努力家で優秀なアジア系女性という「人種」ステレオタイプ~『ウォッチメン』分析

文=北村紗衣
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いくら頑張っても結局、凍ったイカで死亡

 ここからは終盤の大きなネタバレになるのですが、誰も気にかけてくれなくてもすごく努力してきたトリューは、結局全ての黒幕だったらしいことがわかります。なんとトリューは、メインキャラクターのひとりで超人的な才能を持つオジマンディアスことエイドリアン・ヴェイト(ジェレミー・アイアンズ)の娘で、これまた強大な力を持つDr. マンハッタンを利用して自分の手で世界改革を成し遂げようとしていたのでした。誰も褒めてくれなくても一生懸命自分の目標に向けて頑張り、変な方法ではありますが一応父母に孝養も尽くそうとするトリューは、まあ言ってみれば伝統的なアジア系女性の美徳の鑑みたいな存在です。

 トリューの母はオジマンディアスの保存された精子を勝手に盗んで妊娠したという設定です。これは妙な計画ですが、とりあえずは現地の女性を妊娠させる側として常に偉そうに振る舞ってきた西洋の宗主国に対して、植民地の女性が自分の意志で相手を出し抜こうとするという展開で、帝国主義に対するある種のねじれた抵抗と言えるでしょう。このねじれた抵抗の産物であるトリュー自身、正面から戦うよりは帝国主義を出し抜くようなやり方を選んでおり、白人至上主義団体を手玉にとることで計画を成功させようとします。

 ところがトリューの努力は全く報われません。トリューを待ち受けている運命は、傲岸な父オジマンディアスに殺されるというものです。オジマンディアスはトリューに自分と同じものを嗅ぎ取って計画を阻止しようとします。トリューの計画が善良で立派だとはまあ言えないでしょうが、無実の民間人を虐殺したとかいうような規模の悪事はまだ行っていません。それなのに、予防的措置として変人の父親に凍ったイカを雨あられと浴びせられ、身体に穴があいて機材の下敷きになって死んでしまうのです。

なぜって、私がトリューだから

 トリューの描写については、アメリカとヴェトナムの歴史的関係を背景とするさまざまな批判があります。アジア人差別はもちろんのこと、このトリューの描写には、野心的で人一倍努力家の女性は不愉快で面白くない、という性差別的な前提が存在します。同様に傲慢で自己中心的であるオジマンディアスに比べても、トリューは深みのあるキャラクター描写が与えられていません。

 野心家の女性は悪役であるというのはアジア系女性に限ったことではなく、白人女性でもよくあるステレオタイプです。以前とりあげた『ワーキング・ガール』もそうですし、リース・ウィザースプーン主演の学園ものコメディ『ハイスクール白書 優等生ギャルに気をつけろ!』(1999)などは上昇志向の強い女性に対する反感だけで成り立っているような作品です。トリューはアジア系の女性であるため、努力家で野心に満ちた不愉快な成功者というステレオタイプがさらに強化された形で現れています。

 私が『ウォッチメン』に怒ったのは、それまではこの作品を面白いと思って見ていたというのが大きいですが、一方でトリューが自分に一番近いキャラクターだと思ったからです。トリューはアジア系の女性で、あまり髪型のセンスが良くなくて、明らかに所謂オーバーアチーバー(overachiever、身の程をわきまえずに異常に頑張る人)です。こういうオーバーアチーバーのアジア系女性というのは、アメリカ社会ではおそらく好かれていません。

 ここでちょっと自分の経験をお話しします。私は去年、アメリカのヴァージニア州スタントンで開かれた、ブラックフライアーズ学会というシェイクスピアの研究集会で発表しました。

 ブラックフライアーズ座という劇場で開催される学会であるためお芝居の上演が組み込まれているのですが、その中でリーディング上演された『キーン』という作品がありました。この戯曲はシェイクスピアの国際学会はいかに白人ばかりかという問題を扱ったものだったのですが、その中に主要登場人物として、ほぼ英語が話せないのに学会発表をしようとしているカイという日本人の女性研究者が登場します。この学会で日本人発表者は私だけで(学生スタッフには留学生がいましたが)、おそらく観客としてその場にいた日本人も私だけだったと思います。

 これを見た時、私は人種差別を扱ったお芝居でも、アメリカでのアジアの女性というのはいまだにこういう扱いなのか……と心底暗い気持ちになりました。英語もできないし外国人ともあまり会ったことがないのに、国際学会で発表しようとしているオーバーアチーバー扱いなのです(実際は国際学会に出てくるようなアジア人の女性研究者というのはかなり英語ができることが多く、私はヘタクソなほうですが、それでも話題が研究関連なら普通に話せます)。さらに悪いことに、たぶんこのお芝居を作っているほうは、見た日本人女性がショックを受けるような内容だとは全く思っていません。

 私が『ウォッチメン』を見た時に怒りを感じたのは、たぶん去年『キーン』を見た時に感じたことがさらに増幅されたからだろうと思います。アメリカのコンテンツでは、たとえ人種差別を扱った作品であろうとも、アジア系の女性はいまだにトリューかカイみたいな扱いです。アジア系の女性キャラクターが善良で完璧である必要は全くないのですが、あまりにも奥行きが欠如していることが多いのは悲しいことだと思っています。

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