新型コロナ陽性で妻と幼い子どもたちが入院。家に残された男性に話を聞いた

文=玉居子泰子
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GettyImagesより

 人の移動がほとんどなかったゴールデンウィークを過ぎ、5月なかば頃から、少しずつ街に人の姿が戻ってきている。日本国内における新型コロナウィルスの新規感染者数は少しずつ減少し、緊急事態宣言は東京など1都3県と北海道を除き解除された(5月21日時点)。

 当初、この未知のウイルスは「重症化するのは老人だけ」「子どもはかかりにくい」等と言われたが、世界中に蔓延した今では誰であっても楽観視できないことがわかっている。全国的にはすでに授業を再開している学校も多く、東京などでも6月には登校が始まると見られているが、子どもたちの間で感染が広がったらどうなるのか、保護者としては不安がある。

 そこで今回、妻と幼い子どもたちがコロナにかかり入院した男性の話を聞いた。日本のある都市部に住む西村涼太さん(仮名・40代)は4月中旬、自分を除く家族全員が新型コロナウィルスに感染していることを知った。最初に体調を崩したのは妻で、次に子どもたちが倒れた。

微熱と倦怠感だけが続く数日間

 西村さんの家族は、専業主婦の妻と小学2年生の娘、幼稚園の年長の息子の4人家族。西村さん自身は、ライフライン維持に必要ないわゆる“エッセンシャルワーク”に従事するため、4月7日、全国に緊急事態宣言が発令された後も、出社しての勤務を続けていた。

 子どもたちの学校や幼稚園は3月から休みになっており、妻と子どもたちは、ほぼ家から出ない生活。妻が外出するのは数日に一度の食料の買い出しだけだった。

「4月11日ごろ、妻が37.2℃の熱を出しました。とはいえ微熱で咳も出ていなかったですし、すぐに平熱に戻ったので大丈夫だろうと思ったら、また翌日に37.2〜37.3℃くらいの熱が出る。それが数日続きました。平熱時にも倦怠感や頭痛があって、これまで風邪ひとつひかない健康体の彼女が調子を悪くするのはちょっと心配だな、と思いました」

 ネットを検索すると微熱と平熱を繰り返した後、1週間後に38℃の高熱を出したという感染者の例が報じられていた。もしかして妻もコロナに感染しているのでは……不安が高まった夜、妻に38℃の高熱が出た。最初に微熱が出てから1週間後のことだった。

「夫婦で恐怖に陥りましたね。でも感染ルートがわからない。妻はほとんど家を出ていなかったので、コロナだとしたら僕が職場から持ち帰った可能性もある。でも僕は持病があって免疫力を下げる薬を飲んでいたので、自分がコロナに感染して無症状ということはないのではないか? という気持ちもありました」

自宅隔離生活で家族会議

 西村さん夫妻はまず保健所に電話で問い合わせた。保健所の担当者には、かかりつけの病院でCT検査を受けることを勧められたという。そこで病院を受診すると、倦怠感が続くなかでの高熱だったので、幸いにも病院はすぐにCT検査を実施してくれた。結果、肺にうっすらと影が現れ、肺炎の症状が出ていることが判明した。

「妻はまったく咳をしていなかったのに、それでも肺炎になるのかと驚きました。医師からはその時点でコロナ感染の疑いが高いと言われ、すぐに病院から保健所に連絡してもらって、後日、別の指定病院でPCR検査を受けることになりました。検査結果が出るまでは自宅待機なので、妻を子ども部屋に隔離する生活が始まりました」

 帰宅してまず家中を除菌。妻にはトイレや入浴以外は子ども部屋から出ないでいてもらい、食事は扉の前に運ぶことにした。西村さん自身も職場から出勤停止命令を受け、自宅にこもる。数日間は近くに住む両親に頼んで、数日分の食材を玄関先に届けてもらうことにした。

