犯罪が壊したものを修復する 加害者を糾弾しない「修復的司法」とは

文=宮西瀬名
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GettyImagesより

 世の中を震撼させる残虐な事件が発生すると、加害者への厳罰を求める世間の声は大きくなる。中には「被告を死刑にするべきだ」と声高に叫ばれる事件もある。一方で、特に重大事件では裁判員裁判が適用されるケースも多く、法の専門家ではない一般市民が人を裁くときにのしかかるプレッシャーはあまりに重い。

 日本ではまだ馴染みが薄いが、「修復的司法」というやり方がある。修復的司法の考えに基づき、被害者と加害者の対話の場を設ける活動をしているNPO法人「対話の会」で代表を務める弁護士の山田由紀子氏に、話を伺った。

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山田由紀子/NPO法人「対話の会」理事長・弁護士
2007年から2008年まで法制審議会少年法部会委員。2012年から2017年まで日弁連死刑廃止検討委員会副委員長。2015年から2016年まで千葉少年鑑別所視察委員。2015年から千葉大学いじめ防止対応委員会委員。 著書「子どもの人権をまもる知識とQ&A」(1999年発行、2007年10月改訂第2版発行、法学書院)。「少年非行と修復的司法~被害者と加害者の対話がもたらすもの~」(2016年発行、新科学出版社)共著「家族を超える子育て」(渥美雅子編著、2014年発行、工作舎)。共著「子どものための法律と実務」(安倍嘉人・西岡清一郎監修、2013年発行、日本加除出版)ほか

犯罪を「違法だから罰する」と捉えない

 「修復的司法」とは、主として刑事司法の分野で1990年代から世界的に広まった潮流だ。

山田氏「伝統的な刑事司法では、犯罪を国家が定めた法規範への侵害と捉え、“国家対被告人”と見ます。一方、修復的司法は、犯罪を“被害者と加害者との間に起きた地域社会内の害悪”と捉え、これを被害者と加害者、地域の人々が修復していくことを目的とする考え方です。

 進行役が両者の間に入って被害者と加害者が対話する“被害者加害者調停”、進行役が司会を務め、被害者・加害者・それぞれの家族・地域の人などが対話する“家族集団会議”といった実践形態があります。いずれも、決して加害者を糾弾するものではありません」

 対話の会では、具体的にどのような取り組みが行われているのか。

山田氏「対話の会は2001年から少年事件を対象に、窃盗・恐喝から殺人・性犯罪まで、特に犯罪類型を限定せず、被害者あるいは加害者の申込みを受けて対話を行なっています。運営する側に弁護士や学者、臨床心理士らがいますが、対話の準備と開催を担う進行役(ファシリテーター)は研修を受けた一般市民です。

 被害者、もしくは加害者から申込みを受けると進行役が申込者と面談し、修復的なニーズと適格性があると判断した場合に相手方に連絡します。相手方とも面談して同様の判断ができた場合に、被害者と加害者が直接会う“対話の会”を開きます」

 対話の会のプログラムは次のような段階を踏む。

山田氏「1.各自が事件での体験を話す:まず各参加者が犯罪での自分の体験、犯罪によって受けた影響を話します。被害者は、被害に遭った時、『どれだけ怖かったか』、『事件後もその影響にどれだけ苦しんでいるか』などを話します、加害少年は『自分がなぜその非行を犯してしまったのか』、『今その非行についてどう思っているのか』などを話します。

2.質問と答えの時間:事件での体験を聞いきたことを被害者が加害者に質問をします。一方、加害少年からも、被害の実情や後遺症などについてさらに詳しく質問したり、自分がどんなことをすれば被害者への償いになるのかなどを直接尋ねることができます。

3.被害回復と償いについての話し合い:金銭的な賠償に限らず、参加者の創造的な発案によって加害少年に実行可能で柔軟な償い方法、例えば、被害者に定期的に手紙を書く、ボランティア活動をするなどが提案されます。加害者は上から押しつけられた償いではなく、自ら積極的に提案し選び取った償いをするため、責任感と達成感を感じることができ、これが立ち直りへの大きな自信に繋がります。

