「いまの社会はマザーが足りていない」Netflixドラマ『POSE』座談会

文=カネコアキラ
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 1980年代末のニューヨークを舞台に、アフリカ系やラテン系など非白人のコミュニティを描いたドラマ『POSE』。ファッション、ダンス、メイクなどを駆使して競り合う「ボールルーム」は現在のドラァグクイーン文化につながる。特にトランスジェンダー女性の生き方が描かれ、演じているのもトランスの当事者という点が画期的で、注目されている。

 本作でも触れられる、白人中心的なLGBTQコミュニティからトランスが排除されやすいという問題は、特集に掲げた「Black Trans Lives Matter(黒人トランスの命の問題)」の通り、主流社会で軽視される現在にもつながる。社会的に逸脱するクィアたちが支え合うコミュニティとボールルームで競い合う単位の「ハウス」、そのマザーのあり方とケアや教育、プリテンドとリアル……イラストレーターのオカダミカさん、イラストレーター・コミック作家のカナイフユキさん、フリー編集者の平岩壮悟さんを招き、『POSE』の魅力について座談会を企画した。

※『POSE』シーズン1のネタバレがあります。

Black Trans Lives Matter特集をはじめるにあたって

 5月25日、アメリカ・ミネソタ州ミネアポリス警察所属の白人男性から取り調べられている最中に、黒人男性のジョージ・フロイドさんが殺害された。以前から問題視さ…

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「いまの社会はマザーが足りていない」Netflixドラマ『POSE』座談会の画像2 ウェジー 2020.06.24
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オカダミカ
雑誌、新聞、装丁等のイラストレーションから、個人作家としてのエキシビション開催まで国内外で活動するアーティスト。村上龍の「ダメな女」装丁イラストから活動を始め、新聞連載小説や文芸誌の挿絵、装画、雑誌、CDジャケット等のイラストレーションなど多方面に活躍。

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カナイフユキ
イラストレーター、コミック作家として活動しつつ、エッセイなどのテキスト作品や、それらをまとめたジン(zine,個人出版物)の創作を行う。

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鈴木みのり
1982年高知県生まれ。ライター。ジェンダー、セクシュアリティ、フェミニズムへの関心から書評、映画評などを執筆。『i-D Japan』『週刊金曜日』(2017年書評委員)『すばる』『ユリイカ』などに寄稿。第50回ギャラクシー賞奨励賞受賞(上期)ドキュメンタリー番組に出演、企画・制作進行協力。利賀演劇人コンクール2016年奨励賞受賞作品に主演、衣装、演出協力などを担当。(写真撮影:竹之内裕幸)

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平岩壮悟
1990年岐阜県生まれ。フリー編集者。主にi-D Japan。編集で関わった単行本にケイト・ザンブレノ『ヒロインズ』など。i-Dの記事「ブラック・ライヴズ・マターを考えるための映画・本10選」も本座談会と併せてご覧ください。

スタンとエンジェルの恋路

オカダ 『POSE』って自分探しの話だと思うんです。トランス女性のブランカやエンジェル、エンジェルに恋するシスヘテロ男性のスタン、そして妻のパティも、みんな自分や居場所を探している。当事者じゃなくてもそれぞれの立場にたてるから、自分の足場を変えられる作品だなって。

私は、スタンが浮気していることを知ったパティがエンジェルと話をするシーンが好きなんです。同じ男を共有した者同士として、「私たちは(スタンの)お人形さんじゃない」とか「養われて生きていくのが幸せだと思っていたけどつまらなかった」って話してて。

平岩 パティはエンジェルと出会ってから目覚めた感じがありますよね。いまのスタンとの生活には幸せを感じているんだけど……

カナイ 閉じ込められている。

平岩 そう。

鈴木 当時のフェミニズムの文脈も感じ取れますよね。エンジェルと出会った後、パティは自立するために大学で修士を取りに行くことを決めます。はっきりとは示されてはいないけど、二人の出会いはお互いの生き方を左右したのかも。

カナイ 僕はスタンのことがすごく気になっていて。物語の中で、スタンはエンジェルもパティも自分のものにできないじゃないですか。「僕は何者でもない」「エンジェルと付き合って本物を手にしたかった」って何度も言っているけど、色々求めながらも本当に何を求めているのかは分かっていない感じがします。僕も同性を性的に求めながら、世間体を気にして異性に戻っていく既婚のシス男性と出会って辛い経験をしたことがあるんですけど、スタンってそういう世間体と同時に秘めた欲望も手にしたがる白人シス男性の典型に見える。でも悪者としてではなくて、自分探しをしている若者みたいに描かれているのが面白い。