 子どもたちに状況を説明するために西村さんは“家族会議”を開いた。

「長女はコロナのことはある程度わかっていたと思います。でも完璧には理解していないし、幼い息子もいるので、まずはどんな病気か、ということを説明しました。感染しやすい病気であること、僕らが感染したら他のみんなにも広げてしまうから、しばらく外には出られないこと。お母さんはもしかしたらコロナに感染しているかもしれないので、しばらく一人で過ごしてもらうこと。家のことは全部お父さんがやるから我慢してね、と伝えました」

 子どもたちは落ち着いて耳を傾けてくれた。お母さんと話すのは扉越しに少しだけ、ドアは開けちゃいけないよ、という言葉にも素直にうなずいたという。

「とはいえ二人ともお母さんが大好きですからね。しょっちゅう近くに行ってドア越しに話をしていました。まだどこか他人事のようだったのかもしれないですね。妻がすでに平熱に戻り体調が回復していたのもあって、それほど恐怖を感じている様子はありませんでした」

 家族みんなで乗り越えようと、明るく子どもたちに接しながら、西村さんは家事を一手に引き受け、そしてできるだけ家の中を除菌するよう心がけた。

 検査を受けて2日後、保健所から陽性との連絡が入った。ドア越しに妻が泣いている声が聞こえた。でも、直接励ましてあげることはできない。西村さんはせめてもと、スマホのメッセージで妻を励ました。

家族全員のPCR検査、結果は…

 潜伏期間が長く、個人によって症状の出方や程度に大きな幅があるこのウィルスは、その正体が不確かだからこそ、周囲の不安を煽る。互いの行動を監視したり不必要に責めたりする気持ちも生まれる。自粛に不自由さやストレスを感じていることが一因になっているのか、感染者に対する世間の目は厳しい。病気になって最も苦しいのは本人であるはずだが、それまでの行動を“後悔”し、“反省”しなくてはならない雰囲気がある。

「覚悟はしていたはずですが、妻はやっぱり落ち込んでいましたね。保健所の人に電話で1週間分の行動を細かく聞かれるのですが、話しているうちにどんどん辛くなったようです。ほとんど人に会っていないとはいえ、自分のあの行動で周囲に迷惑をかけたかもなどという気持ちも抱いてしまう。感染したショックと、周りへの申し訳なさが一気にのしかかってきたようでした」

 翌日、妻は自ら車を運転し、指定された病院に入院した。そして残された家族もPCR検査を受けることになった。実は、妻が微熱を出した直後、一度だけ長女も38℃の熱を出していたので、当初は長女だけPCR検査を受けるはずだった。だが改めて保健所から連絡があり、家族全員が検査を受けられることになったという。

「その辺りの判断の経緯はわからないです。こちらが全員受けさせてほしいとお願いしたわけではありません。ただ保健所も、仕事をしていた僕が無症状のまま、妻や子どもに感染させたのではないかと考えたみたいですね」

 だが検査の結果、子どもたちは二人とも陽性だったが、西村さん自身は陰性だった。慌ただしく子ども二人の緊急入院が決まった。不幸中の幸いは、妻の体調が安定しており、子どもたちと同じ病院に転院し、同室入院できることになったことだ。

「保健所と病院側が、子どもの精神的な負担を軽減できるよう配慮してくださったみたいです。ありがたいですよね。実際、『お母さんと同じ病院に入院するよ』と伝えると、二人とも大喜びで。旅行にでも行くかのように、リュックに荷物を詰め込んでウキウキしていました。僕一人だけが、悲しくてたまらなかった」

 子どもたちがはしゃぐ声が消え、西村さんは一人、家に残された。陰性とはいえ、自分も今後感染するかもしれない。しんとした部屋で、西村さんは家中を除菌して回った。感情の蓋が、外れた。

「子どもたちが触っていたものを、汚いもののように拭いて回ることが虚しくてたまらなくて、涙が止まらなくなった。家族が全員、未知のウィルスにかかってしまったという事実も悲しかったし、今は重い症状が出ていなくても今後、急変する可能性がないとも言えない。この時ばかりは、一人で泣くしかなかったですね」

 “お父さん”として“夫”として、気丈に振る舞っていた西村さんだが、怖くないわけがなかったのだ。

 西村さんの妻と子どもたちは、入院後、どのような経過を辿ったのか。後編で詳しく伺っていく。

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