9月入学議論の無駄騒ぎと迷走、日本の教育政策があまりにひどい

文=畠山勝太
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GettyImagesより

 米国に住んでいると、新型コロナウイルスの影響は黒人に偏っているし、各地で暴動は発生しているしで、米国が抱えていた社会問題を新型コロナが明らかにしていく様子を日々まざまざと見せつけられます。

 これは他人事ではなく同様のことが日本でも顕著に見られます。特に感じるのが教育の国際化です。

 以前にも日本は「英語教育」に踊らされ過ぎていることについてお話しましたが、グローバル人材の育成という曖昧模糊な言葉に乗せられて、何のための教育の国際化なのか、そもそも教育の国際化は本当に必要なのかという根本的な議論を疎かにしてきたことを新型コロナは明らかにしています。今回は、この件についてお話しようと思います。

知られていない教育国際化のトレードオフ

 日本の教育の国際化の議論が迷走する一つの原因に、教育の国際化に関する理解の乏しさが挙げられます。

 皆さんは外国で学ぶ日本人を増やすことと、日本で学ぶ外国人を増やすことは両立できるとお考えでしょうか? 実はこのふたつは基本的にトレードオフ、つまり両立しないものなのです。

 人が外国で学ぶ理由は、①卒業後に、より良い経済的な機会が得られる期待(経済型)、②自国では身に付けられない知識やスキルを求めて(教育型)、という2点が重要な要素となります。

 つまり、日本が、大学教育が充実した豊かな国であれば、日本で学びたいという外国人が増える一方で、日本人にとってはわざわざ外国で学んでくる必要性が薄れ、逆に現在の日本のように高等教育への支出を減らし経済も低調であると、外国人にとっては日本で学ぶ魅力は少ない一方で、日本人にとっては外国へ学びに行くインセンティブが大きくなります(詳しくは留学行動について教育経済学的に分析がなされたワーキングペーパーを参照してください)。

なぜ外国人留学生を日本へ呼びたいのか?

 話題になった外国人留学生への現金給付を成績優秀者上位3割のみにするという問題については、すでにwezzyに記事があるので、話は簡潔にしておこうと思います。

 ただ、この議論をする上で日本が全面的に悪いような議論を目にしますが、それは違うという点は補足しておこうと思います。なぜなら、そもそも外国人留学生へ対して支援が行われること自体は非常に寛大な措置だからです。

 例えば、日本人として米国の大学院に在籍している私は、日本の現金給付の対象ではないですし、トランプ政権の現金給付や学生支援の対象にもなっていないのですが、一般的に留学生はこういった非常事態には支援の狭間に落ちてしまいます。

 これを考えると、留学生でも上位3割であれば現金給付を行うというのは、これ自体は先進国の中でも、寛大な教育政策に入るはずです。問題はこの政策に付随する言葉です。

「いずれ母国に帰る留学生が多い中、日本に将来貢献するような有為な人材に限る要件を定めた」

 この一文から読み取れるのは、日本の外国人留学生政策は、②の教育型ではなく、①の経済型である点です。②の教育型を志向する国々は外国人留学生に対して自国学生の数倍の授業料をふっかけますが、日本はそういうことはしていないので①の経済型で現状対応しているのは理解できます。しかし、それであれば大半の留学生は帰国するからしらない、と表明してしまうことは、①の経済型を志向している日本が言うのは逆効果になります。

 ここからも、なぜ外国人留学生を日本へ呼びたいのか、教育政策関係者の間でコンセンサスが取れていないか、そもそも理由が分かっていない可能性が滲み出ています。

日本人を留学させたい?させたくない?

