田中みな実「元彼の家政婦になっちゃった」…尽くしエピソードが悲しすぎる

文=田口るい
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「田中みな実写真集」のInstagramより

 フリーアナウンサーの田中みな実が、レギュラー出演している『グータンヌーボ2』(関西テレビ)の6月3日放送回にて、元彼との破局原因を「私が家政婦みたいになってしまったから」だと明かした。

 この日、田中はローラ、フォーリンラブのバービーとリモート形式でトークし、「今年結婚したいって思ってる」と結婚願望を吐露。ただ、「去年別れてから、本当に何もない」とも話しており、昨年交際していた一般男性と破局して以来、恋愛はしていないという。

 さらに田中は、元彼と破局した理由を「家政婦さんみたいになっちゃったから、私が」と明かし、「(田中が家事などをすることを相手が)当たり前と思うと『ありがとう』とかも言わなくなるしね」「言って欲しいわけじゃないんだけど、でもやっぱ、やってもらったら『ありがとう』とか、『すごい助かるよ』とかって言ってくれたら、まだ救われる気持ちもあるんだけど」と、家事をする自分に対して、元彼から感謝の言葉がなかったことに不満を感じていたと吐露した。

 田中みな実は、恋人に尽くすタイプだと自負する。昨年11月発売の雑誌『GINGER』(幻冬舎)1月号では、連載“ここだけ話”の拡大版として1万字のエッセイを執筆、そこでも元彼の家政婦と化してしまったエピソードや、自身の恋愛観を赤裸々につづっていた。誇張もあるのだろうが、それを見る限りでは、恋愛している時の田中はとてもつらそうである。以下、いくつか引用したい。

<シッポがちぎれるほどうれしい飼い主さまの『ただいま』が聞こえても、冷静に、冷静に。顔をみて初めて、“あ、帰ってきたの?”くらいのなんてことのない適切な『おかえり』がカレを上機嫌にさせると信じてる>

<こちらが与え始めると、相手の情熱は緩やかに、或いは急激に萎え、気づけばいつもの通り、反比例のグラフを成している>

<家事全般をなんとはなしにこなすうちに(芸能とは無縁の仕事をしていたカレへの後ろめたさから家事をやりすぎてしまったのね)家政婦と化し、男と女でなくなってゆくのはあまりにも哀しかった>

 田中は恋人にこれでもかというほど尽くし、相手のご機嫌をうかがうタイプのようだが、恋人を“飼い主さま”と捉えてもいる。お互い好きだからこそ付き合っているはずが、上下関係を意識して自分の感情を抑えなければならないというのは、下手に出すぎていないだろうか。

 田中は家事を率先して行った結果、家政婦になってしまったというが、家事を担っただけで男と女でなくなるのならば世の中の夫婦はどうなるのか。結婚をしてどちらかが専業または兼業主婦(主夫)になっても、家族であり恋人同士でもある夫婦はたくさんいるだろう。田中がどう行動したかというだけでなく、彼女を家政婦扱いしてくる相手側にも多分に問題がある。

 一方、客観的に出来事を見れば「尽くしている」ようにも見えるのに、田中のようなウェットな重さが感じられない女性もいる。昨年、南海キャンディーズの山里亮太と結婚した女優の蒼井優だ。

 6月2日に放送された『華丸大吉&千鳥のテッパンいただきます!』(フジテレビ系)では、千鳥の大悟が山里亮太と飲んだときのエピソードを話した。

大悟「夜中の3時くらいに『帰ろうか、タクシー呼ぼうか』つったら『あ、大丈夫です。迎えが来るんで』って言った30分後に扉が開いて来たのがあの大女優」

大悟「パッと入ってきて、いきなり僕に三つ指ついて『いつもお世話になってます』」

 山里の妻で女優の蒼井優が、夜中の3時にわざわざ迎えに来て、丁寧に挨拶までしてくれたというのだ。

 蒼井といえば、山里が結婚会見時にふれたように“魔性の女”というイメージが強いが、彼女は2015年に『MEKURU』(ギャンビット)VOL.05の“蒼井優、最初で最後に恋愛を語る”というインタビューで「男の人にしなだれかかるっていう概念が私にはない」と魔性の女疑惑をきっぱり主張している。

 女優という職業上柄、自身の恋愛観を明け透けに語ることが滅多にないのもあってか、かいがいしく尽くしているエピソードが明かされても、夫に依存しているとか、夫を束縛したがっているようなイメージもない。蒼井に関していえば良妻プレイを軽やかに楽しんでいそうでもある。

 ちなみに同番組で山里は、蒼井がアジアン料理が得意なことや、財布の紐は蒼井が握っていることも明かしている。蒼井が家事を取り仕切ってくれていても、山里が彼女を家政婦扱いすることはまずないだろう。

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