『ミルドレッド・ピアース 幸せの代償』におけるフィメール・ゲイズ 視覚が提示する読みの可能性

文=久保豊
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トッド・ヘインズのクィアな感性

 本稿の最後に、ミルドレッドとヴィーダの母娘関係と“sight”の役割について考察したい。

 ミルドレッドの労働は単純に家族を養うだけでなく、上流階級志向のヴィーダの教育に投資するためであり、ミルドレッドは娘を誇りとしている。

 ミルドレッドとヴィーダの間には、ヴィーダが幼い頃から見る/見られる相互関係が存在する。労働者の母親に対するヴィーダの軽蔑がしばしば取り上げられるが、その軽蔑もまた彼女が母親から感じる過剰な期待に対する恐れの裏返しであろう。母親の期待へ応えられないのではないかという不安と恐れは、音楽の才能を発揮することで軽減されているのではないか。

 17歳になったヴィーダが音楽で挫折を味わうとき、二人の関係に変化が訪れる。口論の末、ミルドレッドはヴィーダを家から追い出すが娘が気がかりで仕方がない。直接目で触れることも、触れることすらも叶わなくなった娘の存在は遠く、そしてさらに愛おしいものとなる。ソプラノ歌手として娘が大成した後もすぐには関係を修復できず、ミルドレッドは娘の存在をアパートの窓、新聞の写真、ラジオから流れる歌声からしか感じることができなかった。

 母娘が再会を果たすのは、ミルドレッドとモンティの結婚パーティーである。ヴィーダが家を出て行った後、ミルドレッドは起業に成功した頃のヒモであり、ヴィーダが深く慕っていたモンティと数年ぶりにめぐり会い結婚する。モンティの計らいで再会した母娘は一緒に暮らし始め、ミルドレッドは娘のキャリアのために投資していく。それ以降、ミルドレッドが娘に対して示す独占欲は過剰かつ、ときにエロティックな強度を伴う。

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【図6】オペラグラス越しのPOVショット(第5章)

 娘への独占欲は、モンティがミルドレッドへコンサート途中で差し出すオペラグラスを通じて提示される、覗き見的なショットによって視覚的に表現される。この覗き見的体験を唯一許されるのがミルドレッドと観客だけである【図6】。皮肉なのは、ミルドレッドが娘を視覚的に独占して味わうための「視線」を与えるのが、彼女が娘を取り戻すために(無意識に)利用したモンティであり、また娘を占有するための「視線」を結末で奪い去るのもモンティである。

 ヴィーダとモンティの異性愛関係が母娘関係を浸食する一方で、ヴィーダへのミルドレッドの愛情はクィアな欲望を同時に想起させる。ヴィーダと再会した夜、ミルドレッドは夜中に彼女が眠る寝室へやってくる。ミルドレッドは眠る娘へ歩み寄り、顔をゆっくりと近づけ、少し躊躇するような表情を一瞬浮かべたのち、髪をかきあげて唇にキスをする【図7】。パム・クックが指摘するように、物語世界外で流れるエディタ・グルベローヴァのソプラノがクレッシェンドに達するとき、唇が重なりあい、このクロースアップにおけるエロティックな興奮もまた最高潮に達する(“Text, Paratext and Subtext” 12)。

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【図7】母娘のキス(第5章)

 ケインの原作にはミルドレッドの性的欲望を示唆する記述が多数あり、このキスも原作に存在する。母娘のキスは物語上必要ないと主張する者もいるだろうが、クィア・シネマの作家であるヘインズが母娘関係に潜在するクィアな欲望を見落とすことは難しいと考えられるし、ヴィーダ役のエヴァン・レイチェル・ウッドのバイセクシャリティを加味すれば、このキスを契機として、母娘の見る/見られる相互関係をクィアに読み替える解釈は十分に可能となるだろう。

 フィメール・ゲイズという概念自体が2010年代にようやく議論が盛んになってきたものであるため、2011年に放映された『ミルドレッド・ピアース 幸せの代償』が提示するフィメール・ゲイズは、2020年現在の視座からすると強度が低く、多様性に欠けるかもしれない。ヘインズ作品でいえば、『キャロル』ほどに視線のポリティクスに特化した作品ではないという意見もあるだろう。

