「贅肉こそが大事だった」コロナ禍で世界中が痛感したこと/想田和弘監督インタビュー

文=wezzy編集部
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想田和弘監督(写真提供:東風)

 精神科病棟にカメラを入れ、日本の精神医療の現実をつぶさに観察したドキュメンタリー映画『精神』。2008年の公開から10年近くの時が経ち、想田和弘監督の最新作『精神0』が、「仮設の映画館」でデジタル配信中だ。

 『精神0』は、『精神』における主人公のひとりである精神科医の山本昌知氏が引退を決意。妻の芳子さんと新しい生活に踏み出す様子を追った作品。

 山本先生による最後の診療の日々を観察し、描き出されたものは何だったのか。想田監督に話を聞いた。

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想田和弘
1970年、栃木県生まれ。テレビ用ドキュメンタリー番組を手がけた後、映画製作を開始。主な監督作に『選挙』、『精神』、『Peace』、『牡蠣工場』、『港町』、『ザ・ビッグハウス』など、主な著書には『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』(講談社)、『日本人は民主主義を捨てたがっているのか?』(岩波書店)、『熱狂なきファシズム』(河出書房新社)などがある。

──12年前の映画『精神』でカメラを向けた精神科医・山本昌知先生をもう一度取材しようと思ったきっかけは何ですか?

想田和弘(以下、想田) 山本先生の引退です。実は以前から、山本先生のドキュメンタリー映画を撮ってみたいと思っていました。だから、引退されると聞いて焦りましたね。そこで「今しかない」と、引退までの日々を撮影させていただきました。

──『精神』のメインは患者さんで、山本先生ではありませんでしたものね。

想田 はい。山本先生は患者本位の精神医療を一貫して追求されてきた方です。1960年代には、閉鎖病棟で患者さんが部屋の外に出る自由すら制限されるような状況に疑問を感じて、部屋の鍵を廃止する運動に参加されていたそうです。
 『精神』を公開した時に多くの医療関係者の方が見に来てくださいましたけど、その時も治療の様子を撮影できたことに驚く感想が多く寄せられました。
 山本先生はなかなか普通にはいらっしゃらない精神科医です。だから、是非とも山本先生の映画を撮りたかった。引退すると聞いて、どうしようかと思いましたよ。

──撮影していてどんなことを感じられましたか?

想田 僕は映画を撮る際、「テーマを決めないで行き当たりばったりで撮る」という方針なんですけど、カメラを回しているうちにだんだんと見えてくるものはある。
 それで山本先生と患者さんとのやり取りを見て思ったのは、「この映画は“さようなら”を言うこと」についての映画になるかもしれない、ということです。
 長年山本先生に診てもらっている患者さんは皆さん、「もしかしたら先生とお会いできるのはこれが最後かもしれない」と思い詰めた表情で診察を受けられていました。
 その様子を撮影しながら思ったのは、私たちはどんなに誰かと仲良くなったり愛し合ったりしても、死から逃れることができない以上、いつかは「お別れ」を言わなくてはならない、ということです。
 患者の皆さんそれぞれの最後の診察を見ながら、自分はそういった大事な場面に立ち会っているという実感がありました。

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(C)2020 Laboratory X, Inc

コロナ禍で世界中が新自由主義の危険性を認識した

──山本先生の存在が患者さんにとってそれだけ大きいものだったということですよね。先生をそばで見ていて感じられたことは、どういったことでしたか。

想田 撮影していて思ったことの一つは、山本先生が「効率主義」とか「金儲け主義」といったものに対する解毒剤のような存在であるということです。

──山本先生の診察は端から見ると単なる雑談にしか見えない瞬間も多いですが、そういった時間こそが大事なんでしょうね。
 個人的に印象に残ったのは、「大きい病院では診察が数分しかなくてまともに話を聞いてもらえなかった」と訴えて、山本先生が引退した後に他の精神科医の診察を受ける恐怖を語った患者さんです。

想田 山本先生は患者さんのグチのような話でも、どんなに長くても「うん、うん」と言って聞いている。そういう人だからこそ、患者さんは山本先生に信頼を置いているわけですよね。つまりムダのように見える会話は、ムダではないんです。
 山本先生を観察させていただいていると、山本先生が現在の精神医療や社会の中でオルタナティブであるがゆえに、主流なやり方とか価値観の問題を暴く存在になっていると感じます。

──「山本先生の異質さ」という視点は、いまこの状況で映画を見ると非常に訴えかけるものがあると思いました。
 というのも、新型コロナウイルス感染症の拡大で世界中が未曾有の危機にありますが、今回の件で改めて分かったのは、新自由主義的な「効率主義」の徹底による弊害です。

想田 まさしく。いま世界中で人々がそのことに気づいてハタと立ち止まっていると思います。
 この数十年間、先進国の多くで自由化・民営化が進み、行政や大企業経営者にとって短期的に不利益にみえるものがカットされていきました。
 でも、そこで「ムダ」とされて切られたものこそが、こういった危機においては実は大事なものだったということが分かりましたよね。ムダはムダではなかったんです。

