「いまの社会はマザーが足りていない」Netflixドラマ『POSE』座談会

文=カネコアキラ
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教育熱心なマザー・ブランカ

鈴木 ブランカは、独立して自分のハウスを作ったときに、メンバーにドラッグの売買を禁止する。でもハウスの一員であるパピはそのルールを破っていた。ルール違反がバレる前の会話で、パピは「エンジェルは身体を売ってるのに、なんでドラッグは悪いんだ」っていう疑問をブランカにぶつけてるんですね。ドラッグはコミュニティを壊すからダメなんだっていうブランカの理屈があって、それは黒人やラテン系のコミュニティでの問題視そのものなんですよね。

だからこそブランカはパピを咎めるんだけど、「13歳からひとりで生きてきて、中学もろくに行けなかった。他に選択肢がなかった」ってパピは吐露するんですよね。ブランカは、「私も自力で生き延びる術を身につけてきたけど、ドラッグの取引には手を出さなかった」って応じる。パピはヘテロセクシュアルだけど自分の身体を売った経験があるっていうエピソードもあって……パピの立場と、店舗型の見世物小屋的風俗店で稼ぐエンジェルの、就労の困難の差が感じられました。

カナイ ドラッグに近い環境にあったんだろうなとは思いました。現在でも、貧しい地域に住む黒人をはじめとした有色人種が生活のために薬物を売っているって話は聞きますし。

鈴木 『ムーンライト』でもそういう話がありますよね。パピの仕事や生き方の選択肢がないっていう痛切さを感じました。エンジェルは、ストリートでの売春をブランカに禁じられてるし、ストリートが危ないっていう意識がブランカにはあるんだと思う。

平岩 ブランカは、エンジェルが身体を使って稼ぐのは彼女の自由だし、トランスジェンダーのお金を稼げる手段は限られてるからって言っていて、ドラッグと一線を引くのはいい叱りだなあって思ってたけど、パピのことは考えてなかったなあ。どうしたらよかったんだろう。

オカダ きっとブランカはドラッグでダメになっていく人を見てきたんでしょうね。

鈴木 ブランカはパピをハウスから追い出すとき、「これが正解なんだろうか」って葛藤してましたよね。デイモンの通うダンス学校の先生ヘレナにも相談する。

オカダ そのシーンいいよね〜!

ブランカって、エンジェルとか、ダンスの才能があって学校に通わせるデイモンに対しては特別な子扱いするけど、同じハウスの一員であるパピとリッキーにはまた別の扱い方をしますよね。それは過去の自分と同じダメな人間の匂いを感じているというか……。パピやリッキーが持っている危うさを、自分にはないものとして扱ってはいない気もして。その危うさが、ハウスを壊してしまう爆弾のようなものになりうると想像しちゃうんじゃないかな。

鈴木 ブランカはラテン系の家系でパピと通じる。それにブランカのお兄ちゃんも暴力的だったし、既視感があるのかな。

カナイ もしかしたらブランカも、日常的な暴力や教育が受けられない状況を共有しているのかもしれない。

鈴木 教育が受けられないと可能性が制限されていきますもんね。

そうした『POSE』の登場人物らの背景には、アメリカでBlack Lives Matterが起きている今の問題と地続きなんですよね。憲法修正第13条、監産複合体(監獄が民間産業の工場化している)、警察権力の肥大によって、実質的に黒人の奴隷制が引き続いている、就学や就労にも困難をきたすという現実を前に、(ラテン系などミックス含んだ)黒人の置かれるさまざまな不当な処遇や生活から人権を回復しようとしているのがBLMです。

Netflixドラマシリーズ『ボクらを見る目』(エイヴァ・デュヴァネイ監督)でもそのあたりの、黒人の複雑な立ち位置が描かれていました。黒人だからと不審者扱いされ、不当逮捕・判決を受け、ある一定の刑罰以上だったため、選挙権も失われる。そうすると、社会システム自体を改善するために、直接的に政治を動かすことができなくなってしまう。そうして自分の人生や世界に信頼を持てなくなって、自暴自棄になるのは想像がつきます。

このドラマと『POSE』の時代は近い。ブランカはこういった状況を良しとしない立場として描かれ、ハウスの子どもたちの犯罪者化を防ぎたかったのかも。

平岩 『ヘイト・ユー・ギブ』でも、低所得者層の黒人が暮らすエリアのドラッグディーラーが、負のスパイラルから抜け出せないことが描かれていました。パピはこのスパイラルから抜け出せるのかどうか……。

カナイ ブランカがデイモンに肩入れするのもそういう背景から、教育を受けさせたいという意識がありそうですよね。

オカダ それこそデイモンもブランカに出会う前は公園で寝泊まりをしていたわけで、ドラッグに近い環境にいるしかなくて。そんなデイモンを見てブランカは自らのハウスに招くわけだけど……家があるって本当に大事なことなんだと思いました。住む場所があるからこそ、自分に向かい合える。

