Black Trans Lives Matter特集をはじめるにあたって

文=鈴木みのり

社会 2020.06.24 12:00

 5月25日、アメリカ・ミネソタ州ミネアポリス警察所属の白人男性から取り調べられている最中に、黒人男性のジョージ・フロイドさんが殺害された。以前から問題視されていた警察の行き過ぎた権力の行使と黒人への偏見や差別に対し、「Black Lives Matter」という抗議運動がアメリカから世界中へと広がっている。

 2013年から起きているこの抗議運動は、日本では、「人種差別」として一般論にまとめられがちだ。しかし、これはアメリカの社会構造をも問う運動で、BLMが起きたアメリカの事情に詳しいとは言えないわたしも、この1カ月のあいだ改めて学び続けている。黒人であることのみならずトランスジェンダーでもある人々への暴力・複合的な差別も起こっているものの、日本では大きな問題として扱われにくい状況が他人ごととは思えず、まず記事にしてみようと考えた。

 ルーツや肌の色が異なる人々のあいだに生まれた、今を生きる子孫らの多様な背景を「黒」という言葉ではまとめきれないだろうと考えた(例えば、インド系の友人のことをアフリカ系だと思っていたアフリカ系の登場人物が「ブラックピープルの肌もブラウン」と言うエピソードを、Netflixドラマ『マスター・オブ・ゼロ』で見た)。しかし、さまざまなことを勘案し、本稿ではアメリカで「black people」と名乗る人々を「黒人」と書くこととする。

 また「LGBTQ」という言葉も使うが、これはレズビアン/ゲイ/バイセクシュアル/トランスジェンダー/クィアまたはクエスチョニングの頭文字を取ったもので、これらをはじめとするジェンダーやセクシュアルティにおけるマイノリティの代名詞ではない。つまり、それぞれの属性のあいだには同質もあれば差異もある、ということを踏まえておきたい。

Black Trans Lives Matterとは

 ニューヨークのブルックリン博物館前に1万5千人の人々が集まり、「Black Trans Lives Matter」(「黒人トランスジェンダーの命の問題だ)とコールをあげた6月14日の様子を、その日インスタグラムで見た。この集いに声をかけたラケル・ウィリスは、トランスジェンダーの人権活動家で、LGBTQに関するニュース、ファッション、ライフスタイルを取り上げる雑誌「Out Magazine」の前編集長だ。

 ウィリスは6月4日にツイッターで、弁護士ベンジャミン・クランプに、氏の地元フロリダ州タラハシーで5月27日に白人警官に銃殺された、黒人のトランス男性トニー・マクデイドさんを想う人々への支援はしないのかと問うていた。クランプは、フロイドさんらの殺害事件を担当する、Black Lives Matterで知られる人物だ。ウィリスは、「黒人全体の問題を優先して訴えることが、LGBTQ+コミュニティにも利するという考えは誤りで、トランスフォビア(嫌悪)はコミュニティ全体の問題だ」とも指摘した。

 その問題意識に連なるのがBlack Trans Lives Matterだ。

 デヴィン・ノレルによる「them.」の記事によると、白人警官はトニー・マクデイドさんに対してNワードを使い(黒人を侮辱する言葉であるためわたしはここには書かない)、警告なく発砲した。マクデイドさんと同じ共同住宅の住人ら目撃者の証言だ。地元紙によると、当初タラハシー警察の発表では、周囲の人々への取材で男性として生きていたと考えられるマクデイドさんについて「女性」と説明されていたという。

 この事件は、黒人への警察による不当な暴力行為という点だけでなく、こうした、トランスへのミスジェンダリングという問題も含まれている。事件の二日後にインスタグラムで、トランスコミュニティからの警察批判の声を通して、わたしはこの事件を知った。

 ミスジェンダリングはその人の生き方を否定する侮辱的な行為だ。アメリカ最大のLGBTQなど性的マイノリティの擁護・ロビイング団体「ヒューマン・ライツ・キャンペーン」(HRC)も、無礼だと指摘している。