──日本においては、これまで推し進められてきた公務員の非正規化・保健所の削減などがコロナ対策の障害になっています。

想田 おっしゃる通りです。それに労働者の権利もそうです。非正規化が進んだ結果、労働者の権利がどんどんシュリンクしていき、簡単に解雇ができるようになってしまった。
 その結果、僕が住んでいるアメリカでは多くの人が失業し、3000万人以上が失業保険を申請する事態になっています。失業と同時に健康保険を失っている人もいて、大きな社会的不安を引き起こしている。

──「効率化」してはいけないものまで効率化してしまった結果、多くの人の命が脅かされています。

想田 ここ数十年、私たちの社会は、とにかく贅肉を削ってきたわけですよね。
 でも、贅肉っていうのは、実はある程度必要なものなんです。
 人間の個体でもそうです。なんで身体に贅肉がつくかというと、飢餓の時に備えて栄養を蓄えているわけですよね。飢餓というのは、人間が生きている限りやって来る可能性がある。私たちのDNAはそのことを知っていて、いずれ来る危機に備えている。
 そういった備えを、私たちの社会システムも同様にやっておかなければならなかった。「公務員の数を減らせ」や「もう終身雇用の時代じゃない」といったことが声高に叫ばれてきましたけれど、クライシスに直面したいま、贅肉の大切さを思い知らされているように思えてなりません。

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この状況で「映画」に出来ること

──文化・芸術・エンターテインメントも「贅肉」かもしれません。ただ、人間の社会生活においてそれらはなくてはならないものです。
 映画でも、音楽でも、文学でも、美術でもなんでもいいのですが、こういったものがいかに私たちの心を支え、社会を豊かにしてくれるか改めて理解した人は多いでしょう。
 しかし、日本においては休業を余儀なくされている映画館やイベント事業者に対して政府からまともな補償がなく、存続の危機に晒されています。

想田 このままでは映画館、特にコロナ禍の前からギリギリの経済状況で運営してきた小さな映画館はみんな潰れてしまうと思います。下手をすると、この嵐が過ぎ去った後、誰も立っていないという状況が現実のものとなってしまうかもしれない。

──映画館やライブハウスのような場所は、単なる娯楽施設であるのみならず、エンターテインメントを通じて人々が集まり、コミュニティをつくる大切な場所です。これらがなくなってしまうことの社会的損失は単純に数値化することはできませんが、とても大きなものです。

想田 まさしくそうだと思いますね。
 英語では、病院・スーパー・薬局といった、食べて生きるのに必要不可欠な業種の人々を「エッセンシャル・ビジネス(必須の業種)」と呼んで営業継続を認め、それ以外の業種は「ノンエッセンシャル・ビジネス(必須ではない業種)」としました。
 それによってブロードウェイや映画館などは閉められたわけですが、この言い方にも僕は実は違和感があって。だって、少なくともそういった仕事をしている人々にとっては、「エッセンシャル」なんです。閉められちゃったら生活できないんですから。
 確かに、感染拡大を防止するためには、人が集まる劇場を閉めた方がいいのかもしれない。それは分かります。でも、その間、誰も守ってくれなければ、働いている人はどうなりますか。

──日本でも休業補償の議論はずっと続いているのですが、なかなか進展しません。

想田 この状況で休業せざるを得ない事業者や労働者を支援できるのは政府だけですよね。しかし安倍政権は、布マスク2枚だの、「お肉券・お魚券」だの、あまりにも認識がピンぼけです。政府としての役割を果たしていないし、果たそうという気さえ感じられない。しかしこういう政府を誰が選んでいるのかといえば、私たち主権者です。だから、選挙は大事なんです。

──現状、「映画」はなにができるでしょうか?

想田 僕は政治的なメッセージの発信のために映画を使うということは、これまでもしてこなかったし、これからもするつもりもありません。そういった目的に映画を使うことが有効な手段かどうかにも疑問をもっています。それは、芸術よりもジャーナリズムの領域であると思うからです。
 でも、映画を通じて、現在の状況に対して新しい視点を提供することはできると思います。それは社会状況を変えるためのアジテーションというよりも、「個人個人が生きていくための糸口を観客に提示する」といったものになるでしょう。
 『精神0』を見ていただければ、この大変な時代を生き抜いていくためのヒントは必ずあると思っています。

(取材、構成:wezzy編集部)

【完成】「贅肉こそが大事だった」コロナ禍で世界中が痛感したこと/想田和弘監督インタビューの画像5『精神0』

公式ホームページ:www.seishin0.com

「仮説の映画館」にて公開中、ほか全国の映画館で順次公開

 『精神0』は、5月2日より渋谷シアター・イメージフォーラムほかで上映予定だったが、新型コロナウイルス感染拡大防止のため全国の映画館が休業を余儀なくされるなか、「仮設の映画館」というウェブサイトを通して公開されている。

 「仮設の映画館」は、サイトを通して映画を見る観客が日本全国にわたる賛同・参加劇場の中から1館を選んで鑑賞すると、その料金が一般的な興業収入と同様に劇場と配給に分配されるという仕組み。『精神0』の他にも『春を告げる町』などもラインナップされている。

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「贅肉こそが大事だった」コロナ禍で世界中が痛感したこと/想田和弘監督インタビューの画像2 ウェジー 2020.03.11
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