「女性の性欲がなめられすぎている件」と、「男性の性欲が大事にされすぎている件」

文=原宿なつき
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GettyImagesより

 日本は男女の経済格差が大きい国です。総合職・一般職という区分けをすることで、男女の賃金差は「違う仕事をしているんだから、差があるのは当たり前だよね」といった詭弁でごまかされてきましたが、そもそも「一般職」が「女性だけの仕事」であり「総合職に比べて薄給」であること自体が差別です。

 巧妙に行われている差別のため、女性であっても、「日本に男女差別はない」と思い込んでいる人は少なくありません。しかし、以前も書きましたが、私の女友達のなかには、総合職・営業職の面接を受けたにも関わらず、一般職を勧められた子もいます。実際には、「女性は薄給でもいい、となめられる」シーンはそこかしこにあるのです。

 経済格差だけではありません。私が常々気になっているのは、「イマジナリー性欲格差」とも言うべき、「男女の性欲ってこんなに違うよね」という神話です。

 2019年8月、コンビニから成人向け雑誌(エロ本)コーナーが撤去されました。ネットを使えば簡単に無料エロ動画にたどり着ける今、「今どき誰がコンビニのエロ本を買うのか」というと、ネットリテラシーの高くない高齢の男性です。エロ本を撤去することで、「高齢男性がエロ本にアクセスできなくなる。彼らはどうやって性欲処理をすればいいのか!」と高齢男性に同情する声も聞かれました。

 でも、これまで「高齢女性のためにエロ本」コーナーは一度もコンビニに設置されませんでした。これからもないでしょう。女性のためのエロ本として、ティーンズラブなどの漫画を挙げる人もいますが、漫画と写真は別です。「男子高校生を縄でしばった写真の横に『強姦!』の文字が踊る女性向け雑誌」「半裸の男性が表紙になった中高年女性向けエロ雑誌のコーナー」が男子校の近くのコンビニに置かれることはありませんでした。男女を逆にした場合は、全国津々浦々に見られましたが。

 こういった違いは、「男性の性欲は女性とは違うのだ」という声によって、正当化されてきました。

夫の風俗利用は「妻が至らなかったから」?

 「男女の性欲は大きく違うし、男性の性欲は抑えられないもの」とすることには、大きな弊害があります。この価値観を内面化している女性は、「自分には到底理解できないとされている男性の性欲」というものについて、理解・許容しようと頑張り、苦しむことになります。

 「男女の性欲は大きく違うし、男性の性欲は抑えられないもの」という神話を内面化している人は、「男性は浮気する生き物」と言ったりもします。「男性は浮気する生き物」と言った発言をするのは、中年以上の男女に多いですよね。

 20代の女友達は、「男性は浮気する生き物なんじゃなくて、金持ってる奴は男女関係なく浮気する人多いよね。男の方が金持ってる奴が多いから、男の方が浮気しやすいってだけでしょ」と言っていて、一理あると思いました。浮気によって離婚し、経済力を失う専業主婦(夫)と、浮気がバレても問題なく生活できる可能性が高い会社員や経営者では、どちらの方が浮気のハードルが低いかは、火を見るよりも明らかです。

 実際には、男女関係なく浮気する人はするし、しない人はしないのですが、立場が弱く「男性は浮気する生き物だから」と言って自分を納得させるしかない人にとっては、「浮気されても相手に三行半を突きつけられない自分の立場の弱さ」を直視するより、「イマジナリー性欲格差」を信じた方が楽なのかもしれません。

 窪美澄さんの新刊『たおやかに輪をえがいて』(中央公論新書)も、そんな「イマジナリー性欲格差」に苦しめられる女性を描いています。

 主人公は52歳の専業主婦・絵里子。2歳年上の真面目な会社員の夫と、大学生の娘との3人暮らしです。穏やかで平和な日々が続いていくのだろうと疑いもしなかったある日、夫のクローゼットから風俗店のポイントカードを発見してしまいます。

 それまで風俗とは無縁の生活を送ってきた絵里子でしたが、ポイントカード発見を機に、風俗とは具体的に何をするところなのかを調べ始めます。

<絵里子は今、自分が検索したネットの情報に酔いそうになっていた。男の性欲を解消するために、きめの細かい、ありとあらゆるサービスがこの世に存在する。お金さえ出せば、男の人はいくらでもこんなサービスが利用できる。そして、そこには、男性の性欲を解消するために多くの女性が働いていて…>(P.22)

