

 一部のエコノミストは緊急事態宣言の延長によって、コロナ関連の失業者が2倍以上に増え、77.8万人になると予想している。3月時点の失業者数に単純に77.8万人を上乗せすると、失業率は一気に3.5%以上に跳ね上がる。経済活動の自粛が長引けば長引くほど、失業率はさらに上がっていくだろう。

 では、日本においても米国のような大規模な解雇が行われるのかというと、そうはならないと筆者は考えている。解雇が難しいという法制度上の理由に加えて、日本では人出不足の影響が極めて大きいからである。

需要激減の業界から人手不足が深刻化した業界へのシフト

 先ほど、3月の失業率は2.5%に上昇したと述べたが、昨年12月には2.2%という水準まで数値が下がっていた。これは驚異的な低水準であり、経済学的にはほぼ完全雇用であることを示している。数字の上では、日本において仕事が見つからない人はおらず、それ以上に人手が足りていない状態なのだ。

 今回のコロナ危機によって、飲食店やホテルを中心に需要が激減し、一部の企業は経営破綻に追い込まれている。こうした業界では大量の労働者が余っているが、一方で人手不足がさらに深刻になった業界もある。もっとも顕著なのは運送業界だろう。

 運送業界は以前から人手不足に悩まされてきたが、コロナ危機による外出自粛でネット通販の利用が増え、配送要員の確保がさらに難しくなっている。

 飲食や宿泊で人が余ったとしても、数字上は人手不足の業界が余剰人員を吸収していく。仮に一時的に失業者が増えても、人が余った業界から足りない業界へのシフトが進み、需給の調整が行われるだろう。

 もっとも、ある業種で働いていた人がコロナの影響で仕事を失ったからといって、すぐに別の業種で働けるとは限らない。人にはそれぞれ適性があることに加え、業界ごとに求められるスキルが違っているからである。人材の適材適所が進むまでには、ある程度の時間が必要となるので、1年以上の時間をかけてゆっくりと人材シフトが進む可能性が高い。

テレワークの普及は転職を増やす結果に?

 コロナ危機がもたらす影響は業績だけにとどまるものではない。テレワークの普及によって、会社の業務そのものが変化する可能性が指摘されており、一連の変化はやはり雇用の流動化を促すことになる。

 これまで多くの日本人にとって、「カイシャ」というのは、単にお金を稼ぐ場所ではなく、自身が帰属する共同体でもあった。そうだったからこそ、会社への滅私奉公も当然のこととして受け入れてきたわけだが、コロナ危機によってこうした価値観が崩れ始めている。特に大きいのがテレワークへの移行である。

 テレワークにシフトすると、社員は相手の顔を見ずに仕事をすることになる。これまでは全員が顔を合わせ、お互いを「忖度」「監視」しながら仕事を進めてきたが、テレワークによってこうしたムダが一気に可視化されてしまったのだ。押印のためだけに出社することや、書類を直接手渡しすることのリスクが指摘されたこともあり、業務のIT化を進める動きも顕著となっている。

 一連の改革が進めば、日本企業における業務の進め方は大きく変わる可能性が高い。具体的には、仕事が集団ベースから個人ベースになり、時間ではなく成果によって評価する比重が高まってくる。これまでは「仕事をしているように見える」ことが大事だったが、これからは出した成果そのものが問われることになる。

 一部の管理職や社員は不要とみなされるかもしれないし、逆に業務のIT化について行けない企業の場合、社員の方から見切りを付けるケースも出てくるだろう。

 直接的な影響を受けない業種であっても、コロナをきっかけに希望退職など組織のスリム化に乗り出すところも増えてくるので、危機が一段した後には、転職の増加が予想される。終身雇用制度はすでに事実上、崩壊しているが、ひとつの会社に生涯、居続ける人は、さらに減少する可能性が高い。

コロナ後には状況が一変する業界も

 人手不足が深刻で、かつコロナ後の社会でも需要が継続する業界で働いている人は、今のところキャリア・チェンジについてあまり心配する必要はない。従来と同様、会社内、あるいは業界内でのスキルアップに専念すればよいだろう。

 一方で、どちらかというと人材が余っている業種や会社に勤務している人は、従来以上に会社外、業界外でのキャリア形成について真剣に考える必要が出てくる。急ぐ必要はないので、人が足りない業界にはどのようなとろがあり、自身のキャリアがどの程度、生かせるのか具体的に検討してみるべきである。

 もっとも現時点で厳しいと思われている業界でも、コロナ後には事態が一変する可能性もある。

 飲食業界は今、大変厳しい状況だが、コロナによって食事に対するニーズそのものが消滅したわけではない。今後はデリバリーを中心としたまったく新しい業態の飲食店が登場する可能性も指摘されており、一部の人にとっては大きなビジネスチャンスとなる。

 政府の専門家会議は「新しい生活様式」をまとめ発表したが、コロナによってこの社会は変化を余儀なくされており、自身のキャリアについて漠然と検討していては立ちいかなくなる。業界を超えて、戦略的に自分のキャリアを構築していかないと、あっという間に時代に取り残されてしまうだろう。

(加谷珪一)

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