オカダ ティーンかよ!っていう。

鈴木 うん(笑)。スタンはトランプタワーで働いているっていう設定で、現在に引き続くトランス排除の政策との関連を示唆していると思います。

平岩 『POSE』の舞台は1987年で、トランプも不動産王として絶頂期にいた頃だから、トランプタワーで働くことってある意味アメリカンドリームの象徴みたいなところがあると思うんですよね。スタンは最初、会員制の社交クラブに参加するために、奥さんに高い腕時計を買ったり、郊外に家を買ったり、わかりやすいエリート像を目指す。でも自分の空疎さにも気づいているから、だからこそ自分らしく生きている(ように見える)エンジェルに魅かれていくという。

見ていて気になったところ、ひとついいですか。ボール・コミュニティの中でグランドマザー的な存在のエレクトラには白人男性のパトロンがいるじゃないですか。パトロンはエレクトラが性別適合手術をした途端に見捨てるんだけど、ああいう人たちはいったいなにを求めているんだろう。

鈴木 あれって、トランス女性に向けられるセクシュアルなファンタジーとして、あるあるなんだよね。手術してないトランス女性、ペニスの有る女性というのが性的な欲望を喚起する装置として重要なんです。だって手術後のトランス女性は、シス女性と身体のかたちとしてはほとんど変わらないから。つまり、あのパトロンの、エレクトラに手のひら返すやり方ってトランス女性を人間として見てない、ただの一方的な消費ってことですよね。けどスタンは、言葉の上ではエンジェルを人間として扱おうとしている。そこが魅力的に見えるんですよね。

オカダ スタン自身、なぜエンジェルに魅かれているのか自分でもわかってないですよね。

鈴木 微妙なところですよね。エンジェルと知り合った当初は、接触を汚いものと感じているような描写もありました。スタンは自分がどう見られるかをとても意識している。

2013年にニューヨークでトランス女性のイスラン・ネトルズの殺人事件があったんですね。加害者の言い分は、いちゃついていたらトランス女性だって気づいて、恥をかかされたから殴ったんだそうです。男性間のホモソーシャルでバカにされることが許せなくて、その怒りがトランス女性に向かったってことですよね。

カナイ スタンもホモソーシャルな環境にいますよね。トランプタワーで働いて、マッチョな上司がいて。綱渡りしている感じがある。

鈴木 エンジェルとの関係をパティにバラされたときに、バラした上司とスタンが殴りかかってケンカになるじゃないですか。あれって、美しい妻と子どもがいて、郊外に家を買って、高級外車で都会に通勤して……みたいなスタンの「理想像」、白人男性の中流階級の夢を壊されたことへの怒り、みたいに見えたんですよね。

オカダ どうなんだろう。スタンってわかりやすいエリート像を目指しているわりに、会社に対する執着とか感じないじゃないですか。会社を辞めたことの悲しみがスタンからは出てない。上司を殴ったのも、家族とエンジェルという自分にとって大事なものを奪われたことへの怒りなのかなって。

鈴木 スタンも約束を守らなかったり、エンジェルへの対応が不誠実に見えるところもあるから、エンジェルが不審がる気持ちもよくわかるけど……それでもあの時代に、自分の空虚さを言葉にできるスタンは、男性像としては貴重に思えますよね。

平岩 主要キャラクターの中で唯一のシスヘテロ男性ですからね。やっぱりエンジェルとスタンの恋はすごく気になります。

鈴木 かわいいですよね、あの二人。

カナイ 初めてベッドに横たわるときにケイト・ブッシュの「“Running Up That Hill (A Deal With God)」が流れているんですけど、あれは「神様と契約してあなたと心と体を入れ替えられたらどんなにいいだろう」って曲なんですよ。相手の立場を経験したいという。エンジェルの「この曲は私たちの曲になる」というセリフはグッときます。。

平岩 シーズン2にスタンは出てくるんですかね? エンジェルとの恋が描かれるのか気になる。

カナイ 出てくるんじゃないですかね? シーズン1の最後では放り投げられているけど。

オカダ スタンは今のところ何も見つけてないもんね。

鈴木 エンジェルとの関係から何か変わるきっかけみたいなものは得てるけど。

オカダ いや、それは人に依存するってことだから。みんな誰かに依存していて、例えばエレクトラには白人男性のパトロンがいる。その援助を失うことになっても自分のあるべき姿でいたいという思いを捨てきれず、手術をして、そのせいでエレクトラは一旦ホームレスになってしまうけど、仕事を得て、初めて給料をもらったときの表情の変化がすごいじゃないですか。きっと誰かに依存しないで、自分の力でお金を稼いだんだっていう喜びがあって…。エレクトラの自分探しはそういう話なんだなって。そういう意味では、スタンってシーズン1の最後で振り出しに戻るだけ。