デイモンは学校に行く事でヘレナと出会って、新しい人生が切り開いていく。デイモンにとってはヘレナもマザーなんですよね。

鈴木 5月末に黒人トランス男性のトニー・マクデイドさんが地元警察に銃撃されて亡くなったのは、ボコボコにしてきた(シスジェンダーであろう)男性たちに復讐した後だと報じられているんですね。マクデイドさんは、それまでもずっと強盗を繰り返していたそうで、今年の1月に刑務所から出たばかりで。ご本人の人生は断片でしかわからないし、「黒人の」「男性として生きる」という複合的なアイデンティティと犯罪化を安易に結びつけるのも、「黒人だから不審」っていう偏見とつながりやすいから危険なんだけど……犯罪者化して(させられて)コミュニティから孤立し、助けを求められなくなっていたのかもしれない、と想像させられました。

『POSE』も、みんないつどう転ぶかわからない危うさがあった。例えばエレクトラは、他のクィアたちに比べて金銭的に困ってなさそうな生活をしていたのに、白人(シス)女性の愛人とはちがって使えるお金が限られてるって言うし、さらにパトロンから見捨てられたら一気にホームレスに転落していったし。

平岩 ブランカとエレクトラの友情はアツいですよね。

鈴木 エレクトラはウォーキングもかっこいいですよね。そんなエレクトラがホームレスになったときに、ブランカは仕事を見つけてきてあげる。しかもすごいやつ! なんでパピには見つけてあげないのとは思った(笑)。

平岩 逆にエレクトラは、自分のハウスから家出したブランカが困ったときに、自分の娘だからといってなんだかんだ助けてあげたり。

オカダ 互いに反発しあうけど、エレクトラはブランカを買ってるよね。

カナイ 最終話でもブランカのピンチにエレクトラが駆けつけますけど、僕はあのときのエレクトラの衣装が大好きです。「コイツにはかなわない!」って思わせるインパクトがある(笑)。

社会には「マザー」が足りていない

平岩 そういう意味でも疑似家族であるハウスってすごく大事ですよね。血縁での繋がりとは違う、小さなコミュニティがあってちゃんと機能していれば、結果的に犯罪の予防にもなるはずで。あと気になったのがハウスでの躾け。ブランカってハウスの子どもたちに対して厳しいですよね。

カナイ ハウスのマザーとして、子どもたちに対する教育への情熱が強いですよね。未来を見ているキャラクターだと思います。

鈴木 ブランカはエイズに罹っている設定だから……。

カナイ 悔いを残したくないって気持ちが強いんでしょうね。

ブランカが、ゲイバーがトランスジェンダーの入店を拒否していることに対して怒って、何度も何度も乗り込むじゃないですか。あれはブランカの自分が生きているうちに少しでも世の中を変えたいという思いが伝わってくるシーンでした。

平岩 そんなブランカに対して、エレクトラが「白人のゲイは絶対に取り合おうとしないから闘っても無駄。無理しなさんな」って言うんですよね。そのシーンでエレクトラは、字幕だと省略されていたけど、「あんたはローザ・パークスじゃない」とも言っていて。

鈴木 公民権運動の。

平岩 そう。人種隔離の真っ只中でバスボイコットをはじめた女性ですよね。エレクトラのセリフだけど、きっとブランカの意識はローザ・パークスと一緒だったんだろうなって思います。

最近たまたま知ったんですけど、ストーンウォール蜂起が起きる2、3年前にニューヨークのバーでゲイライツの活動家が「シップ・イン」ってアクションをしているんですね。公民権運動で、白人専用の食堂に黒人が割り込んでいく「シット・イン」をもじったもので、ゲイ差別をするバーにわざわざ行って、正当なサービスを要求していた。『POSE』では、ゲイバーでのトランス差別に対してブランカが同じアクションをしている。

鈴木 「シップ・ア・マルゲリータ」っていうセリフがありましたよね。意識しているんだと思います。このシーンでエレクトラとブランカの、コミュニティに対する意識の差を感じさせられます。

カナイさんは、日本のゲイコミュニティ内での格差や違いを感じた経験はありますか? 『POSE』でも、同じシス・ゲイ男性だけど、デイモンとリッキーでは教育のちがいやふるまいの差がうかがえますよね。リッキーはいわゆる「男らしい」感じで、デイモンは物腰が柔らかい。新宿2丁目には「ゲイ規範」みたいなもの、モテるかどうかで見た目やふるまいを変えるってこともあるんだろうけど。

カナイ うーん……あくまで個人的な見解ですが、新宿2丁目にはそうした規範による差別はある気がします。まず基本的に、お酒が強いとか、喋りが上手いとか、そういったタイプの人じゃないと2丁目を楽しんで、自分の居場所だと感じることはできないんじゃないかな。それに加えて、なんだかんだ言って「男らしさが一番」という価値観は根強くあるので、リッキーみたいな人がモテますよね。デイモンみたいな人は見た目が良いとか、喋りが上手いとかでないと居心地の悪さを感じると思います。一昔前に流行った「おネエキャラ」みたいな人の中には、そういう環境の中で処世術として喋りの技術を身につけた人もいたのではないでしょうか。