軽視されるトランスへの暴力

 わたしたちは出生時に、ほぼ外性器の形状のみで、「男/女」のどちらかに判断され、割り当てられる。そして、その身体の形状や機能になんらかの特徴や傾向があると信じられている「ジェンダー(性別)」という社会制度があって、そこにたまたま適合できて違和感を持たないのがシスジェンダーで、違和感を持ち、割り当てられた側から別の方向に、あるいはそのどちらでもないあり方に移行するのがトランスジェンダーだ(この説明はゆなさんのツイート群に影響を受けている)。

 シスは一般的/トランスは例外的とされる現在の社会において、トランスの人々は孤立感を抱きやすく、さらにその生き方を否定するように「おまえは本当は男(女)だ」と押しつける行為は、仮にそれが冗談であっても生きていく上での基本的な安全を損なう。シスを「一般的」「普通」とすることをシスノーマティヴと言うが、そうした価値観が支配的な社会構造や個人との関係のなかで、不安定な内面が培われ、ときに自暴自棄になって、自分や他人を傷つける可能性は起こりうる。

 シスノーマティヴな価値観でトランスを「本当は」と名指すことは、本質主義的な暴力だ。さらに、「身体と心の性別がちがう」というトランスの説明がメディアでもよく見られるが、身体と心にそれぞれ本質的な「男/女」があるとする価値観は、シスの人々をも規範で縛る。骨格、肌質、髪の毛、背丈、胸のかたち、声、ふるまい、染色体……これらに「男/女」の本質的ななにか傾向があるとし、それらを基準に「本当の男/女」とふるいわけようとする眼差しがトランスにはよく向けられるけれど、自分たちの身体がいちいち調べられるような検閲社会から、シスの人々も逃れられないはずだ。フェミニズムやジェンダー学が、そうした「らしさ」が不変の真理ではないと暴いてきた歴史を、よく考えてみてほしい。

 HRCによると2019年は、26人のトランスジェンダーやノンバイナリー(「男/女」二元とするジェンダーに自身を認識しないことを指す状態・属性で、ジェンダー・ノンコンファーミングとも言われる)の人々が殺されているという。その多くが黒人、つまり、トランス(以下ノンバイナリーも含む)かつエスニック・マイノリティゆえの暴力の被害者だと考えられる。

 Black Lives Matterが起きた背景には、人種差別としての黒人の人権問題という一般論だけでなく、憲法修正第13条、監産複合体、警察権力の増長、厳罰化、そして日常的なステレオタイプ(ある属性に対する、否定・肯定含めた「イメージ」という認識を指す概念)と偏見(嫌悪、排除、敵意などネガティヴな他者へのイメージ)などによって、構造的に作られる不当な暴力装置の問題があり、アメリカ固有の文脈を踏まえないといけない。

※奴隷制度が廃止されたにもかかわらず、憲法修正第13条、監産複合体などによって支えられている実質的な奴隷制が継続されているアメリカの歴史については、エイヴァ・デュヴァネイ監督のNetflixドキュメンタリー『13th -憲法修正第13条』に詳しいので、ぜひ観てほしい(現在YouTubeでも無料公開中、日本語字幕あり)。また、ステレオタイプ、偏見、差別という概念の違いについては、クロード・スティール著『ステレオタイプの科学』(英知出版)を参照していただきたい。

 つまり、創始者のひとりパトリス・カラーズのインタビュー(以文社が貴重な訳を公開)でも言及されているように、BLMには「アメリカの黒人市民への(主に白人)警察からの不当な暴力」(警察暴力:ポリス・ブルタリティ)が前提にある。そして、黒人かつトランスである人々への暴力や殺害事件は、警察によるものだけでなく黒人LGBTQコミュニティで問題視されているが、警察暴力の影響が、白人中心的なアメリカの主流社会だけでなく黒人コミュニティ内部でもっとも弱い立場に置かれやすいトランスへと向かっていると考えられる。

 トニー・マクデイドさんの死は、その時点で2020年に殺された12人目のトランスジェンダーだが、その直前にも、黒人トランス女性のニナ・ポップさんがミズーリ州シケストンで刺殺されている。