 絵里子は、ポイントカードを見つけても、すぐに夫を問い詰めることはできませんでした。「夫が風俗に通う」ことが、何を意味するのか、怒るべきなのか、わからなかったのです。友人に相談しても、「俊太郎さん(絵里子の夫)も普通の男だね」と言われてしまいます。その友人(50代女性)にとって、「普通の男は、風俗で性欲処理をするもの」であり、取り立てて怒る必要もないのです。また他の知人の女性たちには、「風俗に行くのは、浮気や不倫とは違う。浮気や不倫の方が罪重くないですか?」「男の人の体のしくみは女性とは違う。男の人が自分の性をかかえて生きていくことって女性以上にしんどいんじゃないのかな」とも言われます。

 このように、絵里子のまわりには、基本的には「イマジナリー性欲格差」を信じている女性しかいません。そういった環境に生きている絵里子ですから、夫に対して「ポイントカードって…死ねよ!」とはならず「夫も寂しかったのかもしれない…」と自分の至らなさを顧みます。

 夫は、自分の娘と変わらない年齢の女性たちを相手に性欲処理をしていたわけですが、一方の絵里子はというと、自分で自分を慰めるのみ。おまけに、夫が通っていた風俗のHPを見て、若い女性たちの体と自分を比較し、自己嫌悪に陥ります。

 ここには、明らかな非対称性があります。ここまで明らかな差があるのに、絵里子は夫に対して、「男だからしかたないか」とどこかで思ってしまうのです。

 絵里子や周囲の友人たちは、「どうしようもないよね男って」「男って哀れ」と言いますが、この姿勢には、「夫は大きな長男」「夫はペット・犬みたいなもの」と似た、一見、男性を下に見ているようで、そうでなければ自尊心を保てない女性たちの悲哀がにじみ出ています。哀れなのは、どちらなのか。その実態を見えなくしている全ての根源が、「イマジナリー性欲格差」だと思うのです。

 「イマジナリー性欲格差」を信じることの弊害は、こういった哀れな女性たちを量産することだけではありません。セカンド・レイプや、性被害者が自分を責めることにもつながります。「男性の部屋に行ったのだからレイプされても仕方ない」という言説は、「イマジナリー性欲格差」に基づいています。

 男性の性欲は抑えられないもの、というのは明らかな嘘です。セクハラやレイプは、自分より立場や力の弱い人に集中して行われます。「自分の部屋にきた」からといって、自分の会社の社長や、社長の妻・娘をレイプする人はいないでしょう。「抑えられない性欲」ゆえにレイプしているのではなく、立場が弱い人を選んでしている。理性で抑えられなかったから仕方がない、ということでは絶対にないのです。ですが、「男性の性欲」を過剰評価している人は、「男だからね……」と性犯罪をも軽視することがあります。

イマジナリー性欲格差を解消するには、経済格差の解消がマスト?

 この小説の面白いところは、絵里子を「夫の風俗通いを正当化するしかない哀れな妻」という立場には止まらせないところです。

 夫を哀れんでみたところで、やはり許すことはできないと感じた絵里子は、別居を開始し、友人の経営するランジェリーショップで働き始めます。そのランジェリーショップは、風俗や水商売の女性に人気のショップで、絵里子は風俗デビューの女の子のために下着を選んだりもするようになります。絵里子が働き始めたことで夫や娘との関係がどう変化していくのか、気になる方は本書をチェックしてみてください。

 「イマジナリー性欲格差」に苦しめられた絵里子が、夫との関係をリスタートさせる方法として、「自らに経済力をつける」という方法を選んだ点は示唆的です。我が友人が提唱する「男は浮気する生き物、ではなく、男女関係なく金を持ってる奴が浮気しがち」という説を先ほど紹介しましたが、やはり、「経済格差」と「性欲(が許容される)格差」は比例関係にあるのかもしれません。

 ということは、「女性だからこれくらいの給料でいいよね」という男女の経済格差が続く限り、女の性欲はなめられ、男の性欲は抑えられないものという性欲自然主義が捏造され続けることになる、とも言えそうです。

(原宿なつき)

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