4.合意ができれば文書にする:話し合いが合意に達した場合、進行役はその内容を文書にまとめ、これを読み上げて参加者に確認し、合意文書として各参加者の署名をもらってコピーを渡します。ただし、合意は“対話の会”の目的ではないため、参加者が必要としなければ合意自体なくても良いですし、合意に達したけど文書にはし無くても良いです。

この4段階で進められます」

 対話の会を開こうと思った経緯は。

山田氏「私は長年、弁護士として少年事件の付添人をしてきました。付添人の活動では、少年に自分が非行を犯した原因を考えてもらい、どうしたらそれを改善できるかに気づいてもらう手助けをすることが重要です。ですが、それと同時に、自分のしてしまったことの結果、つまり被害についても深く受け止めてもらう必要があると考えていました。

 ところが、加害者は社会経験が乏しく判断能力も未熟な人も少なくなく、なかなかこの“被害”について具体的に想像することができません。法を侵したことや物を盗ったことについて『ごめんなさい』と言うことはできます。ですが、それでは真に被害の実情を受け止めたとは言えず、生身の被害者に対して『ごめんなさい』と言っていることになっていないように感じていました。

 そんな折り、日本弁護士連合会に新しい留学制度が設けられ、私は厳罰化先進国であるアメリカでこの解決策を見つけたいと思い、1998年から1年間、ニューヨーク大学に留学しました。そこで修復的司法と出会い、『これこそが私が探していた答えだ。被害者にも加害者にもプラスになる解決策だ』と感じ、日本に帰ってから対話の会を設立しました」

被害者の怒りや不安を、加害者が知ること

 対話の会を利用した人たちの心境はどのように変化したのか。

山田氏「住居に侵入され指輪を盗まれた被害者夫婦のご主人から、『直接、加害者に自分の気持ちを話したい』と告げられ、開催に至ったケースがあります。事前面談で進行役が加害者と話すと、『加害者は何でも素直に話してくれる明るく快活な少年だったが、反面、この事件を起こしたことをどこまで深く考えているのか疑問に思える面もあった』という印象を受け、加害者の両親からも『本当に反省しているのかな』と感じる言動を繰り返していたようです。

 開催当日、ご主人は事件当時の状況、心情、怒り、未だに続く不安、憤りを口にし、時に加害者を諭すように話をしてくれました。その言葉の一つ一つが加害者の心に深く浸透していく様子を、手に取るように感じ羅れました。自分が話す番になった加害者は目に涙を浮かべながら、自分の後悔と反省、今後の意欲を語りました。

 対話の会を終えようとした時、加害者の父親が『最後に握手していただきなさい』と口添えされ、加害者は照れながらご主人と握手をし、『二度とこんなことしちゃいけないよ。頑張れよ』と念を押され、加害者に励ましの言葉を伝えました。この回を通して、加害者は『犯罪の被害が財産的な物だけではない』、『犯罪は人の心や人生を傷つけるもの』ということを学ぶことができたと思います」

 殺人未遂の加害者が、対話の会に申し込みに来たこともある。

山田氏「その加害者は親からの愛情をしっかり感じ取れないまま成長したせいか、『自分を強く見せたい』、『格好良く見せたい』という思いから嘘をつく癖がありました。事件当日、友達である被害者に、『車で送る。すぐそこの駐車場に車を止めてある』と、車がないのに嘘をつきました。駐車場に着きそうになると嘘がばれることを恐れ、別の目的で持っていた包丁で被害者を刺し、全治一カ月の重傷を負わせました。

 対話の会では、加害少年は心からの謝罪の言葉を述べ、親の愛情が感じ取れない鬱屈した気持ちから、『事件を起こせば親の関心が得られる』、『親を刺そう』と考えるようになり、事件の数カ月前から包丁を所持していたこと、『両親に迷惑をかけたい』という思いから突発的に事件に至ったことを語りました。