 二人の死を悼み、6月2日にニューヨークにある歴史的なバー「ストーンウォール・イン」で集会が行われた。その後も、黒人トランス女性のイヤンナ・ディオールさんが数十人の集団から暴行を受ける、苛烈な動画がSNSで流れてきた。死には至らなかったようだが、とにかく痛ましかった。

 トランス、ノンバイナリーであるマイノリティ性はあるものの、日本国籍を持ち、東アジアに多い顔立ち・容姿で、コンタクトレンズや眼鏡が不可欠な以外は身体の不調がそれほどない、など日本に住むうえで特権を持つ身として直接的な暴力を受けることなく生きられている以上、アメリカで黒人かつトランスとして生きるとはどういうことなのか実感を持って語れないし、立場が同じなんて言えない。

 それでも、トランスであることで日々感じ、受けるステレオタイプ、偏見、差別が、シスジェンダー(・ヘテロセクシュアル)であることを「普通」とする主流社会からは注意を払われていない、ニュースになるようなおおごととして捉えられない状況に共通する部分があると思われ、他人ごととはできなかった。

有名人による発信の功罪

 わたしが今般のBlack Lives Matterを知ったのは、インスタグラムやツイッターでフォローしている、アメリカのトランスジェンダーであるセレブリティたちの投稿を通してだった。

 特に熱心に発信しているように見えるインディア・ムーアは、2018年から制作されているドラマ『POSE』のエンジェル役でスターとなったトランスでノンバイナリー(男/女を前提とする彼/彼女という代名詞ではなくthey/themを求める)の俳優だ。ムーアは、2019年『TIME』誌が選ぶ「影響力のある100人」に選ばれ、世界的なファッション雑誌「ELLE」で黒人のトランスとして初めてカバーモデルを務めた。

 そんなムーアの、トランスの人権擁護なアクティヴィストの一面を知ったのは、2019年9月に行われたファッション業界の授賞式の報道だった。ムーアは式に出席する際、その当時までの9カ月のあいだにアメリカで殺害された17人の黒人のトランス女性の遺影でできたイヤリングをしていた。

 米州人権裁判所の2014年の調査報告によると、アメリカのトランス女性の平均寿命は30-35歳で、多くの若いトランス女性が暴力にあっているという。こうした重要な調査も、日本ではほとんど知られてないだろう。

 ムーアや、『POSE』で共演したMj・ロドリゲス、同作のプロデューサー・脚本・監督も担当するジャネット・モックら黒人トランスの著名人らがインスタグラムやツイッターで熱心に発信した成果か、主流メディアでも黒人かつトランスである人々への暴力が取り上げられてきた(例えば「ELLE」)。そうして先述の、ラケル・ウィリスが呼びかけた15000人の集会にまで発展したのだろう。

 有名人が声をあげたから重要な問題というわけではないけれど、影響力のある立場だからこそ、軽視されている問題を大きな議論の俎上にあげられる可能性はある。

 Black Lives Matterという抗議運動をわたしが初めて知ったのは、2014年だった。その年の後半、エイヴァ・デュヴァネイ監督の『グローリー/明日への行進』という映画への、アメリカでの高い評価が流れてきた。本作は、マーティン・ルーサー・キングJrを中心とした公民権運動のなかで起きた血の日曜日事件を描いていて(原題『Selma』はその地名で象徴的な意味を持つ)、そこからBLMは地続きなのだと、当時の報道をいくつか追った。主題歌を担当するコモンのファンだったことも影響している。

 逆に、有名人が、BLMやBlack Trans Lives MatterについてSNSで言及するうえでの危うさもあるだろう。

 例えば、インディア・ムーアは、『POSE』で共演したMj・ロドリゲスが先述のイヤンナ・ディオールさんへの暴力の動画をインスタグラムでシェアした際に、暴力表現への注意喚起(トリガー・ワーニング)をつけるよう注意したり(現在はロドリゲスのアカウントから投稿は削除)、ムーア自身も注意喚起を忘れることがあると自省している。また、SNSで広がったBLMに対し、現地での運動やサポートのための情報共有のためだから、と単なるハッシュタグでの賛同をやめてほしいといった声も散見した。

