精神医療に「コロナ鬱」の治療は可能なのか?

文=みわよしこ
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 新型コロナウイルスの感染拡大は、世界のありとあらゆる側面に影響を及ぼしている。ウイルス自体が活性を失いにくい上、発症前から感染拡大させやすくなるというステルス兵器のような特徴が、感染の拡大を加速している。

 2020年4月28日、世界の感染者数は300万人を突破した。失われるのは、健康や生命だけではない。社会や経済に対する甚大な影響が、生活のあらゆる場面で現在進行中である。もちろん、メンタルヘルスに影響しないわけはない。

日本における「コロナ鬱」の登場

 日本国内の報道では、2月後半から、新型コロナ禍と関連した形でメンタルヘルスを取り上げた記事が現れはじめていた。感染が拡大しはじめた2月、そして誰もが感染拡大を疑えなくなった3月は、もともと年度末にさしかかる時期であり、次年度に向けたストレスが高まりやすい。さらに冬季の日照量の減少や、寒冷による運動機会の減少など、メンタルヘルスにとって好ましくない要因が重なる。そこに新型コロナが、経済的打撃や日常生活へのストレスの数々を引き連れて、やってきた。

 このような背景のもとで、SNSに「コロナ鬱」「コロナ疲れ」という用語が出現した。報道に初めて「コロナ鬱」という用語が出現したのは、筆者の確認では、3月6日のAbemaTV番組、および翌日のAbema Times記事である。

 それから2カ月が経過した現在、「コロナ鬱」は深刻化していないわけがない。

「コロナ鬱」は向精神薬で治るのか?

 4月6日、「激増中『コロナ鬱』を避けるための5つの予防法」と題して、エッセイストの鳥居りんこ氏による記事が公開された。

 鳥居氏がインタビューした愛知県の精神科医によれば、3月下旬のある1日、来院した68人のうち58日が新型コロナへの不安を訴えたという。うつ病の通常の主訴である「気持ちの落ち込み」に加えて不安や焦燥感が見られ、さらに不安や焦燥感の増大によって、息苦しさや不眠が起こるという。中には、コロナ禍によって解雇され、「死にたい」と希死念慮を語り、入院を必要とするケースもあったということだ。精神科医は対策として、「症状の原因(新型コロナ)を自覚する」「ニュースを追わない」「規則正しい生活と運動」「明るい未来予測」「感謝」の5点を挙げている。

 「コロナ鬱」にみられる「気持ちの落ち込み(抑うつ気分)」「焦燥」「不眠」「自殺念慮」は、いずれも、うつ病の典型的な症状である。診断基準として広く用いられているDSM-V(精神疾患の分類と診断の手引き 第5版)には、うつ病に含まれる9つの症状が挙げられており、診断基準は「9つの症状のうちうち5症状が2週間以上存在して、精神の機能変化を起こしていること」である。

 目に見えないウイルスの強大なパワーに打ちひしがれれば、「無価値感」に苛まれるだろう。新型コロナのニュースや慣れないテレワークに疲れれば「疲労感」や「興味や喜びの喪失」「思考力や集中力の減退」が起こる。ストレスからヤケ食いに走ったり、逆に食欲を失ったりすれば「食欲増加/減退」といった症状を抱えることになる。これら5つの症状は、前述の「抑うつ気分」「焦燥」「不眠」「自殺念慮」の4症状と同時に現れることが多い。合計すると、うつ病の9つの症状となる。

 緊急事態宣言が延長された現在、うつ病の症状がいったん現れると、自然に軽快することは期待できない。したがって、「2週間以上」の継続という条件は、容易に“達成”されるであろう。現象面から見る限り、「コロナ鬱」が「うつ病」と共通部分を持っていることは自明だ。しかし筆者の内心には、引っかかるものがある。「コロナ鬱」は精神疾患なのだろうか?

“現金欠乏性”精神疾患の治療法とは?

 たとえばコロナ禍によって失職し、失業給付の受給中に再就職することも困難な状況にある場合、自分の価値を疑い、将来を悲観するのは、自然な成り行きである。再就職に成功するとしても、多くの場合、減収は避けられないだろう。家族の生活や子供の進路も、激変を余儀なくされるかもしれない。「死にたい」「死んで保険金を残した方が良いのではないか」といった考えにとらわれることは、大いにありうる。

 もちろん、深刻なうつ状態にあったり、自殺を実行しかねない状態にあったりするのなら、まずは安全な環境での休養が必要だ。向精神剤も、役に立つかもしれない。しかし、うつ状態が回復すると、コロナ禍の影響で仕事や収入の見通しがない状況に直面しなくてはならない。状況の困難さは、本人を再び落ち込ませて「死にたい」という状況に陥らせかねない。すると、再び精神科での治療の対象となる。しかし回復すると……厳しすぎる現実と、重すぎるうつ状態の間を往復する無限地獄となってしまう。

 無限地獄からの脱出に必要なのは、職業と収入だ。失った職業生活を取り戻すことは、向こう数年にわたって困難かもしれない。しかし、生活が成り立つ給付があれば、無収入ではなくなる。メンタルヘルスを悪化させにくい毎日を送りつつ、将来への希望が自然に芽吹くのを待ち、無理のないペースで希望への小さなステップを重ねていくことができれば、「コロナ鬱」は自然に乗り越えられるだろう。

 一個人、一世帯にとっての「仕事がない」「お金がない」という苦難、それらが引き起こす「コロナ鬱」は、その個人や家族だけで乗り越えられる課題ではない。個人に対する精神医療は、助けとなるかもしれないが、乗り越えるためには全く不十分だ。コロナ禍による職業喪失がもたらした精神症状は、「現金欠乏性障害」と呼ぶべきものだ。栄養の欠乏による身体疾患を治療するためには栄養補給が必須であるのと同様に、現金欠乏性障害は現金型サプリメントによってしか治療できないはずである。しかしそれは、一般的な精神医療の仕事ではない。

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