なぜ日本は差別に鈍感なのか。ある種の暴力関係を基軸にした社会構造を紐解く

文=加谷珪一
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GettyImagesより

 NHKの国際情報番組『これで分かった!世界のいま』が作成した、アメリカの人種差別抗議デモを解説する動画に、海外からも批判が集まり、番組が謝罪するという出来事があった。

NHKがアメリカ抗議デモの問題点を「経済格差」に矮小化、動画削除し謝罪

 アメリカ全土で行われている抗議デモに関して、NHK総合の国際情報番組『これでわかった! 世界のいま』6月7日放送での杜撰な解説が、批判を浴びている。…

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なぜ日本は差別に鈍感なのか。ある種の暴力関係を基軸にした社会構造を紐解くの画像3 ウェジー 2020.06.09

 だが、日本国内では「そこまで差別的には見えなかった」など、解釈の違いであるといった意見も多く、根本的に何が問題なのか理解できていない人が多い。

 日本は外面だけは欧米社会と同一のルールを導入しているが、その内容について、本当に理解しているとは言えない面がある。これがしばしば欧米とのコミュニケーション・ギャップの原因になっているが、こうした制度に対する無理解は、経済にも大きな影響を及ぼしている。

法律の上には憲法が、憲法の上には自然法が存在する

 多くの人は気付いていないかもしれないが、日本人の心の中には、強くて権威のある人には敬意を払い、無条件で従うべきであるという価値観が存在している。というよりも、日本社会は基本的に上下の力関係で秩序を保つ仕組みになっていると考えた方がよいだろう。

 会社における上司と部下の関係はその代表だが、あくまで機能として役職者が存在しているのではなく、上司は全人格的に偉い存在であり、威圧的に接することでマネジメントするというニュアンスが強い。日本の企業社会では、声が大きい、学歴が高い、怖いなど、権威性を持つ人が出世するケースが多いのは、ある種の暴力関係が社会の基軸になっているからである。

 だが、本来の民主国家ではこうした概念は通用しない。会社の機能上、上司と部下という関係は存在しても、ひとりの人間として見た場合、両者は対等であり、全人格的な上下関係は存在しない。こうした人間の立場に関する概念をもっとも分かりやすく説明した言葉が「基本的人権」ということになる。民主国家において基本的人権というのは、すべての法体型の上位に位置する絶対的価値観である。

 国家には法律が存在しており、国民はその法律を守ることが義務付けられているが、法律の上には憲法が存在しており、憲法は法律よりも上位概念とされる。したがって憲法の趣旨に反する法律は、たとえ議会が成立させたとしても、それは無効となる。

 さらに言えば憲法に書いてあることも絶対ではなく、憲法の上には自然法という法が存在しており、憲法は自然法に準拠したものでなければならない。自然法で定義されている絶対的な概念のひとつが基本的人権であり、これは憲法を超越する絶対的な価値観である。したがって基本的に人権をないがしろにする憲法は、当然のことながら有効性を持たない。

 日本では法律の条文に書いてあることだけが正しいと認識する人が多いのだが、これは「形式的法治主義」と呼ばれ、現代民主社会では通用しない概念である。

 憲法の上に、基本的人権という絶対的な自然法が存在し、いついかなる時でも、そして誰であっても(政府であっても)、この法を守る必要があるという一連の体系のことを「法の支配」と呼ぶが、日本では「法の支配」という言葉も間違って理解されるケースが多い(法律の条文を守らなければならないという意味で法の支配という言葉を使う人が多い)。

米国で起こっているのは「意見対立」ではない

 多くの日本人が、こうした民主主義における根本概念を理解できておらず、人種差別の問題を意見対立という話で捉えてしまうため、今回のような問題がしばしば発生することになる。

 米国で今、問題視されているのは、基本的人権という、憲法よりも重要な価値観がないがしろにされていることであり、どちらにも言い分があるといった意見対立の話ではないのだ。

 番組の公式ツイッターアカウントは、「アメリカ社会は考え方の違う両者が互いにののしり合って、どんどん分断が深まっていってしまったんだ」とツイートしており、これにも批判が集まっているが、このツイートひとつとっても、問題の本質について理解できていないことを示している。

 この件についてテニス選手の大坂なおみさんが極めて本質的なツイートをしている。

 大坂さんは、人種差別行進への参加を呼びかけるツイートを行ったが、これに対して「スポーツと政治を混ぜるな」という返信が来たことに猛反発。「そもそも、これは基本的人権の問題。何の権利があって私を黙らせようとしているんだ?」と発言した。

 この大坂さんの発言の意味はお分かりだろうか。大坂さんは、この問題について、政治やスポーツ、法律や憲法といった次元の話ではなく、究極の上位概念である基本的人権の問題であり、すべてに優先すると強く主張している。基本的人権の概念は憲法よりも上位に来るという民主国家の基本理念が分からないと、「政治とスポーツを混同するな」といった、意味不明の批判になってしまう。大坂さんの発言の意味が分かれば、番組の何が問題なのかについてもすぐに理解できるはずだ。

コーポレート・ガバナンスと民主主義の深い関係

 法律で定められた条文よりもはるかに重要で、優先すべき善悪が存在するという、民主主義の基本理念というのは、実は現代資本主義とも深く結びついている。企業経営の分野でよく耳にするコーポレート・ガバナンスという言葉も実は、民主主義の延長線上で発達した概念である。

 株式会社というのは、株主から集めた資金を使って企業が事業を行い、従業員の給料など必要経費を支払った後、出資した株主に利益を分配するために存在している。したがって企業経営者の行動について善悪を判断する根源的な基準は、会社の出資者である株主の利益を損なったかどうかである。株式会社の経営において株主価値を毀損したかどうかは、民主主義における基本的人権と同じくらい大事な概念だ。

 こうした基本理念に照らした場合、日本の経営者に対する刑法上の処罰には大きな問題がある。

 日産元会長のカルロス・ゴーン氏は結局、海外逃亡してしまったので日本の法律では裁けなくなってしまったが、彼が起訴された理由は、金融商品取引法違反で、まだ受け取っていない将来の役員報酬について、書類に記載した金額が実際よりも小さかったというものである。一方、日本ではこれまで何度も不正会計事件が発生しているが、経営者はほとんど処罰されていない。

 不正会計というのは、株主から預かったお金を不正に動かしたという話であり、先ほどの、根源的な善悪という点から考えると、極めて罪が重い。不正会計というのは、企業経営においては絶対的に許されない問題であり、この件で経営者が裁かれず、記載の時期という極めて事務的な部分においてゴーン氏が逮捕・起訴されたのは、どう考えても整合性が取れない。

 海外を中心にゴーン氏の逮捕・起訴について疑問視する声がたくさん寄せられているのは、こうした理由からである。もし海外からのこうした干渉が気に入らないのであれば、正々堂々と民主主義を捨て、日本人としての主張を行えばよい。だが、当然の結果として、日本は価値観を同じくするパートナーとは見なされず、経済的にも政治的にも大きな重荷を背負うことになるだろう。

 条文だけは欧米と同じものを揃え、あたかも同一の理念を持つ民主国家であるかのように振る舞い、都合が悪くなると日本と欧米は違うと言い出すようなご都合主義は通用しない。欧米各国の条文を流用するのなら、その価値観も共有しなければフェアではない。

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