 日本の大学の国際化のために9月入学をという火事場泥棒的な議論も起こりました。これは留学費用を下げる可能性があるものの、それによって外国人留学生が日本に来るということに関してはたいした影響はないと考えられます(詳細な解説は、こちらの記事を参照してください)。

  このことを考えると、「国際化のために9月入学」という議論は、「日本人は海外で勉強して来い」という目的が主であることが分かります。これも先ほど紹介した記事で詳細は解説してあるので興味がある方にはそちらを参照して頂きたいのですが、こちらもほとんど効果が見込めません。

 教育の国際化に関するトレードオフと、外国人留学生への支援を併せて考えると、結局のところ外国人留学生を増やしたいのか、日本人留学生を増やしたいのか日本は決められておらず、迷走していることが分かります。

 しかも仮に100歩譲って、日本人留学生を増やすことが主目的であったとしても、これと矛盾することが行われようとしているのです。

 日本人留学生の少なくない人達が、日本学生支援機構の海外留学支援制度を利用しています。米国に留学する場合、学生ビザ発給のためには十分な留学資金があることを証明する必要があります。私は大学院が生活費も面倒を見てくれているため、大学院がそれを証明してくれるのですが、奨学金を得て留学する場合は、この海外留学支援制度が証明となります。つまり、折角合格したのに、もし奨学金が取り止められる事態が起こると、留学を諦めなければならなくなるケースが出てくるのです。

 これに対して文部科学省は、新規の留学者については、感染症危険レベル3の国・地域への留学は取り止めるようにと発表すると共に、カリフォルニアの州立大学やハーバード大学のいくつかの学部が既に決定したように、もし、大学・大学院側がオンラインで授業を行うのであれば奨学金を支給すると表明しています。オンラインで授業が行われ渡航する必要が無いのであれば奨学金を支給するというのは柔軟性があり、素晴らしい対応と言えるでしょう。

 しかし、米国の州立大学側にとっては、授業をオンラインで実施すると収入の20%以上が消し飛んでしまうので(この点についてはこちらの記事で詳しい解説をしています)、留学先の大学にとっては、かなり難しい選択肢であることが分かります。実際に、私のいる大学があるミシガン州は新型コロナが蔓延した州の一つですが、秋学期を通常通りに実施することを既に決定しています。そして、現在暴動が広がり、密が全く避けられていない状況が全米で発生しているため、9月の入学前に感染症危険レベルが2未満へと引き下げられる見込みはありません。つまり、既に一度奨学金を支給すると言ったにも拘わらず前言撤回し、少なくない数の日本人留学生の卵たちを、留学を諦めざるを得ない状況に追い込んでいます。

 このように日本は、効果が見込めない国際化のための9月入学にあれほど無駄な政治的リソースが費やしたのに対し、今まさに留学に出て国際化の担い手となろうとしている日本人学生に簡単にストップをかけているのですから、大きく矛盾しています。

 国レベルで感染リスクが高いからと留学を一律に止める必要は恐らくありません。例えば、同じ米国の中でも感染リスクが高い州と低い州がありますし、同じ州の中でも感染リスクが高い所と低い所があります(例えば、ミシガン州は感染リスクが高い州ですが、その大半はデトロイト近郊で起きているので、そこから100キロ以上離れた私の大学はそこまで感染リスクは高くありません)。また、仮に感染リスクが高い街にある大学であっても、寮と食堂の利用で大学構内の外に出ないことが可能で、それを遵守する誓約書を書かせたうえで派遣する道筋は無いのか、といった検討がなされても良いのではないかと考えます。

 9月入学で無駄に騒ぐ政治的リソースがあるならば、今まさに留学に出ようという学生達の支援を一律なものから柔軟なものにするためにそのリソースを割き、本当に危ない地域への派遣は止める一方で、大丈夫な地域・方法を見つけ出して一人でも多くの学生を送り出してやれないのかと、大変残念な気持ちになります。

まとめ

 新型コロナの感染拡大は様々な社会問題を浮き彫りにしていますが、日本ではなぜ教育の国際化が必要なのか、何を目指して国際化をしていくのか、が教育政策関係者の間で全くコンセンサスが取れておらず、壊滅的なものであったことをも明らかになりました。

 壊滅的なだけで済んでいればまだ良いのですが、どうでもよい議論に政治的リソースを使い、せっかく大学や大学院から合格を貰っていざ留学へ飛び出そうとしている学生達をへし折らんとしている様子は流石に許容できるものではありません。日本の教育政策関係者に必要な知識やスキルが欠けているのは今更どうしようもありませんが、せめて人ひとりの人生を変える大役を担っているという責任感ぐらいは持ってもらいたいものです。

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