 被害者は身体にだけではなく心にも大きな傷を残し、ちょっとした物音やパトカーのサイレンに震え、人間不信に陥り、拒食症にもなる辛い時間を過ごしていました。それでも対話を経て、加害者との間で長期分割で被害弁償する合意が整うと、最後に『まだ許してはいないけど、もう怒ってないよ』と告げました」

加害者が変わることが真の償い

 欧米では修復的司法のプログラムが1000以上あると言われ、カナダ、ニュージーランド、オーストラリアなどが特に盛んで、近年アジア、アフリカ諸国にも広まりつつある。また、刑事司法以外でも、学校や職場、地域での紛争の予防や解決、児童虐待における親子の再統合などの分野で用いられている。だがこうした他国と比較して、日本では修復的司法の認知度が非常に低いという。

山田氏「国連は2002年に『刑事分野における修復的司法プログラムの活用に関する基本原則』を採択し、2005年に修復的司法に関する政策・手続・プログラムを促進するよう勧告しました。ただ、世界での広まりに比べると、日本での修復的司法実践は未だ緒に就いたばかりで、国の施策として取り入れられているとは言い難い状況です」

 法に則って裁かれても、加害者が真に反省せず、被害者の受けた深い傷が癒されるわけでもないとしたら、どのような“償い”があって然るべきなのだろうか。

山田氏「“償い”というと、『謝罪』と『被害に対する埋め合わせ(典型的には被害弁償)』だけが取り上げられやすいですが、修復的司法における“真の償い(真に被害者の被害回復に繋がる償い)”には、『加害者が変わること』が必須だと考えています。事件を起こした時の加害者を仮にAとすると、その加害者が事件当時とまったく同じ生き方や考え方をしているAのまま『謝罪』や『被害弁償』をしても、それは自分のした“行為”に対するものにすぎず、加害行為に対して『ごめんなさい』と言っているにすぎません。

 これでは、いくら『謝罪』や『被害弁償』を“ちゃんと”しても、『この加害者は今後もまた同じような加害行為を繰り返すのだろう』と被害者の目に映ってしまい、『自分の被害が無駄だった』と感じ、被害回復はできません。事件当時のAが自分の事件当時の生き方や考え方の間違いに気づき、『変わろう』と思うようになってA’になる、あるいは変わってBになる、ということがあってはじめて被害者は『自分の被害が決して無駄ではなかった』、『この加害者はもう自分と同じような被害者は出さないだろう』と思え、被害回復ができます。これが私が考える償いになります」

 日本のマスコミ報道では、凶悪犯罪が発生した時、その犯人を“常人には理解できない異人種”として単純化し、自分たちから切り離して捉える傾向が強い。山田氏はこれも改める必要があると考えている。

山田氏「犯罪を犯した人への厳罰を求める風潮の背景には、“犯罪を犯した人”を自分とはまったく縁のない異人種、一種のモンスターと見る見方があります。これに対して、『犯罪者として生まれてくる人間はいない』、『人は弱い者であるからその生育歴や貧困・虐待・いじめ等の障碍によって罪を犯してしまうことがある』、『自分もこれまで人生の岐路で少し間違えば犯罪者になっていたかもしれない』、『これから先、なってしまうかもしれない』、という考え方ができれば、厳罰ではなく修復的風潮が生まれてくると思います。

 修復的司法が盛んなノルウェーでは、1人の加害者が何十人もの殺戮をした事件が起きた時、首相自ら『我々は、この出来事に屈して、我が国の修復的制度・国民性を失ってはならない』という趣旨の発言をし、大多数の国民もまたこの首相の発言に同意して、死刑の復活や刑罰の厳罰化を求めることはなかったそうです。日本もこのノルウェーのような国になって欲しいと願っています」

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