ゲイコミュニティ全体で言うと、いまはネットが発達してアプリで出会うこともできるから、居場所がないと感じている人は以前よりは少ないと思いますけど、それでも体つきや振る舞いが「男性的」である方が好まれる空気はあるので、昔も今も規範意識はあると思いますね。だから、『POSE』で描かれるような「男らしい男歓迎、トランス女性お断り」みたいなゲイバーも、実際にあっただろうなと想像できます。

鈴木 『POSE』では、エレクトラとブランカのハウスのあり方の意識の差みたいに、トランス女性間での差も描かれてますよね。だから口汚く罵り合うみたいなシーンもあって、リアリティがある。その一方で、ブランカがLL・クール・Jみたいな男(笑)に口説かれてキャッキャしていたら「私もその男とヤったよ」「私も」「私も」ってその場にいたみんなが言ったり、その男をみんなで取り囲むシーンがあったりして、シスターフッドみたいなエピソードもありました。それぞれ規範に縛られたり、あいつとは違うみたいな意識もあるんだろうけど、支えるときは支えるっていう。理想的な描き方かもしれませんが「コミュニティ」という意識は共有しているのかもしれない。

カナイ そうですね、理想的な描き方かもしれないけど、コミュニティ内で支え合っているのはよかったですよね。

鈴木 ハウスを「疑似家族」と呼ぶと聞こえが悪いけど、コミュニティ含め、それぞれの大事なよりどころなんだと思う。プレイ・テルのセリフで、ハウスはホーム以上に意味があるっていうのがあったんだけど、ハウスとホームの違いは、どういうことなんだろう……? って気になりました。

平岩 ブランカもそうだし、デイモンもそうだけど、元の家族と反りがあわなかった人たちが、自分たちにとって居心地のいい、よりベターな家族を作ろうとしているのは理想的だと思います。「地元」のニュアンスがあるHomeは生まれ育った家で、Houseは自分たちでいちから築いた家ってことなのかも。

鈴木 うんうん。わたしは、ブランカのハウスやコミュニティへの意識はすごすぎて、初めて見たときは、ちょっとどうしたらいいかわからない状態になりました(笑)。なんだこの尊い人は! って。

脚本・監督・プロデュースで携わっているジャネット・モックは『POSE』で、これからのブラック・クィア・コミュニティのヴィジョンをどのように示していくかを考えていたんだと思うんです。それをブランカに託していたんじゃないかな。ハウス、つまり血縁的な家族、コミュニティの可能性ってことなんだと思う。

今起きているBlack Lives Matterも、これからの社会のあり方のヴィジョンがありますよね。別に白人を攻撃したいわけじゃなくて、どういう社会構造で、どういう特権を自分たちが持っているのかを気づいて、変わってほしいってことだと思うんです。『POSE』では、スタンにそういう橋渡し的な立ち位置を感じました。

平岩 以文社のHPにBlack Lives Matterの発起人のひとりであるパトリス・カラーズのインタビューの翻訳が掲載されていますが、そこで彼女は「わたしたち黒人の解放は、まずなんといっても黒人トランス女性たちや他の黒人トランスの人たちが解放されたときにはじめて実現するもの」って言っているんです。暴動のニュースだけ見るとBLMはマッチョな印象を受けるし、黒人コミュニティ内のトランス嫌悪も今回浮き彫りになっているけど、この運動は最初からトランス女性のことをインクルードしていた。もっと言えば、誰かを搾取してそのうえで利益を生む資本主義のシステムを批判する、大きな展望も含意されている。そうした問題をコミュニティで解決しようとしているんですよ。

鈴木 ブランカもそれをやろうとしていた。ただ、エンジェル役のインディア・ムーアがツイッターで、コミュニティ内での葛藤を吐露していたのを読んだ記憶があります。白人中心的な社会のしわ寄せが、黒人コミュニティにきているわけだから、簡単に外から「シスの黒人はトランスの黒人への暴力をやめろ」とは言えないはず、と思いました。

オカダ 私はブランカを見ていて、マザーになりたいと思ったんですよね。LGBTQの話で、「当事者じゃないと口を出すな」っていう意見も聞いたりすることもあるけど、本当の意味で「わかっているよ」と共感できなくても、自分の立場で関わりを持ったり、できることもあるんじゃないかって。

ブランカみたいに住居までは提供できなくても、身近な人が今置かれている状況をもっとちゃんと理解できたら、安全な場所を作る手助けはできるかもしれないし。そういうマザーになら私もなれるかも?と(笑)。

平岩 いまの社会にはマザーが足りていない。

鈴木 『POSE』はマザーやハウスを通して、サポートするとかアライになるってことの可能性を広めようとしていたのかもしれないですね。
(企画/鈴木みのり、構成/カネコアキラ)

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