 また、ベル・フックスや他の論者が強調するように、フィメール・ゲイズとされる例の多くが白人至上主義に留まっているという批判に照らせば、『ミルドレッド・ピアース 幸せの代償』や『キャロル』のフィメール・ゲイズにも反省点はあると考えられる。

 だが『ミルドレッド・ピアース 幸せの代償』のフィメール・ゲイズは、少なくとも二つの貢献をしている。一つは、肉体労働を通じて大恐慌を生き延びた女性の経験を原作小説の再解釈をもとに構築し直し、現代の観客が共感できる女性の物語を提示している点。もう一つは、『エデンより彼方に』や『キャロル』と同様、クィアな欲望を物語内に同定し、1940年代のハリウッド映画産業が目を背けた関係性や欲望をテレビドラマとして提示した点だ。

 このようなフィメール・ゲイズを通じて語られてきたミルドレッドの物語は、ヴィーダへ捧げてきた「視線」との決別(“Get out of my sight”)で終わる。肉体労働者として狭い台所を飛び出し起業したミルドレッドにとって、ヴィーダは彼女自身が得ることのできなかった景色を見せてくれ、彼女がなれなかった何かになる体験をさせてくれる存在であった。本作を「母ものメロドラマ」(maternal melodrama)として分類するならば、自分を犠牲にしてでも娘のために尽力し、娘の大成を祈る母のイメージには、成功する娘の視線と同化したいという欲望が見出されるだろう。単純に娘の成功を祈るだけの母親であれば、ミルドレッドが「消えろ」と叫ぶことはなかったかもしれない。

 しかし本作は単純な母ものメロドラマではない。ヘインズのクィアな感性は、母ではなくモンティを選んだヴィーダに対する同性愛的欲望を悲痛な怒りとしてミルドレッドに表出させる。ミルドレッドにとって、成長したヴィーダは彼女自身の同性愛的欲望の対象であった。起業家として成功し、惜しみなく娘に投資できる彼女の財力は、ある意味で彼女の欲望を自由に実践するための手段であったと考えられないだろうか。

 ヴィーダへの過剰な投資によって会社からの辞任に追い込まれ、ヴィーダがモンティの元へ去ろうとするとき、“Get out of my sight”というミルドレッドの言葉は、欲望の対象への視線を遮断することで自らの同性愛的欲望と決別させるのだ。元夫のバートと再婚し、グレンデールの家へと戻るミルドレッドには、異性愛家族のなかで妻・母の役割を演じることで同性愛的欲望を抑圧した1930年代アメリカにおける女性の姿を見出せるかもしれない。

 ヘインズとレイモンドは、カーティス版では排除されたケイン小説にみる同性愛的欲望をキスによって視覚化し、そして原作にはない“Get out of my sight”というセリフを用いてミルドレッドという女性の経験をクィアに読み直す可能性を現代の観客に提示する。そのような読みの可能性を残すことで、フィメール・ゲイズによって本作が描く女性の物語に対する女性観客の観客性を拡大させたのだ。ヘインズによる(クィアな)母ものメロドラマとして、本作に関するさらなる言説が築かれることを期待したい。

引用・参考文献

“Cate Blanchett on the Female Gaze In ‘Carol.’” YouTube, uploaded by Vanity Fair, 4 February, https://www.youtube.com/watch?v=rYgzL28Bbgs

Cook, Pam. “Beyond Adaptation: Mirrors, Memory and Melodrama in Todd Haynes’s Mildred Pierce.” Screen 54(3), 2013, pp. 378-387.Cook, Pam. “Text, Paratext and Subtext: Reading Mildred Pierce as Maternal Melodrama.” SEQUENCE 2(2), 2015, pp. 1-19.

Guillen, Michael. 2011. “HBO: Mildred Pierce—The Evening Class Interview with Todd Haynes.” Todd Haynes: Interviews (Conversations with Filmmakers Series). Jackson: University Press of Mississippi, 2014, pp. 177-184.

“Jill Soloway on The Female Gaze MASTER CLASS TIFF 2016.” YouTube, uploaded by TIFF Talks, 11 September 2016,
https://www.youtube.com/watch?v=pnBvppooD9I

Taubin, Amy. 2011. “Daughter Dearest.” Todd Haynes: Interviews (Conversations with Filmmakers Series). Jackson: University Press of Mississippi, 2014, pp. 185-192.

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