平岩 エンジェルへの片思いは続いていくんでしょうね。振り向かせようと頑張るのかなあ。

プリテンドとリアル

平岩 『POSE』全体を通したキーワードとして、プリテンドとリアルがあげられると思うんです。ボールルームで毎回、ショーのテーマとして掲げられる「カテゴリ」がまさにプリテンドですよね。自分らしくありつつも、カテゴリに沿ったファッションを出場者はまとっている。スタンもアメリカンドリームを体現すべく中産階級のあるべき姿にプリテンドしていく(寄せていく)。だけど、彼は「僕はミドルクラスの白人男性っていうブランドでしかない」とその空疎さにも自覚的で、だからエンジェルにリアルを見出そうとする。

鈴木 トランス女性に対する差別として現実によくあるのは、さっきのイスラン・ネトルズの件みたいに、女性だと思ったらそうじゃなかった……って勝手に「本物かどうか」っていう価値観で判断される、ってやつで。だから、一般社会からは「リアルじゃない」と扱われやすいトランスのエンジェルに対して、リアルさを見出すシス・ヘテロのスタンみたいな構造はおもしろいですね。

プリテンドとリアルといえば、ボールルームで「ボディ」を競い合う回で、グラマラスさが評価されるから、痩せ型のキャンディがMCのプレイ・テルから酷評されるじゃないですか。そのあと詰め物をして望んだら、(キャンディが所属するハウスのマザーの)エレクトラから「本物じゃない」「恥をかかすな」と言われる。

平岩 人工的な美は評価されないんだよね。

鈴木 でもキャンディは「それはウィッグでしょ」ってエレクトラに言い返すんですよね。

オカダ そうそう。詰め物をしたキャンディに辛辣な言葉を浴びせたプレイ・テルも最終的に「すべてを手に入れたキャンディ」って紹介してたし、何が人工でなにが天然なんだろうってわからなくなっちゃった。

平岩 エレクトラは「完璧な女性」を目指していて、性別適合手術をするじゃないですか。他の人たちはどうなんだろう。

カナイ エンジェルは、はっきりとは言ってないけど自分の性器が嫌だとは言ってましたよね。

鈴木 手術をするかしないか、どういう服装やふるまいを見せるか、みたいな判断はシスジェンダーの価値観の中での「リアルとプリテンド」に関係するってことがよく描かれてますよね。トランスはシスを「ノーマル」とするジャッジにいつも左右される。

平岩 鈴木さんが、女性的なイメージに同化したいという気持ちもあるから、フェミニンなものを単純に批判できないって前にどこかで言っていたと思うんですけど、『POSE』でもみんな、女性らしくありたいって言っていますよね。ジェンダーってプリテンドの最たるものかもしれないと思っていて。

鈴木 人って他者からの反応や見方に応じながら変わっていくから、どこからが「自発的」なのかわからないんだけど、いわゆる女性的とされる格好に寄せていきたいという欲求もあるけれど、社会通念上そう求められているからかもしれない、という葛藤はありますね。

平岩 サバイブするために、トランス女性がより女性的な見た目にすることで職を得やすくなるみたいなこともありますよね。

オカダ 私は作品に出てくる人たちの多くはお金があったら手術したいんじゃないかなって思っていて。あの時代は、今ほど選択肢が細分化されていないし、男性像と女性像がより強固だから、手術してより女性らしくするっていう発想しかなかったのかもしれない。自分の気持ちに合う性として生きるためには、女性らしさを纏うしかなくて、そうじゃなかったらドラッグを売るしかない、みたいな……。

鈴木 どうだろう……今でも「手術をしないと女と認めない」っていう恐ろしい意見がツイッターなんかで見られるけど、お金があっても手術しない選択をする人は当時も今もいた/いるんじゃないかな。「外」から見たら、服装でプリテンドすればわからないわけだし。ただ、エンジェルやキャンディがシリコンで胸やお尻を大きくしようか悩む、みたいな、服越しに「女性らしさ」が知られてしまう部分については、医療を利用しようって人は少なくないと思う。

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