精神科入院患者が「一律10万円給付」を手にすることの革命的インパクト

文=みわよしこ
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 前回記事では、新型コロナウイルスによって個々人に「コロナ鬱」をはじめとするメンタルヘルス上の問題がもたらされている現状と、対策の可能性ついて述べた。

 しかし、新型コロナに激変させられた日常のニュース映像の中に、精神科病院の中の風景は現れるだろうか? 個人や中小事業者への経済的支援への議論が白熱する時、精神障害者の姿は思い浮かべられるだろうか? そもそも社会から忘れられやすかった人々が、コロナ禍で置き去りにされようとしていないだろうか? 日本在住者全員を対象とした一律10万円給付(特別定額給付金)は、精神科入院患者に届くのだろうか?

「三密」が揃いやすい精神科病院

 日本で初めて注目された新型コロナウイルスの集団感染は、横浜港に停泊していたクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」号だった。クルーズ船には、通常は乗客の開けられる窓がない。気密性が高く、多数の乗客がおり、船外との行き来の機会は港で接岸している時に限られる。

 この状況は、精神科病棟と酷似している。無断外出や自殺を防止するため、窓は開けることも割ることも困難なつくりとなっていることが多い。現在の精神科病院の多くは、「窓に鉄格子がある病院」ではない。ガラス窓と金属の格子を組み合わせるより、割れにくい合成樹脂をハメ殺しにした窓の方が“有効”だからだ。換気装置を取り付けても、換気が困難である事情は変わらない。

 精神科入院病棟の中は、清潔であっても独特の臭気が漂いがちなのだが、原因の一つは換気の困難さにある。旅客機の高性能空調設備は、機内の空気を3分で入れ替える事が可能だ。しかし、そのような空調設備を精神科病院に設置することは、コストの面から不可能に近いと思われる。したがって、換気は不十分にならざるを得ない。そのような場に、多数の入院患者がいる。開放病棟ならまだしも、閉鎖病棟には、そもそも病棟の外に出る自由はない。開放病棟でも、外出や外泊は病院に届け出る必要がある。

 精神科に限らず、病棟には入院患者が「密集」しており、日常動作や治療やケアのたびに「密接」が起こりうる。さらに精神科病棟には、もともと「密閉」に近いという特徴がある。そこに新型コロナウイルスが持ち込まれたら、容易に感染クラスタとなりうる。日本全国の精神科病棟の中で、約25万人の入院患者が、そのような環境に置かれている。

報道されている精神科病院の集団感染は「氷山の一角」か

 精神科病棟での集団感染は、実際に発生している。長年にわたって精神科病院で看護師を務めてきた有我譲慶氏に提供いただいた資料によれば、精神科病院または精神科病棟での集団感染は、4月30日までに全国で6件発生している。新型コロナ陽性となった精神科入院患者の合計は29名だった。うち死亡者は3名で、全員が高齢者だった。これらの他に、精神科病院のスタッフが感染したものの、院内感染にはつながらなかった事例が数例ある。

 10%を超える高い死亡率は、精神科入院患者の高齢化率だけでは説明できないはずだ。この他に、医療スタッフ10名、家族1名(看護師の血縁者、死亡)が感染している。

 単科の精神科病院(標榜科は「精神科・内科」となっていることが多い)の場合、入院病棟で集団感染が発生すると、自動的に「精神科病棟での集団感染」となる。しかし、うかつに公表すると、ふだんの「精神科は危ない」という偏見が、「精神科かつコロナだから、極めて危ない」へと容易にエスカレートするであろう。これが、明確に「精神科病院で集団感染が発生」と報道されるとは限らないことの背景だ。精神科病棟を持つ総合病院の場合、「その病院で集団感染が発生した」という事実は公表されるとしても、通常、具体的な診療科や病棟まで明らかにされることはない。精神科病棟で感染クラスタが発生したのかどうかは、不明のままとなる。この他にも、新型コロナウイルスに感染していても、症状を示さないまま別の疾患で死亡した患者や、発熱や咳などの症状を示さなかったため把握されないまま死亡した患者の存在も考えられる。このような理由により、精神科病院での実際の感染者数は、集団感染として把握されている事例より多い可能性があるのだが、実態は把握のしようがない。

 5月10日現在、判明している感染者数から感染率を計算してみると、日本全国で0.013%、精神科入院患者では0.012%となる。表面化している感染者数で見る限り、「日本の精神科病棟の危険性はシャバと同等」ということになるのだが、感染判明や治療に至るまでのプロセスに含まれる質的な相違は無視できない。

「精神科かつ新型コロナ」の治療が困難を極める事情

 精神科病棟の中は、日常的に医療過疎地帯となりがちだ。むろん、精神科医はいる。内科医もいるかもしれない。しかし通常、外科医や歯科医はいない。精神科以外の診療科に対応できる医療スタッフも、いないことが多い。精神科病院の中で治療できるのは、市販薬や通院や在宅療法で対応できる感染症や慢性疾患、消毒液や絆創膏や湿布薬で治る程度の外傷などに留まり、虫歯の治療すら出来ないことが多いのだ。インフルエンザやノロウイルスをはじめとするウイルス感染症の集団感染は、毎年のように起こっているのだが、世間の関心対象となることは少ない。

 もともと医療法施行規則は、精神科入院患者を「精神病室に入院させること」としてきた。この規定は、精神科入院患者の身体疾患は、精神科病棟内で治療出来ない場合、治療されないということを意味する。精神医療に従事する労働者らの運動によって、後に「身体疾患に対し精神病室以外の病室で入院治療を受けることが必要なものを除く」という但し書きが追加され、精神科病棟の外で身体疾患の治療を受けられることとなった。とはいえ、受け入れる医療機関がない場合、「絵に描いた餅」となる。

 新型コロナ患者が精神科入院患者であることを理由として転院できずにいる間に、その病院内や病棟内で感染が拡大した事例は、既にある。3月に発生した兵庫県内の精神科病院の集団感染では、70代の重症者だけが感染症指定医療機関に搬送され(5日後に死亡)、他の感染者は院内に別フロアを設けて治療された。

 4月に発生した神奈川県内の精神科病院の集団感染では、急遽、措置入院となった40代の患者が、入院後に新型コロナ感染症を発症した。転院先が見つからない数日間のうちに院内感染が拡大し、10名(うち医療スタッフ2名)の集団感染となったのである。一般病院ですら不足しているマスクや防護服は、精神科病院ではさらに不足がちであることが多い。このことも、感染拡大の背景の一つとなった。

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