 黒人トランスという点ではさらに、特に日本のメディアでは、どのジェンダー、どのセクシュアリティのマイノリティに関する報道なのか明示されないまま「LGBT」とまとめられたり、それが性的マイノリティの代名詞として一般に流通しがちなので、一般に向けて情報を出したり啓発する際も注意が必要だと思う。

特集:Black Trans Lives Matter

 わたし自身も、アメリカに住んでいない、黒人でもない立場として、差異を考慮しながらも、トランス/ノンバイナリーとしての共感からこうした記事を作るとはどういうことなのか、問われるだろう。

 ニューヨーク州には売春目的で街を徘徊することを禁じる制度がある。これは就労の選択肢の少なさや差別を受けやすいがゆえにセックスワーカーになる、黒人やラテン系のトランス女性がターゲットなのだと言われている。通称「Walking While Trans」法と呼ばれているこの制度ひとつとっても、日本で暮らすわたしとは生きる困難が異なる(昨年刑務所内で死亡したレイリーン・ポランコさんはこの制度によって不当に収監されたのではと言われ、名誉回復が叫ばれている)。歩いているだけで不当な取り調べにあい、逮捕される不安がつきまとうなんて、息が詰まりそう。トニー・マクデイドさんの事件以降も、痛ましいトランスジェンダーの死亡事件を目にする。

 しかし、誤ったり不用意と指摘される可能性を含みながらも、今複合的な差別に目を向けるきっかけ作りは必要だろうと考え、今回Black Trans Lives Matterの特集を組むこととした。黒人トランスの命の問題だと、広く知られるべきだと思うから。

 51年前の6月28日にニューヨークのストーンウォール・インで、今で言う黒人やヒスパニック系のゲイ男性やトランスジェンダー女性らを中心に、警察権力をはじめとする差別への抗議運動が始まった。翌年にニューヨークのクリストファーストリートから歩かれたパレードの前にも、アメリカの各地で性的マイノリティに関する権利運動はあったけれど、ストーンウォール・インでの蜂起を含め、現在のプライド・パレードの原型と言われるほど、象徴的な日とされている。

 今回の特集では本記事を皮切りに6月28日まで、アメリカでのトランスジェンダーかつ黒人などエスニック・マイノリティへの差別について考えるきっかけになる映画、ドラマシリーズなどを軸に、記事を企画した。

 急いで準備したこともあり、網羅性はなく不備はあるだろう。それでも、ただハッシュタグをつけてBlack Lives MatterやBlack Trans Lives Matterのコールを拡散するだけでなく、個人の中の複数のアイデンティティの交差性や、複合的な差別の実態を知り、どのようにトランスジェンダーが、トランスの黒人たちが生活しているのか、ポジティヴな面も含めて想像するひとつのきっかけとなってほしい。

 さらに、日本で引き続く在日コリアン、在日外国人への制度上の差別や、海外にルーツを持つような人々の置かれる複雑な立場や、日本におけるトランスジェンダーへの偏見や処遇など、さまざまなマイノリティの不可視になりやすい生活の営みを知る機会が持たれ、少しでも長く不平等や不公正に抗う時間が作られることを願っている。差別があると訴えられるとき、差別されていない側によってシステムが維持され、支障のない生活が支えられているという意味でも、誰もにとって自分ごとであるはずなのだから。

特集記事一覧

Black Trans Lives Matter特集をはじめるにあたって
悪意なく「排除」する日本のLGBTQ運動とBlack Lives Matterの深い関わり 鈴木みのり×畑野とまと
「いまの社会はマザーが足りていない」Netflixドラマ『POSE』座談会
Black Trans Lives Matterと映画・ドラマ作品をめぐる10の視点
ドラマ、映画、漫画……トランスジェンダーの語りの政治/映画『トランスジェンダーとハリウッド:過去、現在、そして』

鈴木みのり

2020.6.24 12:00

1982年生まれ。ライター。ジェンダーやセクシュアリティの視点、フェミニズム、クィア理論への関心から小説、映画、芸術などについて「i-D Japan」「キネマ旬報」「現代思想」「新潮」「すばる」などに執筆している。近刊に『「テレビは見ない」というけれど』(共著/青弓社)。撮影:森栄喜

twitter:@chang_minori

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